外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「随分とくだらない生活だな」
侮蔑の意味を込めて、俺は目の前の男に吐き捨てた。
天蓋付きの華美なベッド。横の棚には花瓶が置かれ、ランプの灯かりがほのかに部屋を照らしている。
さぞ贅沢な生活をしているんだろう。
「貴様、何者だ!?」
困惑しながら声を荒げる男。
部外者への常套句だが、何者かと問われて答える馬鹿はいない。
質問を無視して俺は相手の名前を言い当ててやる。
「勇者クリーズだな」
男――クリーズ・エルカイオスがビクッと震えた。
「俺を知っているのか?」
「当たり前だろ。ここはアンタの屋敷で、俺はアンタに会いに来たんだからな」
クリーズは、ザグレーン王国と呼ばれるこの一帯を魔物から救った勇者様だ。
短い金髪の爽やかな青年で、その容姿と人当たりの良さから民間人にも愛されている。
近々、国の第二王女と結婚の予定がある果報者。
……表向きは。
「俺を狙った暗殺者というわけか」
「察しが良くて助かるぜ」
クリーズが長剣を手に取る。
就寝前で装備を整えていない彼だが、それでも愛用の剣は手近に置いていた。即座に臨戦態勢へ移行できる辺りは流石の才覚か。
「愚か者め。勇者がどういう存在か、知らないわけではないだろうに」
声色が冷静さを取り戻す。
自分が
その甘さが命取りになるというのに。
俺も大剣を抜き放ち、正面から彼と対峙した。
「質問だ、勇者クリーズ。アンタ、恨みを買っている自覚はあるか?」
意味のない質問だが、一応問いかけてみる。
「恨み? 些末な冒険者に妬まれることなんて日常茶飯事だ。どうせ貴様も嫉妬心に駆られた賊の一人だろう」
提示されたのは凡庸な予想だった。
たしかに勇者は特別な存在である。この世界では彼のような人間が敬われ、他の冒険者は指を咥えてその栄光を見ているだけ。
これまでにも力のない者からの嫉妬を浴びてきたんだろう。
しかし、俺の依頼主は冒険者じゃない。
「ハズレだ。他に心当たりは?」
次の回答を待ってみたが、クリーズは答えない。思い浮かばなかったのか、お喋りは終わりだという合図か。
……どちらにしろ、こいつはハズレだろう。分かっている。
俺も仕事に専念しよう。
「さて、死んでもらうぜ? 勇者様」
宣言すると同時に、俺は一気に間合いを詰めた。
大剣を振るって先制攻撃を仕掛けたが、クリーズは自身の剣でこちらの一撃を受け止める。
「おお、良い反応速度だな」
感心したので褒めてやったが、相手は喜ばない。
そのまま剣を跳ねのけたクリーズは、逆にこちらを刺突しようとしてくる。
刃を避けて飛び退き、俺は一度距離をとった。
相手の方がリーチの長い武器を使っている。懐に飛び込んで一撃を決めないと逆に危ない。
「流石に勇者相手だと一筋縄ではいかないか」
「ナメた真似を……!」
睨みを利かせたクリーズが憤る。
すると、彼は突然そっと目を閉じた。
傍から見れば無防備な行動だが、俺はそれが何かを理解している。
「――
唱えたのは、勇者だけが持つ
勇者とは女神アプナによって加護を与えられた存在の総称だ。彼らの操る力は千差万別だが、そのどれもが常識を超えた効果を発揮する。
クリーズから、冷気を纏った長剣が繰り出された。
ガチッとぶつかる互いの刃。相手の力強い踏み込みに圧され、俺は一歩後ずさる。
追い打ちをかけるように、クリーズは連続して剣を撃ち込んできた。
じりじりとにじり寄られる感覚。
「チッ!」
「さっきまでの威勢はどうした、暗殺者!」
吼えるクリーズ。
曲がりなりにもザグレーン王国を救った英雄だけあって、実力は本物だ。
だからこそ嘆かわしい。それほど秀でた才能があって、なぜこうも……。
いや、恨み言を言っている場合ではない。
「その場に縛りつけてやる。貴様には雇い主を吐いてもらわねば!」
そう告げると、クリーズは自身の体から凍える風を放出し始めた。
手にした長剣からも冷気が溢れ、部屋中を凍結させていく。氷に覆われた床がミシミシと音を立てた。
足を凍らせて動きを奪うつもりか。理に適っている行動だ。
……さて。
「じゃあ、ここからは俺の番だ」
「何?」
相手を威圧する演出としてニヤりと笑ってみせる。
驚いた様子のクリーズだが、ハッタリだと思ったのだろう。自身の
部屋に風が吹き荒れ、閉められた窓がガタガタと揺れる。家具に霜が降りて室温がぐんぐんと下がっていった。
けれど、そこで気づいたらしい。
奴の冷気が俺の体に一切届いていないことに。
「どういうことだ!?」
凍った床が俺を避けるようにぽっかりと開いている。
クリーズが目を見開いたので、俺は先ほど投げかけられた言葉をそのまま返してやった。
「さっきまでの威勢はどうした、だったか?」
「っ!」
みるみるうちに
俺は受け止めていた敵の刃を押し返して、大剣を構え直した。
「女神の加護がついている人間はすぐにこれだ。驕り高ぶって、相手の実力を見誤る」
驚愕したクリーズだったが、再び果敢に挑んでくる。
懸命に戦う相手だが、流石に自分を律することができていない。太刀筋が甘くなっているのをはっきりと感じた。
「剣の腕だけ磨いていれば、こんな結果にならなかったと思うぜ? 勇者さんよ」
「黙れ!」
クリーズが大きく振りかぶった剣を受け止め、鍔迫り合いになる。
そこで俺は、懐に隠していた短剣を抜いた。
がら空きになっていた相手の左脇腹を突き上げる。
「ガッ……あ……!」
じっとりと赤く染まる服。力が緩んだところで相手の長剣を弾き飛ばした。
恨めしそうにこちらを見るクリーズ。
なおも追いすがろうと腕を伸ばして抵抗してきたので、その根性には感服するところだが。
「勇者クリーズ。第二王女との結婚を契機に、ザグレーン王国の実権を握ろうと画策していたな?」
「何故、それを……」
急速に光が失われていく瞳で、俺を見つめるクリーズ。
「何故もクソもあるか。既に計画の邪魔になる人間を何人も始末していた癖に」
だから、恨みを買っている自覚はあるかと聞いたんだがな。
まあ、理解していたところで俺の依頼が消えるわけじゃないので、どうでもいいことだ。
最後の力を振り絞り、俺に向けて凍える風をぶつけようとするクリーズ。
その息吹が目の前で雲散していく。
「そうか……貴様、死神……」
ようやく、俺が何者か気がついたらしい。
死神。あまり好きじゃないが俺はたしかにそう呼ばれている。
ようやく言い当てたところ悪いが、これから死ぬやつに答え合わせをしてやる義理はない。
「後はあの世で、女神にでも詫びろ」
俺はそう言い残し、大剣を横薙ぎに振るった。
クリーズの首が飛ぶ。
温かい鮮血と生臭さを浴びて、俺は重たい息を吐いた。
――任務完了。