TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う   作:第616特別情報大隊

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虜囚//病院にて

……………………

 

 ──虜囚//病院にて

 

 

 私が目を覚ましたとき、白い天井が目に入った。

 私はその天井をぼんやりと見ながら、これまで起きたことを思い出していき──。

 

「師匠!」

 

 ばっと上半身を起こすと激痛が走った。

 身体の筋肉全てが悲鳴を上げているかのような痛み。

 その痛みに思わず私は吐きそうになった。

 

「……随分と元気そうだな」

 

 私が痛みに耐えて息を整えていたとき、そう呼びかける声がした。

 そして、その方向を私が向くと私は恐怖と驚愕を覚えた。

 そこにいたのは──。

 

「私のことは覚えているようだな。アンドロポリスの戦いで一度会っただけだが」

 

 リウィアだ。

 アンドロポリスで戦った二つ名を持つ西部連合の正規魔法使い。

 白いローブを纏った彼女が私の方を感情の窺えない表情で眺めていた。

 

「どうして……」

 

「お前たちは私の部下相手に散々暴れてくれたと聞いたが、オドアケル率いるヴォルフ傭兵隊が不意打ちを仕掛けて仕留めた。そう報告を受けている。捕虜にする必要はなかったのだが『賞金首は生かして捕まえるものだろう?』とオドアケルがな……」

 

「じゃあ、ここは……」

 

「ああ。ロンディウスの病院だ。首都が襲撃を受けたとき、私もまだここに入院していた。そのせいで出撃できなかったんだ」

 

 私は徐々にあのときのことを思い出してきた。

 ソフィアを抱きかかえて姿勢を保とうとしたとき、僅かにだが見えていた。

 モスグリーンのローブと短剣を噛み砕く狼の紋章。

 それはいつの日か戦った傭兵オドアケルたちだ。

 

「師匠は……?」

 

「お前の師匠か? ああ。同じく捕虜になった」

 

「どこにいるの?」

 

「さあな? 詠唱できないように舌を切られて奴隷として他国に売られたか、今頃は傭兵連中の慰み者になっているかもしれない」

 

 リウィアの言葉に私は血の気が引くのを感じた。

 さあっと頭が真っ白になり、手が震える。

 ソフィアは私の全てだったのに、それが……それが奴隷に……。

 

「ふふ! ははは! 冗談だ、冗談!」

 

 そこでリウィアが噴き出した。

 彼女はけらけらと笑い、唖然としている私の方を見る。

 

「別の場所で治療を受けている。やつの負った傷はお前より深い。だが、安心しろ。西部連合は帝国軍とは違って捕虜を奴隷にしたり、いたずらに殺したりはしない。ちゃんと治療も受けさせてやっている」

 

 リウィアはそう言い私の横になっているベッドの脇にある椅子に座った。

 

「私だって恋人や部下を殺されたんだ。これぐらいやり返してもいいだろう?」

 

 そういうリウィアの表情にはかつてのような憎しみの色はない。

 

「今でもお前を許せないという気持ちはある。お前にとって師匠が大事なように私にとってもルフスは大事な人だったんだ。あいつは下手くそな詩をよく読んでいて、プロポーズも詩で行った。詩を読んでいるあいつよりこっちの方が恥ずかしくなるような詩だった。だが、そういう不器用なところが私は好きだった……」

 

「……その、ごめんなさい……」

 

「……気にするな。ルフスも戦場に向かうと決めてからは覚悟していたのだろう。……自分が死ぬと言うことを……」

 

 リウィアは視線を落として、私にそう言う。

 

「私たちは生き残った。そして、戦争は終わった」

 

「え……?」

 

 戦争が終わったと言う言葉に私は戸惑う。

 戦争はもう数年は続くかもしれないと言われていたのに。

 

「ロンディウスが襲撃されたのち西部連合上層部が帝国中央を買収した。裏取引だ。西部連合の部分的な独立を認め、帝国軍は兵を退く。それが決まったのは昨日だ」

 

 戦争が終わった。

 劇的な何かがあったわけでもなく、存外にもあっさりと戦争は終わってしまった。

 

「指導部の一部は継戦を主張したが、ロンディウスは手ひどい打撃を受けた。港湾施設は瓦礫の山で、灯台は崩壊。軍司令部も襲撃された。だが、連合本部だけは辛うじて攻撃から逃れたし、帝国軍の連中は無闇に市街地や病院などの施設を攻撃しなかったので、死者自体はそこまで多くない」

 

 ああ。コルネリアたちが私たちがやられたあとで頑張ったんだ。

 彼女たちは任務を果たし、戦争を終わらせるきっかけを作った。

 

「なあ、リンクスというのだろう? オドアケルから聞いた。お前の生まれと育ちはどこだ?」

 

「……帝国中央のスラム。育ちは東部の山林にある山小屋」

 

「スラム、か。そこから這いあがったんだ。お前の強さの秘密が分かった気がする」

 

 リウィアは同情と言うよりも納得という表情でそういう。

 

「私の生まれは名家だった。代々魔法使いを輩出してきた家系だ。私も魔法使いになることを望まれて育った。まあ、反抗期には作家だとか冒険家だとか別の道に進みたがったときもあるが、結果として魔法使いというのは私の天職だと思っている」

 

「魔法使いの家は魔法使いになるのが決まりなの?」

 

「ああ。長い歴史と伝統を背負っている。そう簡単には捨てられない重荷だ。だが、お前にはそういう重みがない分、自由に羽ばたけるのだろう。それもスラム街で培った決してへこたれない根性がお前を飛ばせる」

 

 リウィアはそう言って羨ましそうに私の方を見る。

 

「そのまま自由に飛び続けられるといいな、リンクス。どこまでも自由に……」

 

 そう言ってリウィアは椅子から立ち上がり、私の病室を去った。

 

「おや? 目が覚めたのか?」

 

 次に見舞いに来たのはオドアケルだった。

 モスグリーンのローブに短剣を噛み砕く狼の紋章。

 彼は果物の乗った籠を手に、私の病室を訪れるとテーブルに籠を置き、リンゴを私の方に差し出した。

 私はリンゴを受け取り、そしてがじりと食らいついた。

 甘い。優しい味がする。

 

「リウィアとは和解できたのか?」

 

「和解、できたのでしょうか……」

 

 分からない。

 リウィアは私を許すとは言わなかった。だが、決して殺すとも言わなかった。

 さっきの彼女からはもう憎悪は感じられなかった。

 かと言っても友人と言うわけでもなく、複雑な立場である。

 

「まあ、戦場で殺し合った相手と仲良く握手するのは難しい。俺たちは傭兵だからそのことはよく理解している。傭兵は戦争にある意味ドライだが、そんな傭兵同士でもときどき過去の殺し合いのせいで揉めるもんだ」

 

 そう言いながらオドアケルはオレンジを皮ごとがぶりと食らいついた。

 そしてむしゃむしゃとオレンジを咀嚼し、ぺっと種を床に吐き出す。

 

「けど、いつまでも憎悪を引きずり続け、そのために生きるのは無意味だ。そんな人生、俺にはごめんだね。俺は憎悪のようなくだらない負の感情よりも、楽しかったという明るい感情で生きていきたい」

 

 オドアケルはそう言ってにやりと笑って見せる。

 

「お前も憎悪の連鎖に囚われるな。それはお前の人生を台無しするだけだ」

 

「……私たちを奇襲したのはどうやったの?」

 

「ああ。あれはヨアニスを囮にした。ヨアニスをお前たちの餌にしている間に、俺たちは死角から接近し、まずは魔力の矢で魔力装甲を撃破。それからシールドでお前を殴りつけた、ってところだ」

 

 私たちを撃破した理由を簡単に説明した。

 確かにあのとき私たちはヨアニスに注意を払いすぎていていた。

 奇襲されることを考えていなかった。

 

「ねえ、師匠の傷は大丈夫なの……?」

 

「脇腹を掠めている。だが、死ぬことはないだろう。すぐに会えるさ」

 

 オドアケルはそう言って私を安堵させるようにそう言うと、病室を出た。

 

 私はひとり病室に取り残され、リンゴを小さく齧った。

 リンゴの味は甘い。

 

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