外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「いい加減にしろこのクソガキがぁ!」
宿に戻ってすぐに俺は怒鳴った。
正座した状態で、小さく悲鳴を上げて縮こまるミンテ。
今回ばかりは危険な橋を渡りすぎている。敵地と言ってもいいトリストリア王宮に丸腰で忍び込むなんて、正気の沙汰じゃない。
本人も分かっているのか、余計な言い訳はしなかった。
「本当にごめんなさい」
「お前は自分の立場が分かってなさすぎる。表向きは死んだことになっているのに王女の名を名乗って、国際問題になったらどうするつもりだ?」
「そのとおりです、はい……」
そうでなくても、敵の将であるクレニスに接触するなんて自殺行為にもほどがある。
無事であること自体が奇跡と言っていいだろう。
「それで?」
「……え? なんですか?」
「セルピナの処刑があるんだろ。どんな情報を掴んだのか、全部話せ」
こってりと説教してやろうと思っていたが、しゅんとしたミンテを見ていると興が削がれてしまった。
俺はこいつの親じゃない。いなくなったとしても心配したりしない。
逆に言えば、教育したり是正してやる立場にもないわけだ。
なのでこの話は終わり。さっさと情報整理に話題を移す方が無駄のない選択と言える。
ミンテはまだ反省しているのか申し訳なさそうな顔をしていたが、躊躇いつつも話し始めた。
「クレニス卿やセルピナさんよりも上の立場に、ヘリオさんという方がいるそうです」
「前に名前は聞いたな。そいつはなんだ?」
「
ミンテの言葉に驚きはしたものの、想像の範囲内ではある。
トリストリアに勇者がいるのはセルピナの話から確定していた。
そんな中、姿を見せずにコソコソと動いているヘリオという人間の情報。
それが勇者であったとしても不思議ではない。
だが。
「ヴェノム……毒使いか……」
俺の故郷が魔物に襲われた際に見捨てた勇者、あの男が使っていたのが毒の力。
そしてロクザの村で見た、木材の腐食跡。
それらが偶然ではなく、本当に繋がっているんだとすれば。
「セルピナさんを拾ったのがヘリオさんだそうです。彼女を軍人にしたのも」
ミンテが補足する。
「ミンテ。セルピナが見つけた日記に書かれていた文言を覚えているか?」
「へ? えーっと……生まれた勇者を贄にするしかない、でしたっけ?」
「そうだ」
最初にそれを聞いた時は、村の風習か何かだと思った。
今でも、大飢饉や災害の時に生け贄を出すような古い仕来りが残る村はそれなりにある。
けれど、それでは疑問が残る。
セルピナは生まれてすぐに、女神の加護である不死の力を宿した。だから彼女は勇者として認識されている。
不死の人間は贄にはならない。死なないんだから当たり前だ。
「死なないセルピナが何の贄にされたのか」
「あの、オルクさん。それって……」
ミンテも俺の予想と同じところに行き着いたんだろう。困惑した顔でこちらを見つめていた。
セルピナは孤児になり、後にトリストリア軍の兵士になっている。
答えは明白だ。
「贄を要求したのは、そのヘリオとかいう男自身だ」
「そんな!」
相変わらず、勇者を善たるものとして扱いたいミンテが反論してくる。
それでも状況証拠は動かない。
「結果としてトリストリア軍は不死の兵士を手に入れた。ヘリオはそんなトリストリアで上の立場にいるんだろ?」
「そ、それはそうなんですけど……!」
なんとか否定しようと口をパクパクしているが、それ以上ミンテから言葉は出てこなかった。
セルピナが生まれた18年前。その頃からヘリオはトリストリア王国と繋がりがあって、不死の勇者の噂を聞きつけて戦力増強に利用した。
それも贄としてセルピナを渡すよう村を脅して、結局その村を毒の力で焼き払ったという流れが見えてくる。
「……本人に問い質すしかないだろうな」
ここまでの話は、状況証拠から来る予想でしかない。
ロクザの村については極めて怪しいが、俺の復讐相手と同一人物かは分からない。
それでも。
「世を乱す勇者がいるなら、それを始末するのが俺の役目だ」
「オルクさん……」
決意した俺に対して、ミンテは心細そうにしている。
求めている答えはすぐに分かった。
約束はできないが、ヘリオに問い詰める際にあいつと遭遇することもあるだろう。俺はその言葉を口にした。
「セルピナに会ったら、ついでに声ぐらいはかけてやるよ」
あくまでもついでだ。
そんな俺に、ミンテは満面の笑みで頷いた。
「はい!」
嬉しそうにしやがって。
ミンテが無茶をした結果、彼女の思惑どおりに事態が動いているのは少し癪だが。
ともかくやると決めた以上、善は急げだ。ミンテが潜入したことがクレニスにバレている以上、間を空けると警備が厳重になる危険性もある。
「そうと決まれば、城の構造を把握しておきたい。情報屋から地図でも買えればいいんだが」
「そうですね。王宮の造りはちょっとしか分からなかったので、案内は難しいですし」
「……待て。お前、ついてくるつもりか?」
非戦闘要員であるミンテを連れて敵の王城に忍び込むなんてリスキーすぎる。
というか、俺はミンテを宿に置いていくために一度帰ってきたつもりだったんだが。
ミンテは至極当然といった表情で答えた。
「何言ってるんですか! セルピナさんを救うのはあたしの望みです。あたしもやりますよ」
「いや、しかし……」
「それに、クレニス卿は結構あたしのこと気に入ってましたからね。説得なら任せてください!」
気に入っていたって、このちんちくりんをか?
クレニスは無骨な中年兵士だと思っていたが、子どもに歪んだ感情を向けるようなやつだったのか。
正直、邪魔だてするならクレニスも斬るつもりでいたが、説得するというならミンテに任せるしかない。
どうせついてくるなと言っても聞かないだろうし。
「分かったが、無茶はするなよ」
「オルクさん……心配してくれてるんですか?」
「違う。足手まといになるなって言ってるんだ」
「ふふーん? 分かりましたよー」
分かっていなさそうな返事に苛立ちつつ、俺は装備を整える。
ミンテも立ち上がり、そこでハッとしていた。
「どうした?」
「そういえば、この服……勝手に着てきちゃいましたね」
オレンジ色の艶やかなドレス。そういえば王宮から抜け出した時の服装のままだった。
社交パーティが続いているなら、その格好で行ったほうが紛れられる可能性もあるが……目立ち過ぎるか。
「クレニスの仕立てなのか?」
「そうなんです。たぶん城の持ち物なのに、悪いことしちゃいました」
「今回は隠れて潜入することになる。目立つから着替えておけ」
「ですよね……。クレニス卿、勝手に貰っちゃってごめんなさい」
裏稼業で生きている人間が、ドレス一枚盗品にしたぐらいで反省していたら埒が明かないぞ。
ミンテが着替えようとしているので部屋を出るべく動くと、彼女は俺を呼び止めた。
「オルクさんオルクさん」
「なんだ? さっさと準備しろ」
「もー。レディが正装をしているんですし、一言あってもよくないですか?」
そんなこと言っている場合か。
セルピナの件で焦っている癖に、変なところに拘りのある女だ。
非常に面倒くさいが、俺は仕方なく答えてやった。
「はいはい。似合ってるよ」
「うーん。なんか投げやりですが……まあ合格です」
「そりゃどーも」
満足げなミンテを確認してから、俺は部屋を出た。