外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「さて、ミンテさん。私に会いに来たということですが」
王宮内にある一室。あたしはふかふかのソファに腰かけ、クレニス卿と対面していた。
期せずして上手く王宮へ入ることができたけれど、これからどうしよう。
クレニス卿は目の前のテーブルには紅茶を置いて持て成してくれている。
一緒に差し出されたスコーンを前に、食欲と戦いながらあたしは返事をした。
「そうなんです! 昔、戦場でお見掛けしたことがあって。その……お恥ずかしながら、一目惚れと言いますか……」
100パーセントのデタラメだ。どこの戦場で見かけたのか詰められたら終わり。
しかし、クレニス卿は疑う様子もなく話してくれる。
「ザグレーン王国に近いところだと、ランパス峠での一戦ですか。あの戦いではトリストリア軍も手を貸しました」
「そ、そうですそうです!」
ランパス峠で魔物との大きな戦いがあったのは三年ほど前。トリストリア王国が加勢してくれていたことは正直覚えていなかったが、おかげで話が繋がった。
もちろんあたしは戦場になんて赴いていないけれど、快勝を収めたという結果ぐらいは把握している。
それらしく話を合わせよう。
「あの時のクレニス卿は勇ましく、なんて素敵な殿方なのだろうと思ったんです」
「それは光栄です。私にそのような事を言う人は初めてで、少し戸惑いますが……」
照れくさそうに言うクレニス卿。
第一印象はかなり渋いおじ様という感じだったが、意外と素直で照れ屋な人物らしい。オルクさんやセルピナさんと敵対しないなら、無理に戦いたくない人だ。
うぅ、嘘ついてごめんなさい。
とにかく、今は上手く乗せて情報を引き出すしかない。
「戸惑うということは、他の人にはあまり好まれていないんですか?」
「なにぶん軍を統括する立場で、部下にも甘い顔は見せないようにしているので」
「そうなんですね! でも、あたしは男らしくて良いと思いますよ!」
言いながら、ちょっと不自然に持ち上げすぎている気もする。
ともかく、そのおかげもあってクレニス卿はだんだんと饒舌になってきた。
あたし、意外と外交ができるかもしれない。
「それに戦場では他に目立つ者もいるので、指揮官は微妙な立場になります。ミンテさんが私に目を向けたのは本当に珍しいことです」
他に目立つ人、か。
ランパス峠の戦いがどのような人員で行われていたか定かではないものの、ここはカマをかけてみる。
「たしかに、銀髪の魔導士さんとかも格好よかったです」
「ほう。本当に戦場をよく見てらっしゃる。たしかにセルピナは目立つ存在です」
占めた。
セルピナさんの話題に持っていけそうなので、流れのままに喋る。
「あの方はセルピナさんとおっしゃるのですね!」
「ええ。あれは素晴らしい素養を持つ者。最近は怪しい動きもあるが……」
「怪しい? 何かあったのですか?」
「ああ、いえ。外部の人に話すことではないので」
言葉を濁すクレニス卿。
怪しい動きというのは、あたし達とロクザの村まで旅をしたことだろうか。
もしかすると、その手前のエリバ暗殺も含めて何らかの嫌疑に掛けられているのかもしれない。あの一件は軍の兵士にも嘘をつかせる作戦だった。
連れ戻された彼女は今どうしているんだろう。
なんとか聞き出したい。あたしは躊躇いつつも、覚悟を決めてクレニス卿に媚びることにした。
「何かお悩みがあるなら話してみませんか? あたし、口は堅い方ですよ」
「しかし」
「それとも……あたしなんかじゃ頼りないでしょうか?」
なるべく悲しげに映るように、クレニス卿を見つめる。
我ながらなんと魔性の女なのだろう。もしもオルクさんに見捨てられたら、この演技力を活かして旅劇団にでも転職しようかな。
クレニス卿は頬を赤くしてしばらく悩んでいた。
間があり、それからゆっくりと話し始める。
「彼女は、我が主君が拾って軍人として育てた子だったのですが」
セルピナさんが戦争孤児なのは聞いていたけれど、主君なる人物が拾って軍人にしたというのは初耳だ。
話しぶりからして、この人は当時の事情を詳しく知っているに違いない。
「先日、セルピナが軍を脱走したのです」
「どうしてです?」
「本人は、ただの気まぐれだと言っています」
連れ帰られたセルピナさんが、真実を伝えずに濁していることも分かった。
ここまでは順調。
「明らかに何かを隠しているものの、口を割らない。そのことに主君はお怒りで、彼女に罰を与えるつもりだと」
「ば、罰?」
「はい。近く拷問にかけるようです」
「そんな……!」
急展開だ。セルピナさんが拷問される?
思わずソファから立ち上がったあたしに、怪訝そうな顔をするクレニス卿。
一刻も早くオルクさんに伝えて救出したいと思いながらも、何とか気持ちを落ち着かせて座り直す。まだ情報を引き出したい。
拷問というワードそのものに驚いたと解釈してくれたのか、クレニス卿はあたしを心配してくれた。
「ショッキングな内容で申し訳ない」
「い、いえ。でも拷問なんて……」
戸惑うあたしに、クレニス卿は困った顔で吐露する。
「私としても、部下に厳しい事と拷問にかける事は別だと考えています」
「じゃ、じゃあクレニス卿が止めてあげた方がいいんじゃ?」
「……それは、そのとおりなのですが」
申し訳なさそうに考え込んでいる。
何やらこの人にも事情があるらしい。
「私も主君には逆らえない立場でして。情けない話ですが」
「逆らえない? 主君は怖い人なんですか?」
「いや、決してそんな事はありません」
クレニス卿は主君を庇う態度を示したものの、その言葉には戸惑いが入り混じっていた。
彷徨う視線。この人は嘘をついている、とあたしの直感が告げている。
彼自身は拷問を快く思っていない。指示しているのはその主君とかいう人のはず。
なんとか止めさせることができれば状況は変わる可能性はある。
それに、気になる点もあった。あたしは疑問をそのまま口にする。
「クレニス卿の主君というと、トリストリアの王様になるんですよね? あたしも顔は存じてますが、あまり拷問をするような人とは思えないんですけど」
トリストリア王国はザグレーン王国と親交がある。おかげで外政に通じていないあたしでも、友好国の王様は把握していた。
たしかあたしが生まれた頃に即位した若い王様で、気弱で実直な人物だと聞いている。少なくとも部下を拷問するような人ではなかったはず。
すると、クレニス卿は眉間に深く皺を寄せて答えた。
「ミンテさんは鋭いことを聞く」
「え?」
「私はもちろん王国のために尽くしています。ですが、主君は別にあるのです」
どういうことだろう。
軍の指揮を任されているクレニス卿が、王様とは別の人間に仕えている。そんなことがあるのだろうか。
どこまで踏み込めるのか分からないが、こうなったら訊くしかない。
「その主君というのは、どういった方なんですか?」
「私が冒険者として旅をしていた時のパーティを指揮していた、ヘリオという男なのですが」
「ヘリオ……」
その名は聞いている。クレニス卿に連れ去られる際、セルピナさんが口にしていた人物だ。
「ヘリオさんは、トリストリア王国に関係のある人なのですか?」
「それは……」
言いづらそうにするクレニス卿。立場を明かせない人なのだろうか。
ここまでの話をもとに推測を組み立てる。
クレニス卿は元々冒険者で、そのパーティリーダー的存在がヘリオという人物。
そのヘリオさんは、赤ん坊のセルピナさんを拾って育てた。
その後、クレニス卿もセルピナさんもトリストリア王国の軍人になっている。
セルピナさんがロクザの村に旅立った時は、クレニス卿たち国軍が彼女を連れ戻しに来た。
これらの件がすべて繋がっているとするならば。
ヘリオさんは、冒険者からトリストリア王国の軍部に関係する人間になったということ。
それはまるでクリーズさんと――あたしの時と同じだ。
「……ヘリオさんは、勇者なんですか?」
推測が口をついて出る。
クレニス卿は驚愕の表情であたしを見ていた。
「何故、そう思ったのです?」
「ザグレーン王国でも実権を握ろうと画策した勇者がいました。とてもよく似た事例だと感じたんです」
あたしの言葉に、クレニス卿は降参といった素振りで頭を振る。
「素晴らしい推察力。ミンテさんはまだ小さいのに聡明な方のようだ」
どうやら、あたしの予想は当たっていたらしい。
トリストリア王国には、ヘリオという勇者がいる。
なら、セルピナさんが勇者暗殺を依頼してきた時に思い浮かべていた、始末したいもう一人の勇者とは。
……これはもう少し、話を聞く必要がありそうだ。
ふと窓の外を見ると、空がうっすらと夕焼けに染まり始めている。夜までに宿に戻ると言ったオルクさんへの約束は果たせそうにないが、此処は調査を優先しよう。
あたしは、クレニス卿に微笑みかけた。
「あたし、もっとクレニス卿のお話が聞きたいです。今夜の社交パーティ、二人で踊ってくださいませんか?」