外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
オルクさんが分からず屋なのは知っていたが、此処までとは思わなかった。
たしかにセルピナさんは、あたし達に助けを求めてはいない。手を差し伸べるのが迷惑になる可能性は否定できないだろう。
なら、どう思っているのか本人に確かめればいい。
少なくともあの人は、自分の命を終えてまで解放されることを望んでいたのだ。トリストリア王国に連れ戻されて、軍人を続けるのが最善であるはずがない。
「あたしは、あたしに出来る事をやってみせます……!」
まずはセルピナさんが何処にいるのか、情報を集めなくてはならない。
オルクさんと一緒なら、裏稼業に精通した情報屋たちから何か聞き出せたかもしれないが……今回そこは頼れない。
なので、セルピナさんの情報に一番近い場所を当たるのが正解のはず。
当たって砕けろ精神で、あたしはトリストリア王国の上層――富裕層が住むエリアと、その先にあるトリストリア王宮を目指していた。
「まずは、あそこを突破しないと……」
下層と上層の間には、油圧式のポンプで動いているエレベーターがある。そこを守るのが、まさにトリストリア軍の兵士たちだ。
けれど此処の人たちは末端に過ぎない。セルピナさんのことは知っているかもしれないが、現在の居場所を知っているかはかなり怪しい。
ひとまず、上に通してもらいたい。
「あのー、すみません」
「なんだ?」
声をかけると、不愛想な兵士がギロりと睨んできた。
本来、このエレベーターを使うのに特別な手続きはいらない。貧困層に見える人間を独断で間引いているだけで、乗り込む手段はいくらでもある。
あまり使いたくない手だけど、あたしは意を決して名乗りをあげた。
「あたし――ザグレーン王国第二王女の、ミンテ・ザグレーン・メリーノと申します。お忍びでトリストリア王国へ遊びにきたのですが、こちらのエレベーターは使用できますか?」
半年ぶりに王女の名を口にして、恭しく一礼してみせる。
この肩書きは嘘ではないので、追及されても何とかなるはず。
「ザグレーンの王女……様?」
兵士の人がポカンとしている。
当たり前だけれど、普通王族や貴族は下層に近寄らない。トリストリア上層に向かうための正門はきちんと構えられているので、この時点であたしはかなり怪しい人間だ。
でも、なんとかしてみせる。
あたしは家で厳しく躾けられていた頃の気品をできる限り身に纏わせて、もう一度頼み込む。
「なにぶん慣れない土地なもので、こちらに迷い込んでしまいました。上に通していただけますか?」
すると兵士は、焦った様子で答えてくれた。
「し、失礼しました! どうぞ、お通りください!」
――勝った。
まだ若い真面目そうな兵士に流し目で感謝を込めつつ、あたしはエレベーターに乗り込ませてもらう。
案外、正攻法でもなんとかなるものだ。
オルクさんと旅を始めてからは服装も質素なものだし、身なりだとすぐに怪しまれる。その上、お忍びとはいえ王女が護衛もなくふらついているなんて明らかにおかしい。
……というのをツッコまれたらおしまいだったけれど、上手くいったので良しとしよう。
「さて、次ですが」
上がり切ったエレベーターから降りると、明らかに雰囲気の違う建物群にお出迎えされる。
下層は基本的に、風が吹いたら飛んでいくんじゃないかという貧相な家屋ばかり。
それが上層に着いた途端、レンガ調の立派な建造物が建ち並んでいる。
「上層には初めてきましたが、こうもあからさまに差があるのは……怖いです」
道行く人たちの身なりもしっかりとしていて、街の香りから違うと感じた。
これが、この国の政治が作り上げた風景なのか。
キョロキョロと辺りを見回しつつ、トリストリア王宮に近づくために歩いていく。
「……これ、目立ってますね。かなり」
歩いてみて気づいたが、周囲の視線が痛い。
やはり服装からして浮いている。端切れを縫い合わせたような安物の服では、ここで暮らす人々に溶け込むのは厳しい。
おかげでオルクさんといる時は、元王女の立場が露見することなく冒険者のフリができているわけだが。適材適所というやつだ。
先ほどの兵士は節穴だったが、これ以上進むなら別の方法を考えるべきか。
……すると。
「おい、待て」
「ひっ!」
案の定、街中を巡回していた別の兵士に声を掛けられてしまった。
「あ、あのー……何か御用でしょうか?」
「貴様、何処の者だ? この街の住人ではないだろう」
疑われている。あからさまに。
エレベーターの青年兵士とは違い、こちらは少しおじさんだ。年齢の分だけ経験が蓄積していると思うと、同じ言い訳が通じるか怪しい。
しかし、他の嘘を並べ立てるとボロが出る危険性もある。此処は素直にいこう。
「あたしはザグレーン王国の第二王女、ミンテ・ザグレーン・メリーノです。訳あってこのような格好ですが、決して怪しい者ではありません」
言いながら、精一杯親しみを籠めて微笑んでみる。
「ザグレーンの王女だと? 本日の社交パーティにザグレーン王国から来客があるとは聞いていないが」
へえ、今日は社交パーティがあるんだー。
じゃない。どう考えても信じてもらえていない。この人は来客リストをきちんと頭に入れている、勤勉な兵士だったようだ。
冷や汗を掻きつつ、なるべく動揺がバレないようにあたしは続ける。
「その、お忍びで遊びに来てしまいまして。ご迷惑だとは思うのですが」
「……その恰好で社交パーティにか?」
うわー、この人は全然騙せない。きちんとした人だ。
まず格好で疑われているのだから、社交パーティとなればそこを突かれるに決まっている。これは困った。
とはいえ、言い方から察するに他の国からも来客のあるイベントなのだろう。王族が集まるなら、会場はトリストリア王宮に違いない。
なんとかあたしもその一人として通してもらうことはできないだろうか。王宮内に入ることができれば大きな前進だ。
「貴様、身分を証明できるものは?」
「うぇっ!? あ、えーっと……荷物は家臣に持たせていましてー」
「ならばその者を連れてこい」
「いや、その! なんというかーですね?」
駄目だ、全然警戒が解かれない。当たり前だけれど。
上手い言い訳も思いつかず、しどろもどろになるあたし。そんなあたしをさらに厳しい目で見つめる兵士。
「本当に王女なのか? 王族を騙っているとなれば重罪だぞ!」
「わー、それは本当なんですー!」
それはって何なの、あたしの馬鹿!
いよいよ終わりだ。せめて捕まらないように逃げ出すしかない。しかし大人の男性を相手に走り出して逃げ切れるだろうか。
目を回しながら必死に次の言い訳を考えていると……。
「何かあったか?」
別の兵士がこちらに近づいてきた。低く威厳のある声が響く。
「クレニス卿!」
あたしの応対をしていた兵士が、ビシッと背筋を伸ばした。
現れたのはかなり厳つい顔の男性。他よりも洗練された印象の鎧を身に着けている。
兵士の反応から見て、この人よりも上の位につく人物なのだろう。
……って、あれ?
「あ」
クレニス卿って……セルピナさんを連れて行った人?
ロクザの村では、あたしが目を覚ました時には既に王国の兵士たちがセルピナさんを連れ去ろうとしているところだった。物陰からこっそりと覗いていたのもあって、相手の顔はハッキリと見えていない。
しかし、その名前はオルクさんからも聞いている。
同姓同名の可能性もあるが、トリストリア王国の軍人で地位の高そうな人物。
これは、ひょっとするのだろうか。
「その少女は?」
「はっ! この者、お忍びで社交パーティにやってきたと申しているのですが……」
「ほう?」
本人だとすれば運命の出会いだが、ピンチは変わらない。
しかしこれはチャンスだ。相手はあたしの顔を知らないが、あたしは彼にセルピナさんのことを聞き出せる可能性がある。
一世一代の大勝負。あたしはクレニス卿にずいっと近づき、その手をとった。
「あたし、ザグレーン王国第二王女のミンテ・ザグレーン・メリーノです! その……あなたに会いに来ました!」
最大限の愛嬌で、クレニス卿を見つめる。
静寂が訪れ、あたしの胃がキリキリと痛む。荒唐無稽にもほどがあるが、彼に会いたかったのも嘘ではない。
相手の手を包み込んで、あたしの思いをぶつけた。
しばらくして。
クレニス卿は、ポッと顔を赤く染めた。
あ、行ける感じなんだ。