外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第23話 パーティの終わり

 オレンジ色の鮮やかなダンス用ドレスに身を包んだ自分を、鏡越しに確認する。

 ザグレーン王国にいた頃は、こうした社交界のマナーも先生から学んだものだ。要領の悪いあたしはなかなか上達しなくて、親からは失意の目で見られた。

 けれど今日は大丈夫。おそらく、クレニス卿がリードしてくれるはず。

 

「用意できましたよー」

 

 先ほどから扉の向こうで待機していたクレニス卿に呼びかける。

 そっと扉が開かれると、こちらを見た彼が即座に感嘆の声をあげた。

 

「おお! 美しいです、ミンテさん!」

 

 目を輝かせ、本気で褒めてくれているみたいだ。それ自体は悪い気分ではない。

 冷静に考えると、10歳の少女にその熱量はダメな気がするけれど。今回は彼のそうした面に付け込んでいる立場なので言いっこなしだ。

 それに、男性用のダンススーツに身を包んだクレニス卿はかなり様になっている。

 あたしは本心から笑ってみせた。

 

「ありがとうございます! クレニス卿も、よくお似合いです」

 

 着付けとメイクで結構時間が掛かってしまった。社交パーティはすぐに始まる。

 あたしは歩み寄り、クレニス卿の腕を掴んだ。

 

「では参りましょうか」

「は、はい!」

 

 あたしが触れたことで緊張して身を固くしたクレニス卿と共に、ダンス会場となる大ホールへと移動する。

 リードしてくれるかと思ったけれど、ギクシャクした動きのクレニス卿には期待できなさそうな気がした。

 

 ◇

 

 王宮の大ホールには、想像以上に多くの人が集まっていた。

 貴族たちがひしめき合う様は王女時代のトラウマを蘇らせてくる。軽く深呼吸をして、あたしは凛とした顔を作った。

 よく見ると他国の見知った王族も参列している。あたしは諸外国と交流を持つ機会が少なかったし大丈夫だとは思うが、婚約者が死んでから家出した不徳の娘だとバレないように気をつけないと。

 

「ミンテさん。緊張なさっていますか?」

「は、はい。でも大丈夫です」

 

 此処に来るまでガチガチだったクレニス卿は、会場に入るや否や精悍な顔つきに様変わりしていた。

 おそらくこの場に部下や知り合いが大勢いるので、軍の指揮官として毅然とした態度で臨んでいるんだろう。

 とはいえ、厳しい上官が突然超絶美少女であるあたしと腕を組んで現れたのだ。周囲から奇異の目で見られているのは明らか。

 強い視線を感じつつも、気圧されないように胸を張った。

 

「ではミンテ嬢。踊っていただけますか?」

「お願いします!」

 

 エスコートされるまま、場内に流れる優雅な音楽に乗せてあたし達はステップを踏み始める。

 意外にもクレニス卿はダンスが上手で、あたしはほとんど身を任せるままに踊ることができた。

 

「クレニス卿」

 

 しばらく黙って踊っていたが、あたしの目的はダンスを楽しむことではない。

 周囲に気取られない程度の音量で彼に話しかける。

 

「なんでしょう?」

「その……セルピナという方の処遇は、どうにもならないのでしょうか?」

 

楽し気だったクレニス卿の顔が曇る。

 

「私にはどうすることもできない、としか」

「でも、クレニス卿も納得していないんでしょう? あなたは心優しい人だと思うんです」

「それは……」

 

 やはり、彼自身は不正を許さない清い人間のように思える。

 となると、逆らうことのできない圧政を強いているのはヘリオさん。彼をどうにかしないことには、セルピナさんの身が危うい。

 ステップに気を配りながら、あたしは話を続ける。

 

「では、ヘリオさんに直接相談させてください」

「……申し訳ないですが、それはなりません」

 

 その場で対話が叶わなくとも、顔を覚えることができればと思った。命の取り合いは気が進まないが、相手が勇者ならオルクさんも動くかもしれない。

 けれどクレニス卿からのガードは固い。

 

「ヘリオは勇者という立場上、自身が持つ能力(スキル)――邪毒災禍(ヴェノムディザスター)が悪用されるのを危惧しているのです。だからこそ表に出ず、世界を救う方法を探しています」

 

 どうやら、それがヘリオさんの大義名分らしい。

 勇者の力を悪用されるリスクがあるのは分かる。セルピナさんが見せた不死の力は物凄かったし、元婚約者であるクリーズさんの絶対零度はザグレーン王国を救ってくれた。それは本当のことだ。

 けれど、ヘリオさんが世界を救う方法を探しているというのは眉唾物。

 セルピナさんを拷問するような人物がどんな世界を築こうとしているのか、あたしには理解できない。

 

「クレニス卿は、それでいいんですか?」

「……あいつは立派な勇者です。セルピナの件も、考えがあるに違いない」

 

 信頼はあるんだ。同じ冒険者パーティで旅をした仲間だから?

 じゃあ尚更、仲間であるクレニス卿が納得していない手段をとる相手を説得しないといけないんじゃないか。

 モヤモヤとした気持ちでクレニス卿の顔を見つめる。彼の表情は決して晴れやかではない。

 そこで、流れている曲が一度終了した。

 歩みを止めたあたしは、出来る限りの笑顔で提案する。

 

「少し、夜風に当たりましょう?」

「ええ。そうですね」

 

 すぐに次の曲が流れ始めたが、あたし達は会場からバルコニースペースへと抜け出した。

 吹き抜ける風は冷たく、必死に思考し続ける頭を冷ましてくれる。

 

「ミンテさん。少し待っていてください、飲み物を取ってきます」

「ありがとうございます」

 

 クレニス卿は踵を返して再び会場へと戻っていく。たしか食事などが置かれたスペースがあったはず。

 一人になって冷静に考える。

 此処まで話してみても、クレニス卿は紳士で良い人だ。

 あたしに対して頬を染めるところを見るとちょっと年下好きが過ぎる気もするけれど、別に悪いことはない。

 でも彼に近づいてもセルピナさんは救えない。疑問に思っているのに、彼自身が救う決断をできないから。

 

「クレニス卿……」

 

 せめて、これから進む道で彼と戦うことにならないよう願う。

 と、そんなあたしのところに二人の青年が歩いてきた。

 

「お嬢さん、クレニス卿のお知り合いなんですか?」

 

 青年たちは物珍しそうにあたしを見ている。

 敵意は感じないが、緊張しつつ答えた。

 

「あ、えーっと。あたしが一方的に押しかけてしまったというか……」

「えー! あの鬼軍曹にこんな可愛いファンがいるなんて!」

「おい、あんまり鬼とか言うな。クレニス卿に聞かれたらキレられるぞ」

 

 やっぱりクレニス卿は鬼として恐れられる上官のようだ。

 ガヤガヤと話す二人はとても気さくだったので、あたしもクレニス卿が帰ってくるまでの気晴らしに応じた。

 

「お二人は、クレニス卿の部下なんですか?」

「そうです! お嬢さんは?」

「あたしはミンテ・ザグレーン・メリーノ。ザグレーン王国の第二王女です」

「え! お姫様なんですか!?」

 

 社交の場らしく、恭しい一礼を披露。

 が、この挨拶がマズかった。明るく軽い口調の男性は気づいていなかったが、発言を窘めていたもう一人が不意に疑問を口にする。

 

「あれ? ザグレーン王国って……」

「ん、どうした?」

「いや、たしか勇者クリーズが国内で殺されたとかって」

 

 あ、ヤバいことを思い出している。

 トリストリアはザグレーンから離れた土地だが、友好国である以上情報が伝わることもあるだろう。

 それも、クリーズさんは国内にある自身の城で始末された。婚姻直前の死という大きな話題と共に。

 大々的に報じられた内容だし、むしろ今まで直接疑われなかったことが奇跡だったんだ。

 そして、クリーズさんの名前が出たら自ずと。

 

「クリーズってザグレーン王国で結婚する予定だった人だよな?」

「ああ。たしかその相手が……」

 

 二人の視線が集まる。

 数秒、二人の名も知らぬ青年と見つめ合った。

 そして。

 

「ッ!!!」

 

 あたしは一目散に走り出した。

 遠くでクレニス卿の呼ぶ声が聞こえた気がするけれど、振り向く余裕はない。

 あたしが婚姻を前に国から逃げた行方知れずの姫だとバレるわけにはいかない。それも、姫を名乗って他国のパーティに潜入しているなんて。

 

「どうしよどうしよ!」

 

 大ホールを抜けて、王宮内を彷徨う。

 クレニス卿はあの二人から話を聞いてしまっただろうか。彼に疑念を持たれるだけならいいが、兵士たちが総動員されたりしたら素人のあたしでは逃げ切れない。

 見つかったらどうなるだろう?

 ザグレーン王国に連絡されるのはマズいし、万が一オルクさんの仲間だとバレたらもっとマズい。

 

「ここまでが上手くいきすぎだったんだ……!」

 

 中庭に出たあたしは、なんとか物陰に潜んで周囲を警戒する。

 気のせいかもしれないけれど、警備を担当している兵士たちがざわついている気がした。本当にあたしを探しているかもしれない。

 ここでじっとしていても仕方ないのに。逃げ道がなくて、あたしはそっと両手を組んで祈りを捧げた。

 助けてほしい。

 あたしを助けてくれるなら、きっとそれは――

 

「よう。そんなところで何やってんだ? クソガキ」

 

 彼しかいない。

 やっぱり来てくれたんだ。

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