TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──特別な感情//将来
魔導書の講義は真剣に聞いていたのだが、実技となると上手くいかなかった。
私の書く魔導書は正しく書かれているはずなのに、その効果が発動しないのだ。
このことは教職員や研究者たちの間で疑問の種となった。
「ふむ。原因が分からないな……」
私の魔導書を見て、カリクレスがそう呟く。
コンパスや定規で正確に描かれた魔法陣があり、それを取り囲む文字があり、それらはちゃんと特殊なインクで記されている。
だが、誰がどう試しても魔導書は効果を発揮しない。
「リンクスさんは詠唱が必要ないというのが関係しているのでは?」
「しかし、本物の魔導書そのものなのに発動しない魔導書とは」
「これはどう扱ったものか……」
私の書いた魔導書は結局、ひとつも意味を成すものにならず、ただ研究の対象となった。
大勢の研究者が事細かに解析したが、原因が未だ不明。
「リンクス。そうがっかりしないで。あなたは他の魔法使いより優れているところはたくさんあるわ」
「そうかもしれないけど、私は魔導書を作る仕事がやりたかったんだ……」
魔導書が作れず私が落ち込んでいる私をダフネたちは慰めてくれたが、どんな言葉も私にはあまり慰めにならなかった。
結局のところ、私は戦うことでしか価値を示せないのだ。
そう突き付けられたような気がして、酷く落ち込んでいた。
「……少しひとりにしてくれるかな?」
「ええ。でも、あまり思い詰めないでね」
私はそう言い、一度ダフネたちと離れて学校の中を人気の少ない方に向かう。
気持ちを落ち着かせたかった。
酷い落胆のせいで、胸がざわざわしているのだ。
魔導書で生計を立てている魔法使いの話を聞いた時にはこれだと思ったのに、その望みがあっさりと打ち砕かれてしまったのだから仕方ない。
私が思い描いていたソフィアとの平和な生活はどこか遠くに行ってしまった。
「そんなところで何を黄昏ている?」
そう凛とした声が掛けられるのに私は振り返る。
そこにリウィアがいて、私の方をじっと見ていた。
「リウィア……。ちょっと将来のことが不安になって……」
「よければ相談に乗るぞ」
「実は──」
私は私の書く魔導書が機能しないことと魔導書で生計を立てるという将来設計が脆くも崩れ去ったことをリウィアに告げた。
「……そうか。しかし、お前ほどの魔法使いであれば魔導書が書けずとも引く手あまただろう。将来で悩む必要はないと思うが……」
「けど、それだと私は戦うことしか取り柄がないんだ。傭兵としてやってきたように誰かを傷つけて対価を受け取ることしかできない。やっとそれ以外の道があると思ったんだけど……」
私がそう言うのにリウィアは同情したように僅かに視線を伏せたのちに、真っすぐ私の方を向いた。
「リンクス。お前の魔法は確かに誰かを傷つけるものだ。傭兵としてお前が知っている魔法はそういうものなんだろう。だが、それは同時に誰かを守るための魔法でもある」
「誰かを守る……」
「そうだ。お前はこれから西部連合の正規魔法使いになる。お前の力は西部連合でできた友人たちを守る力になる。お前の師匠であるソフィアを守るための力にも」
それは別の視点の話だった。
誰かを殺す力は、誰かを守る力にもなる。
「リンクス。お前が一番守りたいのはソフィアだろう。その力でしっかりと守ってやれ。お前の大事な師匠だ」
「ええ、リウィア」
私はリウィアの言葉に頷く。
魔導書で平和に暮らすことはできなくとも、この手で誰か守ることはできる。
そう思うと少し気が楽になった。
「しかし、もう将来のことを考えているとはな。早熟だな。ほとんどの生徒は今は魔法で遊ぶことしか考えていないものだが」
「……いろいろあったから……」
「……そうだな。お前は他の生徒とは人生そのものが違うな」
私の人生にはいろいろとありすぎた。
スラム街での日々も、戦争の日々も、そしてソフィアとの幸せな日々も。
「私も最近いろいろとあってな。結婚することになった」
「え? リウィアが結婚?」
「ああ。ルフスのことを思えば考えたくなかったが、実家に押し切られた。結婚して子供を作れとうるさくてな」
リウィアは苦笑いを浮かべて肩を竦める。
「そうなんだ……」
「相手は私より少し年下の魔法使いでな。悪いやつではなさそうなのだが、知り合ったのがついこの間だ。正直、まだ困惑している。結婚は家同士を結び付け、新しい魔法使いを生むために必要なことだとは分かっているのだが……」
リウィアはそう言い、空を見上げた。
青い空は私たちの事情など知らないように晴れ晴れとしている。
「やっぱりルフスのことが……」
「ああ。忘れられない。あいつの詠んだ下手くそな詩も、あいつの髪の匂いも、あいつの微笑むときの優しい口元もまだずっと脳裏に焼き付いている。今でもどこまでも鮮明に思い出せる」
そう語る彼女は本当に懐かしそうで、悲しそうで、力のない笑みを浮かべていた。
私はそんな彼女の姿を見て罪悪感にかられた。
彼女からルフスを奪ったのは私なのだ。
「お前も将来、愛する人ができて、結婚も考える人間ができるだろう。だが、西部連合の中にはお前を身内にしたい人間もいる。お前の望むような相手と結ばれるかは分からないぞ。その点は警戒しておけ」
「私を身内に?」
「お前は自分の実力をよく理解していないようだが、その力は西部連合の政治家たちの欲するものだ。帝国中央ほどではないが、西部連合にも政争はあるし、政治家たちは利益のために魔法使いを利用する」
政争と言うのは人間について回る業のようなものだとリウィア。
帝国中央のように行きすぎなければ、多少の政争は健全な社会を維持することに役立つのだがとも彼女は愚痴るように言っていた。
「お前という魔法使いの価値は極めて高い。身内にしておけば、いろいろと便利だと考える政治家はいるだろう。事実、アンドレアス議員はお前を西部連合に引き入れて、お前たちに恩を売りつけている」
「そうだね……」
ソフィアは言っていた。
魔法使いは誰かに利用される定めだと。
そして誰かのために利用され続けると、本当に自分のやりたかったことが分からなくなり、何のために生きているのかも分からなくなると。
私たちはそんな状態に陥りかけているのだろうか……。
「私の結婚も魔法使い同士の政治と言えば政治だ。私の家はそれなりの名家だということは前に言っただろう? 結婚相手の家も代々魔法使いの家で、魔法使い同士の同盟のための結婚だとも言える」
「けど、リウィアはそれを望んでいないんだよね?」
「ああ。それでも仕方のないことだ。いつまでも過去を引きずり、独り身でいるわけにはいかないからな……」
そう語る彼女の表情にはある種の諦観の色があった。
ルフスを心から愛していた彼女にとっては別の人間との結婚は彼への裏切りのように感じているのだろう。
だが、それを割り切るだけの強さが彼女にはある。
彼女は本当に強い人。
「リンクス。学校で気になる男はできたりしたか?」
そこでにやりと意地悪く笑ってリウィアがそう尋ねてくる。
「……いないよ。私は、その……」
「その?」
「なんでもない」
ソフィアのことが好きだといたら、きっとリウィアは否定するだろう。
そう思って私は言葉をはぐらかした。
「そうか。お前にも心から愛し、愛される相手ができることを祈るよ」
リウィアはそう言って立ち去る。
私にはすでに心から愛する人はいる。
ソフィアは私が心から愛する一番の人だ。
だけれど、ソフィアは私をひとりの女性として愛してくれるだろうか?
弟子としてではなく、ひとりの人間として、リンクスという女性として愛してくれるだろうか……。
私はまだその答えが分からず、ただ踏み込むことが怖かった。
私は弱く、臆病なままだ。
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