外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「――以上が、あたしとオルクさんの出会いと旅の思い出です」
セルピナさんに向けた過去話に一区切りつけると、あたしは息を吸い込んだ。
「セルピナさんに比べれば、あたしの過去なんて大したものじゃないですけど」
「いえ。良い話を聞けました」
話を聞いている間、セルピナさんはとても優しい表情をしていた。
だから、今の感想もお世辞ではなく本心だと信じられる。
決して笑いはしないけれど、他人が嫌いなわけではない。彼女はそんな人だ。
「政治利用にしか価値がないと思っていたあたしの人生に、自由な冒険という日々をくれたオルクさんは
セルピナさんにとって、オルクさんの
それでもあたしは命を尊ぶべきだと考える。彼と旅をした半年ほどの時間は、あたしに広い視野を与えてくれた。
女神の加護を持つ勇者だからではなく、オルク・フェブルスという個人から貰った自分なりの結論だ。
死にたいと思っている人に、生きろと伝えるのが無責任なのは分かっているけれど……。
「旅をした場所は、どこも今の世に困っていました。けど、みんな生きる力に満ちていたんです。それを知って、あたしは自棄になっていた自分を改めました」
「……たしかに、私はトリストリアから出たことはありません。世間のことも分かっていないでしょう」
「じゃあ!」
一緒に旅をして欲しい。
世界は広いのだ、こんなところで短い生涯を終える必要はないんじゃないか。
しかし、彼女はこちらの言葉を待たずして結論を口にする。
「ですが、私の力は争いを呼びます。不死の存在はそれだけ強力なのです」
あまりにも頑なな態度に、次の言葉が出てこない。
何を言っても決意が変わらないほど、辛い経験をしてきたんだろう。
死なない体ということは、どれだけ無茶をしても戦い続けられる。でも痛みが消えるわけじゃない。
どんなに苦しくても、戦場に立ち続ける兵士。
壮絶な人生だったことは容易に想像がつく。
「あたし。あたしは……」
なんとか説得したいのに。
結局、国から逃げ出した世間知らずのお姫様程度では、本当に死を望む人に寄り添うことはできないのだろうか。
そう思うと、自然と涙が零れてくる。
本当に泣きたいのはセルピナさんのはずで、自分の感情を優先するなんて自分勝手な感傷でしかない。
分かっているのに、止められなかった。
「……ミンテ」
セルピナさんが、そっとあたしの頭を撫でる。
その手がとても温かくて、胸の奥が引き裂かれそうなほど苦しい。
「う、うぅっ……! あたし、セルピナさんに死んでほしくないんです……!」
三日間の短い道のりだったけれど、ここまでの旅でセルピナさんは楽しそうにしていた。
表情には出ない。でも確かに愉快な時間を共有できていたはず。
それに、この人は悪い勇者じゃない。
もちろん軍人だし、これまで沢山人を殺めてきただろう。エリバの件ではあたしもまざまざと見せつけられた。
でも彼女は死を弄んだりしない。自分の出世や傲慢のために力を使ったりもしない。
あたしが探し求めていた人だった。オルクさんの隣で、勇者の辛さを分かってあげられる人。
色々な感情が綯い交ぜになって、結局あたしはワガママな言い方をすることしかできない。
「セルピナさん……! うわぁぁぁあっ!」
時間切れ。
与えられた猶予を活かすことはできなかった。
◇
教会跡に戻ったあたしとセルピナさんは、長椅子の一つに腰を下ろした。
此処には屋根がある。雨風が凌げるのでそのまま夜を明かすことになりそうだ。
離れがたくて、あたしはセルピナさんにギュッとくっついてみる。
「ミンテ?」
「ごめんなさい。眠りづらいかもしれないけど、今日だけこうさせてください……」
「……分かりました」
その体温はやっぱり温かい。
セルピナさんに巡る血液の力強さを感じていると、彼女は唐突に言った。
「ミンテは、オルクのことが好きなんですね」
「……うぇ!?」
急に何の話だろう。
あたしは、別の椅子で目を閉じているオルクさんを見る。眠っているのか、ただ黙っているだけなのかは分からない。
聞かれていたら嫌だな、と思いながら答える。
「好きですよ」
誤魔化しのない言葉。
いや、これだけだと誤解されそう。慌てて補足する。
「れ、恋愛とかじゃないですよ! ただオルクさんって、放っておけないんです」
「放っておけない?」
セルピナさんが疑問を向ける。
あたしは大きく頷いて、話を続けた。
「あの人は復讐に燃えているように見えて、本当はいつ死んでもいいと思っているんです。今はあたしがいるので多少抑えてくれてますが、きっと無茶な依頼を受けて死んじゃうつもりで」
「……」
「ホント、勇者って何なんですかね! みんなすぐ死にたがって、ヤダヤダ!」
わざとらしく拗ねてみせる。隣のセルピナさんは何も言わなかった。
オルクさんはずっと寂しそうにしている。村の人たちを守れず、自分一人だけ生き残ったことに負い目がある人だ。
そしてセルピナさんも、どんな過去があろうと今は目の前で生きている普通の人間。
共通しているのは、どちらもあたしに優しい良い人ということ。なんで良い人が死なないといけないのだろう?
いや、二人だけじゃない。
「みんな、女神様から加護をもらって。最初は世界を救う希望を持っていたはずなのに」
あたしと関わりのあった三人の勇者。その内二人をあたしは好きになった。
きっと、他にも良い勇者がいるはずだ。この広い世界を旅していけば、様々な出会いが待っている。
そんな旅へ、セルピナさんも一緒に……。
今日は考え過ぎて疲れてしまった。思考が朧げになっていく。
深い眠りの気配が迫り、意識が途切れる直前。セルピナさんの声が聞こえた気がした。
「ありがとうございます、ミンテ」
それが何に対する感謝なのか、考える間もなくあたしは暗い闇の中に沈んだ。