TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
……………………
──渡河//司令官
帝国軍の司令官は機嫌よく私たちの報告を聞いた。
「いい仕事だ。よくやってくれた」
満足そうな笑みを浮かべる司令官。
それから帝国軍は要塞に向けて進軍し、抵抗もなく要塞を占領した。
しかし、これで戦争が終わったわけではない。
西部連合は未だ健在であり、独立を目指して帝国軍に対する抵抗を続けている。
西部連合の要塞が落ちたことは帝国軍の将兵や市民に向けて宣伝されたが、逆に言えば宣伝できることはそれぐらいしかなかった。
それほどまでの帝国はこの反乱に手を焼いていた。
「……恐らく帝国は西部連合の反乱を完全には鎮圧できないだろう」
私たちに与えられた天幕の中でソフィアが呟くようにそう言う。
私たちは傭兵と言う立場だったが、それなりの扱いを受けていた。
ちゃんとした天幕が与えられ、シラミのいない寝床を与えられ、食事も他の兵士たちより肉や果物のある豪勢なものが与えられている。
水浴びも特別な場所が与えられ、それを覗くような兵士もいなかった。
それはやはり魔法使いが怖いからなのだろう。
「この戦争は負けるということ……?」
「ああ。負ける。だが、別に西部連合に帝都を占領されるわけではない。西部連合にとっての勝利条件はそれではないからだ」
私が驚いて尋ねるのにソフィアはそう語り始める。
「西部連合にとっての勝利は独立の既成事実を作ることだ。帝国を転覆させることでも、完全に打ち負かすことでもない」
だから、帝都まで進軍する必要はなく、今の反乱を続けるだけでいいとソフィア。
「そして、長期戦になれば地元民である西部連合に地の利があるし、帝国は軍事費の都合上、永遠に戦争を続けられるわけでもない。この先、間違いなく帝国軍は反乱を鎮圧できず撤兵するだろう」
帝国はこれまで税収の多くを占めた西部連合の反乱で、税収を失っている。
このまま戦争を続けるのは財政危機を招くとソフィアは言う。
「……なら、私たちが戦う意味は……?」
私はもうすでに大勢を殺した。
この戦争に意味はないと言われたに等しい言葉に動揺する。
「……私たちは傭兵だ。最初からこの戦争は私たちの戦争じゃない」
そんな私にはっきりとソフィアは言う。
「勝ち負けなどどうでもいいし、最後まで付き合う義理もない。私たちはある程度稼げればこの戦争から離脱する。それが傭兵と言うものだ」
ソフィアはそう言って俯く私の方に歩み寄ってきた。
「……他の人間の死を背負うな、リンクス。それは余計な荷物だ。生きていくには重すぎる……」
そう言って彼女は私を抱きしめる。
彼女は優しい。過保護なまでに優しい。
私は彼女を抱き返し、彼女の愛を受け取った。
彼女への恩を返したいという気持ちはより高まった。
そうだ。
ソフィアのためならば私は何でもしよう。
必要ならばいくらでも殺そう。
彼女がそれを本当に必要とするならば私はもう躊躇わない。
* * * *
帝国軍はまた難所で躓いた。
今度は川だ。
「我が軍の渡河作戦がことごとく妨害されている!」
帝国軍の司令官が副官や私たちを前にして怒鳴る。
「このブルガル川を渡河しなければ、我が軍はここでずっと足踏みだ。何としても渡河せねばならぬというのに……!」
「閣下。第2軍のティベリウス将軍に援軍を求めては……」
「馬鹿者っ! この私にあのティベリウスに泣きつけと言うのか! あいつに頭を下げろとでも!?」
「い、いいえ、閣下。そういう意味では……」
私たちが従軍しているのは第3軍で、司令官はこのクイントゥス将軍なのだが、同じく鎮圧作戦に参加している第2軍のティベリウス将軍と酷く仲が悪い。
これについてはソフィアが説明してくれた。
まず今の帝国軍は軍事司令官を能力で選んでいないということ。
政治的な縁故が人事を決定しており、能力は二の次。
どの派閥に所属しているかが人事の全てだそうだ。
そして、そんな帝国軍の最高司令官である皇帝は軍事作戦の際、必ず同種の権限を有する軍を2個から3個派遣する。
さらにその司令官の派閥は異なるものとして、あえて不仲な人間同士に同じ権限を与えて戦場に送り出すのだ。
なぜそんなことを? と私も思ったのだが、これは軍の反乱防止らしい。
同じ派閥の司令官を派遣すると結託し、軍を率いて反乱を起こすかもしれない。
だから、わざと不仲な人間同士を派遣する。
どうかしていると思うけれど、そうしなければならないのが今の帝国なのだ。
少なくともティベリウス将軍とこのクイントゥス将軍が結託することはないだろう。
皇帝への謀反のみならず西部連合への戦争に対しても、だが。
私がそんな呆れた感想を抱いているのにソフィアも同感なのか肩を竦めていた。
「魔法使い。お前たちが渡河作戦を支援して、橋頭保を確保しろ」
それからクイントゥス将軍が私たちにそう命じる。
「今度も私たちだけでやれと?」
「今度は我々も渡河せねばならん。だから、工兵が橋を架ける必要がある。魔法使いと違って我々は飛べんのでな」
不機嫌そうなソフィアの問いにクイントゥス将軍は嫌味込めてそう返す。
「つまり、架橋する工兵の護衛でいいのだな」
「ああ。我が軍が渡河し、橋頭保を構築するまで守り抜いてもらうぞ」
「分かった」
クイントゥス将軍の命令にソフィアはそう頷き、司令部の天幕を出た。
「渡河がことごとく妨害されている、か……」
ソフィアはそう言って考え込む。
「敵は対岸だけにいるとは限らないかもしれない。用心しろ、リンクス」
「はい」
ソフィアの言うことはよく当たる。
今度もただの根拠のない勘と言うわけでもないだろう。
* * * *
工兵と言ってもダンプやショベルカーと言った重機を持っているわけではない。
この世界の工兵は全て手作業か、僅かな軍馬を使うだけだ。
「あんたらが護衛の魔法使いか? 俺は工兵指揮官のマヌエルだ。よろしく頼む」
そういうのはそんなきつい肉体労働をこなせる体型の男性。
見事なまでにムキムキでちょっとびっくりしたぐらい。
あとはあまり魔法使いである私たちを怖がっていないのが分かった。
「ああ。手早く済ませたい。架橋にはどれくらいかかる?」
「この川の流れだと1、2日ってところだな」
マヌエルは私たちの前を流れる川を見てそう言う。
問題のブルガル川は森の中にあり、川幅は20メートルほど。
流れはほどほどで深さはそこまで深くはないかもしれないが、橋がなければ馬車などが移動するのは無理なように見えた。
「架橋を始める前に少し待ってもらえるか?」
「あ、ああ。いいが、どうした?」
マヌエルが尋ねるのに答えず、ソフィアは上空にワタリガラスを放った。
ソフィアの使い魔が空を飛び、上空からの視点を彼女に与える。
「これまでの渡河の妨害がどの段階で始まった?」
「そうだな。ちょうど橋が完成したときに魔法やら何やらで攻撃されて……」
「……だろうな。見られている」
ソフィアはそう言い、私の方を向いた。
「西部連合のパルチザンだろう連中が見張っている」
「何だと! どこだ!?」
「使い魔に気づいて逃げた。魔法使いも混じっているようだ」
「クソ。この森では掃討作戦などできないぞ……」
私たちが居るブルガル川上流周辺には、鬱蒼とした山林がある。
ゲリラ戦を仕掛けるにはもってこいの場所であった。
「下流の開けた場所で渡河するのは?」
「そっちはティベリウス将軍がやっている。無理だ」
「ああ……」
私の提案にマヌエルは首を横に振る。
仲の悪い軍事司令官の片方が下流を占領しているので、私たちは上流を渡河しなければならないわけですね。
「この渡河地点は敵にばれただろう。どうする?」
「どうするもこうするも。どこに橋を架けても敵がこの森にいるんじゃ気づかれる」
「魔力装甲で工兵や橋を防衛しておくこともできるが、敵に主導権を奪われたままでは非効率だな……」
ソフィアはそう言って考え込む。
「……やむを得ない。パルチザンを排除するぞ、リンクス」
そして、彼女は私にそう言った。
……………………