TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う 作:第616特別情報大隊
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──政治の時間//利害関係
私は競技会で自分の価値を示した。
爆轟魔法によって私の出来ることを示した。
それに対して人々は動きつつある。
「イレーネ連盟長からは保護について前向きに考えると連絡があった」
ソフィアがそう言う。
しかし、彼女の表情には憂慮の色がある。
「師匠。私はちゃんと競技会で価値を示せたんだよね?」
「ああ。それは問題ない。だが……ときとして過ぎた力は敬意以外のものを生む。恐怖や嫉妬という負の感情。そういうものが生まれていないといいのだが……」
競技会のときの観客席を私は思い出す。
私の演技のあとで観客席は沈黙していた。
そして私に向けられた負の感情の視線。
あれはまさにソフィアが言う過ぎた力への反応ではないだろうか。
もし、そういう感情が生まれていたとしたら、どうなるのだろうか。
「安心しろ、リンクス。私も手を尽くしている。お前のことは私が守る……」
ソフィアはそう言って私を抱きしめてくれる。
彼女の温もりを甘い石鹸の香りを感じながら、私はこの幸せを手放したくないと強く思ったのだった。
* * * *
のちに知ったことだが、アンドレアスは競技会のあとでより強く私との養子縁組を進めようとしたらしい。
何人もの魔法使いや議員に掛け合い、自分と私の養子縁組を後押ししてくれるように訴えて回ったそうだ。
しかし、イレーネ連盟長を始めとする魔法使いたちが、それに待ったをかけた。
彼女たちは私の力をひとつの家や人間が独占するのは危険であると言ったらしい。
そう、『危険』だ。
それは単純に西部連合においてアンドレアスが私という力を握り、それを使って独裁政治を始めることへの危惧からかけられた制止であった。
西部連合は限定的とは言えど共和制であり、その意思決定は議会で行われる。
だからこその危惧であった。
この意見に同意する人間はアンドレアスと同じ議員を中心に多く、アンドレアスの考えていた養子縁組は暗礁に乗り上げた。
それに困り果てたのか、アンドレアスは私たちを屋敷に招き、再び養子縁組を直に訴えることにしたのだった。
「君たちには政治的背景が必要だ」
アンドレアスは真剣な表情でそういう。
前置きのお喋りなどもなく、彼はすぐに本題を語り始めた。
「リンクス君。あの競技会で君の実力を改めて認識した人間は多い。西部連合内の政治家や魔法使いたちは当然として、西部連合の外の人間にも知られた。君たちを多少強引な手を使ってでも手に入れようとする人間たちはこれから出てくるだろう」
「だから、養子縁組が必要だと?」
「その通りだ。西部連合の議員の家族となれば、手を出せば外交問題になる。そう簡単に手出しされることはなくなるだろう。帝国中央であろうともだ」
アンドレアスはソフィアに向けてはっきりとそういう。
未だに帝国中央は私たちを手に入れようとしているのだろうか。
あれから続報が聞こえてこないが、三月教徒の反乱に出兵するという話は生きているのだろうか?
「だが、結局はお前もリンクスを利用したいだけなのだろう。自分の家を栄えさせるために。以前、そう言っていた通りに」
「それは否定しない。見返りを求めない政治家はいないからね。だが、私の他に誰が君たちを保護するというのだ?」
「魔法使い連盟は前向きだが」
「彼らの政治力は吹けば飛ぶようなものだ。連盟として保護したとしても、リンクス君の立場は有力な魔法使いの域を出ない。それでは外国から手出しされるのを阻止する抑止力とはなりえない」
ソフィアの言葉にアンドレアスがそう指摘する。
「しかし、西部連合はお前がひとりでリンクスの力を手にし、それによって独裁政治を始めることを危惧している。お前の養子となったことで、他の議員に狙われることも起こりえるのではないか?」
「……確かにそれは否定しない。だが、私には西部連合で独裁政治を始める意図はない。そんなことにリンクス君は手を貸さないだろう?」
そう言ってアンドレアスは私の方を見た。
私はアンドレアスが何を考えているのかはっきりと分からなかった。
彼は本当に私を保護したいのか。
それともやはりただ利用したいだけなのか。
政治家という生き物の考えを読むのは難しそうだ。
「ひとついいですか?」
ここで私が問いを発する。
「何だろうか?」
「養子になったら、必ず他の家と婚姻しなければいけないんですか?」
「……ああ。普通はそうだが……君はそれを望んでいないのか? すでに好意を寄せている人間がいるか、結婚そのものを望んでいないと?」
「はい」
私はソフィアが一番好きだ。
ソフィア以外の人と一緒になろうとは思えない。
だけれど、養子になったことで彼女との仲を裂かれるのならば、私はどれだけ厳しい道であろうとも、誰の養子にもならず保護も受けなくていい。
「そうか。君はそれが気がかりだったのか。しかし……」
私をただ保護するだけでは、アンドレアスは利益が得られない。
私を政略結婚の材料にすることによって、彼は魔法使い社会と再び繋がり、利益を得るのだから。
だから、これを拒絶すれば今度はアンドレアスの方に私を養子にして保護する理由がなくなる。
お互いの要求がすれ違っていることは、私にも分かっていた。
だけれど、私にも譲れないものはある。
「……考えさせてほしい。今日はわざわざ来てもらったのに結論が出ずにすまないが」
「分かった」
アンドレアスは長い沈黙の末にそう言い、私たちは席を立った。
屋敷を出て私たちは馬車で自宅に戻る。
「……リンクス。お前は自分の幸せだけを考えていいんだ。私のことは気にするな」
馬車の中でソフィアは私にそう言う。
私と視線を合わせず、どこか悲しげにも見える表情で彼女はそう言っていた。
「私の幸せは師匠が幸せでいてくれることだから、だから師匠にも笑顔でいてほしい」
私はそんなソフィアに首を横に振ってそう返した。
「リンクス……。そうか。そうだったな……」
ソフィアは私の言葉に力なく微笑んでくれた。
だけど、その笑顔が儚げで今にも消えてしまいそうだった。
* * * *
それから私たちはアンドレアスが結論を出すまで待つことにした。
いつものように魔法学校に通う日々だ。
あの競技会のあとで私を見る目は少し変わった。
これまでの困惑と好奇のそれから、今はそれに加えて若干の畏敬の色がある。
あの爆轟魔法が招いた結果なのだろう。
「おはよう、リンクス」
「おはよう、ダフネ」
それでもダフネたちはいつもと変わらない態度でいてくれて私は安堵する。
「リンクスちゃん」
と、そんなある日テオドラが私に話しかけてきた。
「どうしたの、テオドラ?」
「あのね。リンクスちゃんを西部連合で保護しようって話なんだけど、私のお父さんが一度リンクスちゃんにソフィア先生と話がしたいって」
「テオドラのお父さんが?」
突然の申し出に私は首を傾げる。
テオドラには確かに私の保護を依頼していたが、まさかその父に会うことになるとは思って見なかった。
「うん。明日の夕食を一緒にしない? 私のお父さんの他にも何人か集まるんだ」
「そうか。それなら師匠に聞いてみるよ」
「お願い」
アンドレアスはまだ結論を出していない今、私たちも頼れるものをしっかりと頼っておくべきだろう。
私はそう考えていた。
それから私は講師室に行き、ソフィアにテオドラの申し出を話した。
「……なるほど。テオドラの父が、か。そうであるならば受けた方がよさそうだな」
ソフィアはそう言って頷く。
「……あれからイレーネ連盟長に尋ねたのだが、魔法使い連盟だけでは確かに保護は難しいそうだ。やはり政治家の力が必要だと」
「……やっぱりそうなんだ」
「ああ。誰か政治家を味方に付けなければ……」
アンドレアスが言っていたように魔法使い連盟の保護では、私は優秀な魔法使いの域を出ない。
それでは外国勢力が私を荒っぽい手段で得ようとしたときに守り切れない。
「……リンクス。お前が結婚したくないというのは、やはり……」
ソフィアはそう尋ねようとしたが、首を横に振って言葉を濁した。
「何でもない。結婚するかどうかはお前の自由だからな……」
私はソフィアとともにいたいから結婚したくないということを言えなかった。
そう踏み込んでしまえばソフィアから距離を取られそうな気がして。
彼女に自分の好意を否定されるのが怖くて。
だから私はソフィアの言葉に何も言わず、ただじっと彼女を見つめた。
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