TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う   作:第616特別情報大隊

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引き抜き//交渉

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 ──引き抜き//交渉

 

 

 私が誘拐されてからどれくらいの時間が経っただろうか。

 きつく縛られた手足では縄を解くことはできず、見張りも私を見ている。

 逃げることは無理そうだとそう思っていたとき、足音が聞こえてきた。

 

「この傭兵がそうなのか?」

 

「はい、閣下。このリンクスとソフィアという傭兵が間違いなくガイウス将軍の抱えているもっとも優秀な魔法使いであり、アンヴィル撤退戦とアンドロポリス強襲を成功させた魔法使いです」

 

「こんな子供が、か」

 

 やってきてそう言うのはティベリウス将軍とべリサリウスだ。

 ティベリウス将軍はべリサリウスが説明するのに私の方を冷たい目で見た。

 

「重要なのはこれの師匠の方だろう。そっちはどうなっている?」

 

「今、ここに呼び出しております。もう暫くお待ちください」

 

 ティベリウス将軍の狙いはソフィアか。

 私の方はただのおまけだと思われているようだ。

 そう思うのも当然だろう。

 実際にソフィアはベテランの魔法使いだし、私は子供にしか見えない。

 だが、私はソフィアのおまけではない。

 彼女の弟子だ。

 

「ガイウスには知られていないな?」

 

「はっ。慎重に進めました。もし、何かあれば口を封じてしまえばいいのです。傭兵がふたりいなくなったところで、誰も気にはしません。寝返ったと思うだけでしょう」

 

「結構だ。ガイウスも虎の子を失えば、これまでのようにはいくまい」

 

 ティベリウス将軍はべリサリウスの言葉に満足そうに頷く。

 私たちはティベリウス将軍に雇われなければ、私たちを殺すと言うことだろうか。

 それは……不味い。

 

 しかし、今ここでべリサリウスやティベリウス将軍を殺すわけにはいかない。

 ただの傭兵と違って彼らは帝国軍の人間だ。

 殺せばそれこそ帝国から追われることになってしまう……。

 私は事態の成り行きを見て判断しようと決め、今は大人しくしておいた。

 

 それからまた時間が過ぎ、足音が聞こえてきた。

 聞き覚えのある足音──ソフィアの足音と杖の音だ。

 それから私の予想通りソフィアが姿を見せた。

 

「来たか、ソフィア」

 

 ティベリウス将軍が下衆な笑みを浮かべてソフィアの方を見る。

 

「リンクスを返してもらおう」

 

 ソフィアは視線だけでティベリウス将軍を殺してしまうそうなほどに彼を睨む。

 彼女がここまで激怒しているのは初めて見た……。

 戦闘の最中でも彼女がここまでの怒りを示すことはなかったのに。

 

「それには条件がある」

 

 ここでべリサリウスが言う。

 

「こちら側についてもらおう。第3軍との契約を破棄し、第2軍と契約するんだ」

 

「……それが条件か?」

 

「そうだ。我々第2軍にこそ優秀な魔法使いが必要だ。それに第3軍にこれ以上戦果を上げさせるわけにもいかない」

 

 そういうとべリサリウスは魔力の矢を形成して、私の方に向ける。

 

「大人しく契約を結びなおせば、この娘は生かして返そう。だが、断るというのならばこの場で殺す。お前も大事な弟子を殺されたくはないだろう?」

 

「……馬鹿なことを。魔法使いがふたり増えただけで戦況が劇的に変わるとでも本気で思っているのか?」

 

「思っている。お前たちの実力はただの魔法使いのそれではない。まさに化け物のそれだ。お前たちが我々に付けばティベリウス将軍の第2軍こそが戦況を変えることができるようになる」

 

 ソフィアが心の底から軽蔑した冷たい視線をべリサリウスに送るのにべリサリウスは淡々とそう返す。

 

「この戦争に勝てると思っているのか?」

 

「ああ。我々は西部の反乱を鎮圧する。軍部が主張するように半年や1年では無理だが、数年かければ我々は西部反乱を鎮圧できるだろう」

 

「……その間、ずっとお前たちに付き合えと?」

 

「そうだ。報酬は出す。お前たちは傭兵なのだろう? 金を出している間は従え」

 

「……ふん」

 

 そこでソフィアが私の方を見た。

 

「リンクス」

 

 決意を秘めた、そんな瞳で彼女は告げる。

 もうソフィアはべリサリウスもティベリウス将軍も見ていない。

 

「──べリサリウスを殺れ。後始末は私がやる」

 

 ソフィアはそう命じた。

 私は頷くと、魔力装甲を展開すると同時に魔力の矢を形成。

 

「なっ……!? 無詠唱だと……!」

 

 べリサリウスが困惑と恐怖の混じった声を上げる。

 彼はそのまま魔力の矢を放ったが、私の魔力装甲を貫けず。

 それから私はべリサリウスに向けて矢を放ち、矢はべリサリウスの胸を貫通して心臓も肺も吹き飛ばした。

 べリサリウスは恐怖に凍り付いた表情のまま、ぐらりと地面に崩れ落ちる。

 

「い、今のは貴様がやったのか、ソフィア!?」

 

 ティベリウス将軍は魔法には詳しくないようで、何が起きたのか分からないまま混乱して叫んでいる。

 

 そんな中で私は魔力の刃を形成し、縛られていた手と足の縄を切り、猿轡を外した。

 ティベリウス将軍はそれに気づき、ようやく何が起きたのかを理解し始めた。

 

「む、むむ、無詠唱……! そ、そんな馬鹿な……! 魔法使いには詠唱が必ず必要なはずだぞ……!?」

 

 私は狼狽えているティベリウス将軍に魔力の矢を向ける。

 そしてソフィアの判断を待つように彼女の方に視線を向けた。

 

「待て、リンクス。そいつは殺すな」

 

 ソフィアがそう言うので私は魔力の矢の形成を解除する。

 

「き、貴様! よくも私の副官を! それに加えて無詠唱の魔法使いがいることをこれまで我々に黙っていたな! このことは帝国中央の魔法官に報告してやる! そうなればお前たちは終わり──」

 

「──誰に何を報告されると?」

 

 そこで聞きなれた声が聞こえた。

 ガイウス将軍だ。彼が姿を見せたのだ。

 

「ガ、ガイウス! どうしてここが……!」

 

「私の部下の魔法使いが報告してくれましてね。『自分たちの訓練教官の弟子が誘拐された』と。もしや、この街に残る不穏分子の仕業かと思いましたが、ティベリウス将軍の仕業だったとは」

 

 ガイウス将軍は淡々と笑顔でそういう。

 

「しかし、よくもまあこんな短絡的な手段に出れましたね。私ならば恥ずかしくなってしまいますよ。べリサリウスが考えたのか、あなたが考えたのかは分かりませんが、この手の陰謀はもっと慎重にやるべきですね」

 

 そしてガイウスはそう言いながらティベリウス将軍の方に歩み寄り、糸のように細めた目でべリサリウスの死体を見下ろした。

 

「き、貴様もこの魔法使いが無詠唱で魔法を使うことを隠匿していただろう! 帝国魔法官に報告すべきことを意図的に怠った! これが明らかになればお前も終わりだ!」

 

「ほう? 誰が無詠唱で魔法を使ったというのです?」

 

「そ、そこの小娘が……」

 

「どうやってあなたはそれを証明なさるおつもりですか? 魔法使いでもないあなたには、詠唱の区別などつかないでしょう。そして、他に目撃者もいない」

 

「し、しかし……」

 

「負けの込んだ老人が若い将軍に手柄を奪われて、嫉妬で頭がおかしくなったと思われるのがオチです。彼女たちをよく知る魔法使いである私が証言しない限りはですね」

 

 ティベリウス将軍の表情がどんどん青ざめ、追い詰められていくのが分かる。

 

「だが、この小娘は私の部下を殺した!」

 

「べリサリウスをリンクスが? 何を仰っているのです。彼を殺したのは私ですよ」

 

「お、お前は何を言って……」

 

「べリサリウスはいたいけな少女を拉致し、縄で拘束し、辱めようとした。私は帝国軍の軍紀を守るためにそのようは行為を許さず、その場で彼を処分した。それがここで起きたことですよ、ティベリウス将軍」

 

 ガイウス将軍は、困惑して狼狽えているティベリウス将軍にそう告げる。

 彼は私の罪を代わりにかぶってくれている……?

 いや、べリサリウスに少女暴行未遂に罪を付けていると言った方がいいのか。

 

「副官がこのような行為を犯した責任は、その主であるあなたも背負わなければなりません。少女を暴行しようとした部下ががいるような将軍の話を、果たして帝国中央は信用するでしょうかね?」

 

「ぐううううっ……!」

 

 ガイウス将軍の言葉にティベリウス将軍は青ざめていた顔を真っ赤にして唸る。

 

「覚えておけ、ガイウス……!」

 

 最後に吐き捨てるようにそう言い、ティベリウス将軍は去った。

 

「リンクス、大丈夫か?」

 

 ティベリウス将軍が去るとソフィアがすぐに私の下に駆け寄ってきた。

 

「師匠、ごめん……。私、また師匠に迷惑を……」

 

「気にするな。お前の責任じゃない」

 

 そう言ってソフィアはぎゅっと私を抱きしめてくれる。

 ソフィアの温かさと石鹸の匂いが私に伝わってきた。

 

「さて、おふた方」

 

 ごほんと咳払いしてからガイウス将軍が告げる。

 

「この場はどうにかなりましたが、ティベリウス将軍はこれからもしつこく絡んでくるでしょう。今度も助けられるかは分かりませんので、もう少し慎重に行動してください」

 

「ああ。分かった。助かったぞ、ガイウス」

 

「あなた方をティベリウス将軍に取られては困りますからね。帝国中央にも」

 

 ガイウス将軍はそう言い、それから彼の部下がやってきてべリサリウスの死体を運び出していった。

 

「戻ろう、リンクス。もう離れるな……」

 

「はい、師匠」

 

 そして私たちも薄暗く、じめじめした地下から出ていった。

 

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