外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
腹を満たしたところで、そろそろ店を出ようかと席を立つ。
未だ皿に残った料理に手を付けていたミンテは、急いで口の中のものを飲み込むと俺をわざわざ呼び止めた。
「待ってください、オルクさん」
「なんだ? 話なら歩きながらでいいだろ」
「この後、オルクさんは王国の勇者について調べるんですよね?」
「そうだ。そもそもそんな人間が本当にいるのか、探っておかないと」
ミンテの方を振り返ると、彼女は何やら難しい顔をしてこちらを見ている。
「セルピナさんのことは、本当に放っておくんですか?」
まだそれを言うのか、いい加減しつこい。
俺は強めに窘める。
「あいつを救いたいと考えるのは勝手だが、セルピナは本当に助けてほしいと思ってるのか?」
「それは……分かりませんけど」
「もしも俺たちが勝手に騒ぎを起こして、セルピナの立場が危うくなったらどうする? 自分勝手な善意が迷惑になることなんていくらでもあるんだぞ」
だから俺は勇者として
行動はすべて個人的な復讐のため。そこを飛び越えると、自分では制御できない世界の事情に呑み込まれるのがオチだ。
他の勇者がそうであるように。
世の生きづらさを説いてやったが、ミンテに何処まで通じているのかは定かじゃない。
一応しゅんとした態度は見せているが、それで収まるやつじゃないのは重々承知だ。
「……じゃあ」
案の定、まだ言うことがあるらしい。
「ここからは別行動にしましょう」
「は?」
疑問を挟む余地もなく、ミンテは勢いよく立ち上がった。
財布をこちらに放り投げ、俺の隣をすり抜けるようにして店の外へ飛び出していく。
「おい、ミンテ!」
「お会計しておいてください! 夜には宿に戻りますからー!」
あっと言う間に走り去っていった。
なんというか、あのじゃじゃ馬娘を一人にしておくのはとてもマズい気がする。
決して身を案じているわけではなく、考えなしに行動するミンテが何をやらかすのか不安だという意味で。
とりあえず俺はエトールのマスターに会計金額を手渡し、どうすべきか思案しながら店を出た。
当然ながら、既にミンテの姿はない。
「あの馬鹿……」
トリストリア下層は決して治安の良い場所ではない。
10歳のガキが一人で出歩くなんて、もっての外だ。
今すぐ探すべきだろうか?
「って、なんで俺が保護者面しなきゃならねぇんだ」
甘い考えを振り払い、自分の目的を思い出した。
「トリストリアの勇者について調べる。それが俺のやるべきことだろうが」
誰に向かってでもない言葉を唱えて、俺は行動を決める。
俺みたいな裏稼業をやっている人間は他にもいる。その中では独自の情報網が形成されており、情報屋と呼ばれる人間が元締めとなって任務の斡旋を行っている。
表の仕事を提示するのが冒険者ギルドなら、裏の仕事を握っているのが情報屋だ。
トリストリア王国内の情報屋には既に接触し、一週間前にはエリバ暗殺の依頼を受託している。既知の関係なので安心だろう。
今回もその辺りから、勇者に関する情報を探ることにしよう。
……そう決心はするのだが。
「くそっ。ミンテもセルピナも、人の心を乱しやがって」
一人旅の時は気楽だったのに。
今更、いらない情が揺さぶってきてイライラする。
◇
時間をかけていくつかの情報筋を当たったが、勇者に関する話題は芳しくなかった。
すっかり夜も更けてきたので宿に戻ってきたものの、ミンテの姿はない。
「どうしたものかな」
集まった数少ない情報を整理する。
まずはトリストリアそのものについて。
今でこそ下層は荒れており、貧富の差が激しい街と化したトリストリア王国だが、この傾向が強くなったのは10年前辺り。前王が病に倒れ、まだ若い王子が実権を握り出した頃だそうだ。
しかし王子は気の小さい男で、強権を振るうような人間ではないとされている。裏を牛耳る指導者がいるのではないかというのが大方の予想だが、証拠となるものは何もなかった。
次に、トリストリアの勇者が存在するかという問い。
こちらは全くめぼしい話を聞かなかった。クレニスやヘリオといった関係者の名前を出したものの、少なくとも女神の加護を持つ人間としては認識されていない。
セルピナも勇者としては認知されていないようだ。この国に勇者がいるという話は聞かない、という結論になっている。
「余程隠れるのが上手いのか、与太話だったのか……」
勇者探索は早くも手詰まりだ。
しかし、セルピナとクレニスについては噂話を引き出せた。
セルピナは軍の特攻隊長で、華々しい戦績からも目立つ存在だった。容姿も整っているので、戦場の女神として密かな人気があるらしい。
まるで死を恐れない戦いっぷりと、感情を表に出さないあの顔で恐れられてもいるようだが。それはまあ、そうだろう。
ちなみに、ここ数日行方をくらませていたので軍内部では多少混乱があったようだ。
一方でクレニスは、そんなセルピナの上司に当たる軍の大将らしい。
質実剛健という言葉が似合う男で、セルピナ同様あまり表情を崩さない。
その上、部下に対して当たりの厳しい鬼軍曹という話だ。セルピナが素直に従ったのは、そうした圧の強さもあるのかもしれない。
経歴として、元々は冒険者の前衛を担当。だが当時の仲間については話を聞かないし、何故トリストリア軍に属するようになったのかも不明だ。
「問題はヘリオとかいうやつだが」
情報屋に聞いたところ、ヘリオは名前すら知られていなかった。
セルピナが名前を出し、クレニスは「王宮で待っている」と言及していた。トリストリア王国の関係者に違いないはず。
それも、セルピナは様付けで呼んでいたのだ。目上の相手なのだろう。
世間には一切素性が明かされていない、王国の上層にいる人間。
どう考えてもこいつが一番怪しい。
「しかし、名前以外一切分からん相手を探すのは難しい」
徹底して姿を見せないようにしているところを見ると、接触できれば大きな情報になり得る。
「あとは、どうでもいい話ばっかりだったな」
今日は王宮で社交パーティがあるらしい。
貴族や王族が集うので暗殺相手がいるなら狙い目だと情報屋にけしかけられたが、今は特に任務を請け負っていないのでスルーした。
探している勇者や、それこそヘリオとかいう人間が顔を出してくれれば話は早いが、その場にいたところで俺は容姿を知らないので接触は困難だろう。
「ミンテの意見も聞きたいところなんだがな……」
こういう時、俺はあいつに意見を聞きがちだ。
裏稼業に染まり切っていないミンテは、時に新鮮な視点を与えてくれる。
それに、あいつの嘘を見抜く目。一緒に情報屋のもとへ行っていれば、何か隠していた時にも勘付いてくれただろう。
いるとやかましいが、いざいないとなると――何故か困る。
「つーか、もう夜だぞ。戻ってくるんじゃなかったのか?」
部屋の扉を見るが、そこが開く気配はない。
心配する必要はない。俺はあいつの保護者じゃないし、いなくなるなら好きにすればいい。
いいんだが……。
「ちょっと、夜風にでも当たるか」
俺は何の気なしに、大剣を背負ってから部屋を出た。