TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──特別な感情//街を歩く
私の魔導書が機能しないという話は、ソフィアの耳にも届いていた。
自宅で改めてそれを私から聞いた彼女は落胆した様子は見せず、ただ私をそっと抱擁してくれた。
「お前は特別だからな。人と違うところもあるだろう」
彼女はそう言い、優しく私の頭を撫でた。
「……けど、考えてたんだ。魔導書のお店を師匠と一緒に営むこと。そうすれば平和に暮らせるかもしれないって……」
私は想像していた。
このロンディウスの街で魔導書を扱う小さなお店を開き、そこでソフィアとともに店を切り盛りしていくのを。
だが、それはできない夢になってしまった。
実現の可能性は全くない、そんな夢に。
「……リンクス。安心しろ。生きていくすべは他にもある」
「分かってるよ、師匠。私は私にできることをする。私は自分のある力でやれることをするんだ」
ソフィアが私を宥めるように言い、私はそれに力強く返した。
私にはダフネやテオドラたち、何よりソフィアを守れる力がある。
正規魔法使いになったら、みんなを守れるような仕事をしよう。
私はリウィアの言葉で、そう決意を新たにしていた。
「強くなったな、リンクス。もう私がいなくとも平気なぐらいに感じる……」
「そんなことは……!」
ソフィアはどこか嬉しそうに、だが同時にどこか寂しそうにそう言い、私は慌てて首を横に振る。
ソフィアがいるから私は強くあれる。
彼女がいてくれるから私には希望があり、生きる意味があり、価値があるんだ。
ソフィアがいなければ、私は……簡単に折れてしまうだろう。
「私にはずっと師匠が必要だよ。師匠にはずっとそばにいてほしい……」
私は縋るようにソフィアにそう言う。
私はソフィアの負担になっているのかもしれない。
それでもソフィアにはそばにいてほしかった。
「……そうか。私はお前が望む限り、そばにいよう」
そんな私の我がままにソフィアは優しく微笑んで応じてくれた。
その笑みは本当に美しく、綺麗で、私は見惚れてしまう。
しかし、そのソフィアの笑みを見て私は考える。
私はソフィアの何になりたいのだろうかと。
彼女の弟子であり続けることは、彼女への負担だ。
私もいずれはソフィアに並び立たなければならない。
だが、そうなったとき、私はソフィアの何になっているのだろうか?
友人? 家族? それとも……。
「リンクス?」
私がソフィアの顔を見つめたまま黙り込んでいるのにソフィアが怪訝そうに話しかけてきた。
「何でもないよ。師匠が綺麗だなと思っただけ」
「そうか。おだてても何も出ないぞ」
私の言葉にソフィアは苦笑し、ベッドに向かう。
そんな彼女の姿を私はじっと見つめる。
履き古したブーツはくたびれてきている。
それから西部連合の魔法使いであることを示す白いローブは新品だけど、着ているブラウスとロングスカートはやや色あせていた。
ポニーテイルを結っている紐も飾り気も何もないただの紐だ。
私の方はソフィアが買ってくれた新しいワンピースを身に付けているのに。
「師匠。今の私にもできる仕事ってないかな?」
私はソフィアの姿を見ながらそう尋ねる。
「仕事か? 私の助手をしているから給料が学校から支払われているはずだぞ」
「そっか。なら、今度一緒に買い物に行こう」
「……私とか?」
「そう、師匠と。師匠の服や靴を買おう」
ソフィアが怪訝そうに尋ねるのに私はそう答える。
思えばソフィアのために贈り物をしたことなどなかった。
私は彼女から与えられてばかりであった。
だから、少しは彼女に返したい。
「私の衣類か。そうだな。そろそろ新調すべき時なのかもしれない」
ソフィアはそう言って頷いた。
「では、今週末に出かけよう。それでいいか?」
「うん。楽しみにしているね」
まだまだこの街に不慣れな私たちなので、あとでダフネたちにいいお店を聞いておこうと私は思ったのだった。
ちゃんとソフィアをエスコートしてあげたいから。
* * * *
そして、学校で私はダフネたちから情報を得た。
靴、衣類、それからアクセサリーを扱っている店や市場を教えてもらい、その場所を記憶しておいた。
私の給料についてはカリクレスに問い合わせると、溜まっていた分が一気に支払われ、結構な金額となった。
「師匠、行こう」
「ああ」
週末は晴天であり、絶好のお出かけ日和だ。
私たちは丘を下り、まずは靴屋を目指す。
ダフネたちのおすすめの婦人用の靴屋は手工業ギルドの立ち並ぶ場所にあり、立派な店構えをしていた。
「ここがお前の友人が勧めてくれた店か?」
「そうだよ。入ろう、師匠」
私たちはそう言って店内に入る。
店内には様々な形状の靴が売られており、品ぞろえは抜群だった。
「いらっしゃいませ」
それから貴族の家の執事のような身なりの男性が現れて、私たちに挨拶する。
ソフィアの白いローブの効果だろう。
西部連合の正規魔法使いを追い出す店主はいない。
「靴を探しているのですけど。今、彼女が履いているのがくたびれちゃって」
「分かりました。どうぞこちらへ」
私が店主にそう言い、彼は私たちを店の奥に案内した。
店の奥は工房になっており、私たちは接客用の椅子を勧められた。
「どのようなデザインのものをお求めでしょうか? 最近の流行りですと、このようなロングブーツが流行っておりますが」
「ヒールはないものがいい。こう見えて魔法使いであっても生業は戦う方でな」
「畏まりました。それでしたら、こちらはどうでしょう?」
それからソフィアの足のサイズを計り、彼女に様々な靴が提案された。
膝下のあたりまで丈があるものや、半長靴のもの。
「これがいいな。しっくりくる」
最終的にソフィアは黒い軍人さんが履いているようなブーツを選んだ。
革素材のもので防水性に優れていると言う話であった。
「では、これを」
「ご購入ありがとうございます」
会計は私が済ませ、ソフィアは新しい靴を履いて外に出た。
くたびれたブーツの方は包んでもらって持ち帰ることに。
「いい感じだね、師匠」
「ああ。お前からの贈り物だ。大事にするよ」
私が言うのにソフィアはそう微笑んでくれた。
私もこれで少しはソフィアに返すことができたと嬉しくて笑顔になった。
そのまま私たちは買い物を続行し、次は服屋へ。
婦人用衣類を扱っている店は手工業ギルド街から少し離れていて、様々な布が展示されている陳列棚が目印だった。
「師匠にばっちりの服を選んであげるよ」
「そうか。期待させてもらおう」
私たちは服屋の扉を潜る。
靴屋と同様に店内には様々なデザインの衣類が展示されていた。
だけど、求めているのは基本的にカジュアルな衣類だ。
事前にダフネとテオドラに聞いておいた通りに、この店にはカジュアルな普段着に使えるものが揃っている。
「あ……」
そこで私の目に入ったのは空色のロングスカート。
ソフィアが私に贈ってくれたワンピースと同じ色のものだ。
「師匠、これはどう?」
「……悪くないな。だが、もっと地味な色合いのものがいいんじゃないか。私はそういうのを着るには、その、年齢を重ねすぎているだろう?」
私がそれを指さして言うのに、ソフィアは恥ずかしげにそう返す。
「そんなことないよ。この白いブラウスと合わせたら、絶対に似合うと思う!」
「う、うむ。そうか。なら、それにしよう。お前が選んでくれたのだからな」
ソフィアはちょっとばかり苦笑し、私の提案したコーデを受け入れた。
水色のロングスカートはふんわりしていて、ブラウスには黒いリボンがワンポイントで小さく飾られている。
それからソフィアはそれを試着した。
サイズはぴったりで、修正する必要はなし。
それからすらりとした長身の彼女にはもっと体型の出る服でもよかった気がするが、このロングスカートとブラウスも悪くない。
「似合ってるよ、師匠」
「ありがとう、リンクス」
それから私はそれを買い上げ、ソフィアは早速新しい服を纏って外に出た。
灰色の色褪せていたブラウスなどは袋に仕舞い、彼女は新しい出で立ちで街を歩く。
私はその隣を歩けて幸せだった。
「最後はアクセサリーだよ。髪留めを買おう」
「それは別にいいんじゃないか?」
「せっかく出かけたんだから。ね?」
「ふむ」
私はそう押し切り、ソフィアを中央広場付近の市場に案内した。
ここには各種ギルドから品が出品されているとダフネたちに聞いていたのだ。
「ヘアアクセサリーはこっちの方だね」
私はそうしてソフィアを案内する。
暫く歩くと様々なヘアアクセサリーを扱っているお店が見えた。
テオドラが買ったような
「師匠、どれがいい?」
「お前が選んでくれ。それが一番だ」
「分かった」
私は数多くのヘアアクセサリーの中からソフィアの瞳と同じ濃緑色の宝石が輝くものを見つけた。
そのバレッタは決して派手なものではなく、ソフィアの瞳のように薄暗く輝く宝石が僅かに鎮座したささやかなものだった。
私は一目見て、これだと決めた。
「これをください」
「はい。毎度あり」
店主は私にバレッタを渡し、私はそれをソフィアに見せる。
「師匠。屈んで。結んであげるから」
「ああ。お願いしよう」
私も多少は背が伸びたけれど、ソフィアには全然追いつけていない。
ソフィアは背を向けて屈み、髪を束ねていた紐を解く。
ふんわりとソフィアの匂いが鼻をくすぐった。
私と同じ石鹸を使っているのに、ソフィアの髪はいつもいい匂いだ。
それから私はソフィアの髪を優しく束ねる。
長い黒髪の向こうから無防備なうなじが見え、私はちょっとだけどきりとした。
そんなことを思いながらも優しく、ソフィアの髪を傷つけないように気を配って私は再びソフィアの髪をポニーテイルに整え、バレッタで止める。
「できたよ」
ソフィアは立ち上がり、市場に置いてあった鏡で自分の姿を確認する。
彼女は深い緑色に輝くバレッタで留められた髪を見て、満足そうに頷く。
「ありがとう、リンクス……」
そして彼女はそっと私の手を握った。
温かい手だ。何度もこの手に導かれて来た。
「……師匠、これからもずっと一緒にいてね……」
「……ああ。お前が望む限りはずっといよう」
私の言葉には告白の意味もあった。
ソフィアはそう認識しなかったかもしれないけれど、私は今の師弟関係以上にソフィアと一緒にいたいと心に込めていた。
それが決して世界に認められないものであったとしても。
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