外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
二日目の旅路は比較的順調だった。前日のように魔物と出くわすこともなく、ひたすらに歩くだけ。
退屈といえば退屈だが、危険がないならそれでいい。
……と言いつつ、些事は色々とあったんだが。
たとえば、目の前に断崖絶壁が現れた時。
「橋が無いな」
「無いというか、千切れちゃってますねー……」
目の前に突き刺さった杭に巻き付いたロープが、解れた先端を剥き出しにして揺られていた。
遥か向こうに見える対岸にも同じ残骸が残されており、かつて通り道であった哀愁を漂わせている。
一応崖を覗いてみると、轟々と音を立てる川を確認。橋は流されてしまったのだろう。
手にした地図とにらめっこしながら、セルピナがぼやく。
「困りました」
「迂回するしかないだろ。それともなんだ、空を飛ぶ魔法でもあるのか?」
これぐらいのアクシデントは旅に付き物だ、文句を言うより次の案を考えた方が早い。
そういう意味で皮肉を言ったつもりだったのだが、セルピナは真顔で答える。
「あります」
「あるのかよ」
「私自身を浮かせる空中移動術です。三人は無理ですが」
「じゃあ意味ないだろ。くだらんこと言ってないで移動するぞ」
「そうですね」
表情が変わらないので真面目に言っているのか分からない。
しかしツッコミを入れるとすぐに考えを改めたので、本気で言っていたわけではないらしい。
冗談を言うやつだったとは意外だ。
◇
そこから少し歩いて、目の前に濁流が現れた時も。
「氾濫してるな」
「オルクさん、泳いでみますか?」
「黙れ」
崖から続く下り坂を進んできたので、先ほど崖下に流れていた川とかち合った。
残念ながら水嵩が増しており勢いもある。そのままでは進めそうにない。
セルピナの方を見ると、彼女は顎に手を当てて何やら思案していた。
「困りました」
「迂回するしかないだろ。それともなんだ、水をせき止める魔法でもあるのか?」
先ほどとまったく同じやり取りをする。
「あります」
「あるのかよ。……今度こそ使える魔法なんだろうな?」
「はい。水を凍らせて橋にすれば良いかと」
「本当に使える魔法だった」
「当たり前です。私はいつだって真面目です」
嘘つけ。
ともかく、今回は冗談じゃないらしい。セルピナは杖を構え、短く魔法を詠唱する。
「
端的な呪文に見合ったささやかな息吹が放たれる。それは見た目よりも強い冷気に変わり、川の水は一瞬にして凍りついた。
おおー、とミンテが感嘆の声をあげて拍手する。
「行きましょう。水は次々に流れてくるので、長くはもちません」
「そうだな」
「セルピナさん凄いです! 一家に一人欲しいですね!」
「家電みたいに言うな」
ミンテのよく分からない称賛に呆れたものの、セルピナは誇らしげに胸を張っていた。
満更でもないらしい。
◇
その他、食料にしようと狙っていた野生動物にミンテが追いかけ回されたり、よく分からない野草を試したセルピナが痺れてしばらく動けなくなったりと、細かな出来事に遭遇しつつも進んできた。
箇条書きにすると大冒険に思えるが、穏やかな旅だ。
セルピナから報酬を貰っているのが申し訳ないと思うほどに、護衛が必要か疑わしい旅路。
そんなことを思いながら、今は野営ポイントを定めて食事を準備している。ミンテには任せられないので俺が獣肉を捌いていた。
「オルクさーん、ご飯できましたかー?」
「まだだ。座ってろ」
ミンテとセルピナは、近くの湖畔で体を洗ってきたらしい。二人揃ってタオルで髪を乾かしながら近づいてくる。
隣にぺたんと座り込んだミンテは、焚き火に手をかざしながらニヤニヤして言う。
「オルクさん、覗いたりしてないですよね?」
「ガキを見てもしょうがねぇだろ」
「あー! またガキって言った!」
口を尖らせるミンテ。事実だから仕方ない。
そんな俺たちの様子を見ながら、セルピナは感想を漏らす。
「お二人は、仲が良いですね」
「あ? 何処がだよ」
何を見てそう思ったのか分からないんだが。
見てみると、セルピナは緊張の解けた表情をしていた。決して笑わない鉄仮面のままではあるものの、張り詰めた雰囲気はいくらか和らいだように感じられる。
軽い語調で話す姿は、何処か新鮮だった。
「ずっと賑やかで、楽しい旅だと思います」
「こいつがやかましいだけだ」
「なんてこと言うんですかー!」
「デカい声を出すなって」
俺の頬を人差し指でつついてくるミンテ。うざい。
「私は軍の遠征でしか外へ出ません。他人との会話や、交友関係自体も新鮮です」
「えー、そんなの寂しいです! 耐えられません!」
黙ることを知らないミンテが顔をしかめる。
セルピナはふっとひと息ついて、俺たちの顔を交互に見た。
「それが普通だと思っていましたが……オルクやミンテと旅をしていると、こういうのも悪くないと感じています」
無表情で、戦いにおいても容赦ない攻撃を見せるセルピナ。
トリストリア王国という非道な国で軍人をやっているのも相まって、勝手に冷たい人間だと思っていた。
けれどこうして話してみると、意外と寂しさを感じているのかもしれない。
「あたしも、セルピナさんと友達になれて嬉しいですよ!」
「友達?」
「はい!」
ミンテが屈託のない笑顔を向ける。
意外そうに目を見開いて、セルピナはポカンとしていた。
俺もミンテの人懐っこさには驚かされる。四日前に会ったばかりの人間に此処まで言えるのは才能かもしれないな。
「ね? オルクさんも友達ですよね?」
「俺を巻き込むな」
じゃれるように言うミンテに苦い顔をする。
依頼人に肩入れするのは悪手だ。どうせこの任務が終われば後腐れなく別れるだけの間柄。
場合によってはセルピナが次のターゲットになる可能性だってあるし、こんなところで仲良くする義理はない。
何より、彼女は勇者だ。いつ俺の敵になってもおかしくない。
「もー! またそうやって難しい顔して!」
「あのな……」
「いいから、此処は友達の握手をしましょう! ほら、セルピナさんも」
「は、はあ」
強引に俺とセルピナの手首を掴んで引き寄せるミンテ。仕方なく俺たちは互いの手を握った。
無表情な彼女から伝わる体温。こうしてみると、相手も生きている人間なのだと実感する。
……こいつは勇者で、トリストリア王国の軍人だが。
せめて、すぐ敵にならないで欲しい。なんとなくそう思った。
「オルク」
がっしりと手を握りながら、セルピナが俺を見る。
「なんだ?」
「護衛任務が終わった時、私はあなたに勇者の始末をお願いすることになります」
「ああ。そうなるな」
急に改まって聞いてきた。
本来の任務である勇者暗殺。前金は既に貰っているし、その後の報酬もおいしいらしい。
その上、俺は勇者を屠るために
これ以上ない好条件だ。今更確認するまでもない。
しかしセルピナは、まっすぐ俺を見据えたまま視線を離さなかった。
その目で、確かめるように口を開く。
「その時は……決して躊躇わないでください」
それが何を意味しているのか、俺には分からなかった。
「躊躇う? 俺が、勇者相手にか?」
馬鹿馬鹿しいことを聞いてくる。
俺は故郷の村を見捨てられた。それから復讐の旅を始め、行く先々で堕落した勇者の姿を見てきた。
今回の相手が直接的な因縁でなくても、俺は勇者を許さない。
「何を心配してるのか知らないが、確実に仕留めてやる。安心しろ」
言いながら彼女の手を離す。
セルピナは俺の言葉に深く頷いた。