外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
表世界から追放された者にも、その後の人生がある。
酒場・エトールは、そんな外れ者たちが辿り着く限界集落の中にあった。
「オルクさん、そろそろ決めませんか?」
「ん? ああ」
テーブルを囲む同行者――ミンテが、卓上に置かれた書面を指さして問いかけてくる。
ハーフアップの髪は後ろで一つ括りになっていて、テーブルを叩くたびにぴょこぴょこ揺れていた。幼い顔で精一杯険しくこちらを睨んでいる。まったく怖くない。
正直、判断が面倒くさい内容なので真面目に聞いていなかった。
俺の態度を察して、彼女は頬を膨ませる。
「もう! またボーッとしていましたね!?」
「別にいいだろ。急ぐもんじゃねぇし」
「急ぎます! 急いでるんです! 路銀が尽きる前に次の依頼を決めないと!」
「あのなあ。金が尽きそうなのは、お前のせいで食費が嵩んでるからだろうが。嫌なら働きやがれ、この
「ぐぅ! 痛いところを突いてきますね……」
悔しそうに歯噛みするミンテ。
訳あって旅先で拾ったこの少女だが、今のところ何の役にも立っていない。
非力なミンテでは冒険者稼業も手伝えず、その癖見た目からは信じられないほどよく食べる。無駄飯食いだ。
それでも同行を拒否しなかったのは、彼女の持つ特技に使い道があると思ったからなんだが……。
こうも口うるさいなら置いてくればよかった。
「最悪、お前を敵に売りさばいて金にする」
「最低ですオルクさん! そんな思ってもないことを!」
「うるせぇ! とにかく、ガキが金のことに口出しすんじゃねぇ!」
「ガキ!? ガキって言いました!?」
「聞こえなかったなら何度でも言ってやるよ、ガキ! クソガキ!」
「クーソーガーキー!? 大人げないです、この貧乏冒険者!」
ここ数日はずっとこんな調子だ。
ミンテが勝手に金の管理を始めて以来、財布を見てはガミガミと説教を垂れてくる。
そのたびに俺が言い返して、下らない口論を繰り広げるのだ。
できれば目立つ行動は避けたいのだが、お喋りな彼女に慎ましい生き方はできそうにない。
唯一助かるのは、エトールが非常に騒がしい酒場で俺たちも浮かないことぐらいだった。
しかし。
「失礼します」
そんなエトールの空気が不意に一変した。
凛とした女の声。周囲が一斉に顔をあげ、口論中の俺たちも思わず視線を向ける。
酒場の入り口にローブを着た魔導士が立っていた。黒の布地に金色の刺繍が施された、この場に似つかわしくない上等な装い。
流れ者は皆兄弟と言わんばかりのエトールだが、相手が富裕層とあれば話は別だ。
ひりついた空気が辺りを包む。
「なんだ姉ちゃん? 此処は貴族様の来るところじゃねぇぜ?」
見るからに荒くれ者といった風体の客が詰め寄っていく。
俺たちの席からだとフードに隠れた顔は確認できないが、彼女は意に介さない口調で話を続けた。
「人を探しているのですが、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「あぁ!? 聞いてなかったのかこのアマ! 国の犬どもに話すことなんかねぇっつってんだよ!」
短気な男が声を荒らげる。激しい罵声に、無関係なミンテがビクッと震えた。
それでも女魔導士は退かない。肝が据わっているのか、状況を理解していない愚か者か。
案の定、短気な男はその態度に逆上した。
「すっこんでろや!」
言うや否や、斧を振りかぶる男。
身構える間もなくその刃が振り下ろされ――なかった。
「ぐがァ!?」
気づけば、男が店の奥に吹き飛ばされている。机を薙ぎ倒し、壁に全身をぶつけて白目を剥いていた。
今のは魔法か?
発動前の予備動作も、呪文の詠唱も全く確認できなかった。それだけで手練れであることが分かる。
酒場全体の警戒色が強まる。
魔導士はカウンターに向かっていき、エトールのマスターに頭を下げた。
「騒ぎ立ててしまい申し訳ありません」
「……お前さん、王国軍の人間か?」
よく見ると、ローブの刺繍はトリストリアの国章を象ったものになっている。
王国軍。つまりは軍人らしい。
「トリストリア王国軍所属。セルピナ・リベイラと申します」
所属が分かり、周囲がざわめく。
トリストリアは流れ者を食い物にしている国だ。
普段はこの下層集落を無法の地として放置しているくせに、時折見せしめとして住民に危害を加える。
金品の巻き上げ。人身売買。無意味な殺害。悪逆な行為は枚挙に
「国から手出しはありません。ある冒険者を探しに来ただけですので」
「申し訳ないが、うちは何でも屋じゃない。人探しなら他を当たってくれ」
穏やかな語調のマスターも、表情から不信感が漏れ出ている。
このまま騒ぎになられると居心地が悪い。俺はミンテに声をかけた。
「面倒事になる前に店を出るぞ」
「え? でもまだ御代を払ってないですし……」
「次来る時でいいだろ」
「駄目ですよそんなの!」
無銭飲食も日常茶飯事な流浪人の酒場だ、大して咎められないだろう。
しかし良い子ちゃんのミンテは後ろめたそうにしている。
こちらが話している間にも、セルピナとマスターの会話は進んでいった。
「此処に来ているという噂を耳にしたのです」
「何を言われようと情報は渡せない。客の話なら尚更だ」
「こちらも訳あって引くことはできないのです。少しでいいので話を聞いていただけませんか?」
「トリストリアに表立って協力するのは、この酒場の信用に関わる。分かってくれ」
「お願いします。冒険者――オルク・フェブルスが来ていると聞いたのです」
その言葉で、また酒場の空気が変わった。
マスターと客たちが揃ってこちらを一瞥する。どうやら聞き間違いではなさそうだ。
立ち上がろうとしていた腰を下ろして、再びミンテと向き合う。
「……言ったよな?」
「えーっと。そうですね……たしかにオルクさんのお名前が挙がったような……」
それでも無視してこの場を離れる選択肢はあっただろう。
だがセルピナは目ざとく周囲の反応に気づいた。まっすぐ俺たちの方へ近づいてくる。
「あなたがオルク・フェブルスですか?」
問われた。ということは、どうやら顔は割れていないらしい。
見たところセルピナは俺と変わらない、18歳ぐらいの女だ。軍属にしては随分と若い。
何にせよ面倒事には巻き込まれたくないので、しらばっくれてみる。
「さてな。俺が誰であろうと、軍の女に話すことは無いね」
荒くれやマスターへの対応と変わらず、セルピナは退く気がない。
「あなたの仕事について、話がしたいのです」
「仕事?」
「そうです。此処では話しにくい内容ですので、場所を変えませんか?」
完全に俺をオルクと断定して話してくる。面倒なやつだ。
それにしても、話の内容は少々引っ掛かる。
冒険者への依頼なら、ギルドに募集を出して他の腕利きを頼ればいい。
なんならトリストリアは巨大な都市国家だし、面倒事は軍の中で十分に片付けられるはず。
そんな中、わざわざオルク個人に宛てた話しにくい内容の仕事とは。
「アンタ、そのオルクって冒険者が何をしてる人間か分かってるのか?」
「はい。その力を必要とした、個人的な依頼があります」
「個人的? トリストリア軍は関係なく?」
頷くセルピナ。
名前を知られている以上、ただのホラ吹きではない。罠の可能性も否定はできないが……。
一応、同行者にも聞いてみるか。
「ミンテ。お前はどう思う?」
「うぇっ!? そのー……お話ぐらいは聞いてもいいかな、と思います」
「そうか。決まりだな」
お墨付きをいただいたので、俺は立ち上がった。セルピナと共に酒場を出る。
その後ろをミンテがおっかなびっくりついてきた。
しばらく歩いて
長い銀の髪が広がり、切れ長の目がこちらを向く。
「さて、聞かせてもらおうか。個人的な依頼ってのはなんだ?」
しんと静まり返る空気。ミンテがごくりと唾を呑み込む音が聞こえる。
たっぷりと間を置いてから、セルピナは口を開いた。
「――あなたに、殺してほしい