外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「オルクさん、どうするんですか!?」
焦った表情のミンテが、俺の眼前にずいと詰め寄ってくる。
「どうするっつってもな。次の仕事も決まってないし、一度トリストリアに戻って――」
「そんなことを言ってるんじゃないですよ! セルピナさんを取り戻さないと!」
さらに一歩前進し、互いの息が掛かるほどのところで捲し立ててくるミンテ。近い、鬱陶しい。
こいつならそう言うと思っていたが、俺たちには行動を起こすだけの正当な理由がない。
「いいかミンテ。俺たちは、故郷が見たいと言ったセルピナについてきただけだ。ロクザに辿り着いた時点で護衛任務は果たされている」
「そ、それはそうかもしれないですけど!」
「それに相手がトリストリア王国となれば、セルピナを始末するのはまずい。大国に目をつけられたら今後に支障が出る」
「でも依頼が……いや、あたしは止めてほしいんですけど」
「さらに言えば、セルピナ自身は助けてほしいなんて一言も言ってない。引き戻される時も抵抗していなかった」
「……」
俺が丁寧に理由を語ってみせると、ミンテはすっかり黙り込んでしまった。元々小さい体が、縮こまってさらに小さくなる。
元々、セルピナの依頼に対して泣いて抗議するようなやつだ。仲間意識から、とりあえず奪われたなら助けたいと感情的になっていたんだろう。
だが、考えもなくセルピナを助けるにはリスクが大きすぎる。
俺は裏稼業を生業としている冒険者だ。国と直接やりあうのは得策じゃないし、大事になって顔が割れるのも面倒だ。
先ほど見たクレニスとかいう軍人も、その荘厳な雰囲気から只者ではないはず。人数差もあるので正面切って戦うわけにはいかない。
事情は分かっているので、流石にミンテも取り下げてくれると思ったが……。
「……トリストリアには、勇者がいるそうです」
絞り出すように、話を続けてきた。
突然話題が切り替わった気がして、困惑しつつ返事をする。
「? そりゃ、セルピナがいるだろ」
「違います。セルピナさんが恨みを持っている他の勇者が、トリストリアにいるんです」
初耳の情報だった。
俺を説得できないと見て苦し紛れに出任せを騙っているのかと思ったが、ミンテの眼差しは真剣そのもの。
――他に勇者がいる。
それが本当なら、セルピナの件とは別に調べておきたい。そいつが俺の復讐に関わる可能性がある。
「それはセルピナに聞いたのか?」
「はい。セルピナさんは勇者暗殺を依頼した時から、ずっと自分以外の誰かを思い浮かべている気がして……問い詰めたら、最期だからと教えてくれました」
「そうか」
その勇者が何者なのか、俺は知らない。
別に暗殺の依頼を受けたわけでもないし、ミンテから話を又聞きしただけなので実在するかも疑わしい。
だが、どちらにしても。
「やっぱ、トリストリアに戻る必要はありそうだな」
ミンテがじっとこちらを見つめている。
勘違いされないように、俺は言葉を継ぎ足す。
「あくまでその勇者を調べるためだ。セルピナのことは知らん」
言うと、何故かミンテは俺に対して満面の笑みを浮かべた。
本当にセルピナの件は一切関係ないからな。分かっているんだろうか。
◇
それから三日。来た道を逆走して俺たちはトリストリア王国へ戻っていった。
行きと同じく、道中には大きな脅威もない。基本的にはミンテのお喋りに付き合わされるだけの旅。
彼女はセルピナのことで頭がいっぱいなので、話題もずっとそればかりだった。
こいつとずっと一緒にいると、セルピナを助けなくちゃいけないと洗脳されそうになる。
だが俺にその予定はない。目的はもう一人の勇者に関する情報のみ。
「……で、なんでエトールでご飯なんですか?」
無事に帰還した俺たちは、二人で酒場エトールの席を囲んでいた。
なんだかんだで一週間、野営での食事しかしていない。おかげで他人の料理が恋しかった。……ミンテに作らせるわけにはいかないしな。
エトールは決して質の良い料理を出してくれる場所ではないが、それでも店のメニューにありつけるのは安心感が違う。
ありがたいことに、セルピナから貰った旅の報酬と暗殺の前金で財布は満たされている。今日ばかりはミンテに負けないぐらい食べても許されるだろう。
「なんだ? 文句言うなら食わなくていいぞ」
「食べますー! 食べるんですけど、のんびりしていて良いんですか!?」
頬を膨らませながら、ミンテもナイフとフォークを手にして並んだ食事をがっつき始めた。
結局食べ始めればニコニコするんだから、素直に食えばいいのに。
そんなことを思いながら、俺は骨付き肉に齧りつく。筋張った肉だが、脂の溶け出す旨みに安心感を覚えた。
「焦っても仕方ないだろ。まずは腹ごしらえをして、それから情報収集だ」
「おお! セルピナさんの居場所を探るんですね!」
「違う。もう一人の勇者を見つけるんだ」
訂正すると、ミンテは心底嫌そうな顔をしてくる。
「オルクさんって、なんでいつもそうなんですか?」
「は?」
突然何を言い出すんだ?
俺の判断は極めて合理的だ。まずは食事をして体を癒し、それから勇者に関する情報を集める。それ以外に何があるというのか。
ミンテはわざとらしく大きな溜め息をついて、俺をじとーっとした目で見る。
「たまには素直になってくれたらいいのに」
「素直? だから俺は、勇者への復讐をだな」
「はいはい! 分かりましたー!」
話を打ち切り、ガツガツと食事を進めるミンテ。
何をカリカリしているんだ? 彼女が何を伝えたいのか全く分からないが、とりあえず俺も飯を食うことに集中する。
しばらく黙々と咀嚼していると、ぽつりとミンテが言葉を漏らした。
「……前は、エトールでこうしてるところにセルピナさんが乗り込んできたんですよね」
たった一週間前の出来事を、寂しそうに回想する。
俺は気楽な調子で返事をした。
「お前、感傷的になりすぎだぞ」
「当たり前です。大事な友達だったんですから」
前にもそんなことを言っていたが、本人の前でなくても素直にこう言えるのはミンテらしい。
それが長所でもあり短所でもある。少なくとも、俺は他人にそこまで肩入れできない。
伏し目がちに気持ちを吐露するミンテ。
「セルピナさんを助けたら、迷惑になるんでしょうか」
「……さあな」
セルピナがどうしたかったのか、俺は知らない。今もどうにかしてやるつもりはない。
そんな俺を差し置いて、一人で物思いに耽るミンテ。
普段の口煩さを思えば多少静かで慎ましいのは構わない。
……んだが、それだけ落ち込んでいる顔をするなら食事の手を止めた方がそれっぽいと思うぞ、とは伝えなかった。