外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
パーティの時間が終わり、トリストリア王宮は静けさに包まれている。
すでにゲストとして呼ばれていた各国の王族や貴族たちは帰ったとみていいだろう。
城門を守る兵士は二名。
人数を増員したりもせず、強い警戒心をもって当たっているようにも感じられない。
どうやら、ミンテが潜入したことは大きな騒ぎになっていないようだ。
「クレニスは報告をあげていないのか? そんなはずないと思うが……」
少し離れた建物の影から、俺とミンテが状況を観察する。
ミンテも同じ感想を持ったのか、拍子抜けした様子で答えた。
「これなら、警戒しつつ進めそうですね」
「そうだが……違和感があるな」
話を聞く限り、ミンテはザグレーン王国の第二王女だとは名乗ったが、それ以上の身元について明かしていない。
狙いがセルピナであることや、俺と仲間であることはバレていないということだろうか。
しかしミンテを拾う時に末端の兵士が俺の姿を見ている。気絶させただけなので、今頃目覚めてクレニスの耳に届いていてもおかしくない。
この静寂、なにか嫌な予感がする。
「とりあえず、情報屋からもらった城の地図を頼りに進むしかないか」
「セルピナさんはやっぱり地下ですかね?」
「だといいんだが」
クレニスは、セルピナを拷問すると言っていたらしい。
その拷問を主導するのが主君――ヘリオとかいう勇者だ。
ヘリオは表立って姿を見せていない。トリストリア王国に勇者がいるなんて噂は聞かなかったし、存在自体が秘匿されていると見ていいだろう。
となれば、拷問というのも人目につかない場所で行われるはず。
そうした推理から、セルピナが捕まっているなら地下だと目算したわけだが……根拠は薄い。
「流石に即日行動だと色々と調べ足りないか」
「うぅ。急かしてごめんなさい」
「……構わない。勇者は早めに始末するに限るからな」
本当は、すぐにヘリオと対峙する理由はない。
暗殺依頼を受けたわけでもないし、俺の復讐に関係しているかも分からないからだ。
それでもこうして動きだしたのは……結局、俺も焼きが回ったということなんだろうな。
「行くぞ。さっきの水路が使えればいいんだが」
対策されている可能性もあるが、裏道の選択肢は少ない。
先ほどミンテと合流した排水口を経由して、俺は再び城に潜り込むことに決めた。
◇
やはりおかしい。
水路を抜けた先の中庭には巡回中の警備兵がいたが、普段と同じ業務をこなしているだけといった雰囲気だった。待ち構えていたわけではない。
その後も隠れながら少しずつ城の中へ入っていったが、どこも同じだ。兵士たちに強い警戒心は見られない。
ただ、各廊下に配備された兵士の位置から作為的なものを感じる。
違和感を覚えながらも進んでいくと、あっさりと目的地である地下へ続く階段の前に辿り着いた。
「これはマズいな」
明らかに漂う怪しさを前に俺は思わず独り言を漏らす。
それを聞いたミンテも眉をひそめて反応した。
「簡単すぎ、ですよね……?」
「ああ。どう考えても、誘われている」
警備兵の目を掻い潜るように進んできたものの、この地下への道は驚くほど手薄だった。
いや、他へ向かう通路を塞がれていたというべきか。
ここまで来れば嫌な予感というだけではない。明らかに誘導されている。
そうなれば罠の可能性が高い。ミンテだけでもどこかに隠れていてほしいところだが……こいつは聞く耳持たないだろう。一度言い出すと頑固なやつだ。
「ミンテ。絶対に離れるなよ」
「はい!」
慎重に階段を下りていく。
貰った地図によれば、地下には捕らえた罪人の収容所だった施設があるらしい。抜け出せないよう堅牢な造りにしているのか、石造りの無機質な壁が続いていた。
といってもトリストリア王国では他に立派な強制収容所が作られており、今は城の牢屋を使うことはない。
表向きは、だが。
俺たちは空室となっている牢屋を順々に見回しながら、奥へ奥へと進んでいった。
「これだと、階段の上を爆破でもされたら生き埋めだな」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ……」
他に入り口らしき場所もない地下通路。冗談ではなく、出入り口を塞がれれば一貫の終わりだ。
ミンテがブルッと震える。
が、突然そんな俺の不安を嘲笑うように誰かが返事をした。
「そんなことにはならないさ」
「! 誰だ!」
知らない声だった。男の声だが、記憶しているクレニスのものではない。
声は一番奥、突き当たりから響いてくる。
廊下が曲がっていて部屋自体は確認できないが、反響する声の主に胸の奥がざわついた。
「思ったよりも早い到着だね。もっと待ち時間を楽しめるかと思ったけれど」
余裕ぶった声色。何故か分からないが、猛烈な嫌悪感を覚える。
もう他の部屋を確認する必要はないだろう。俺は奥へ向かって一気に歩みを進めた。
道を曲がり、最後の牢屋へ踏み入る。
「セルピナさん!」
先に叫んだのはミンテだった。
見ると、鎖の繋がった手枷を嵌められ、壁にもたれてぐったりとしているセルピナの姿がある。
その前に、二人の男が立っていた。
一人はクレニス。先日ロクザの村で会った時と同じ、武骨な雰囲気のトリストリア将軍。
そしてもう一人は、全く知らない金髪碧眼の男だった。線の細い見た目は若々しく見えるが、口元にはわずかに皺が刻まれていて年齢不詳の風貌をしている。
ここに至るまでの情報を繋ぎ合わせ、男の名と思われる言葉を問いかけた。
「アンタが、勇者ヘリオか?」
男は楽しそうに笑う。
「そのとおりだよ。君は、セルピナと一緒にロクザの村まで行った人だよね?」
「ああ」
ヘリオの言い方に違和感を覚える。
俺の名前や素性を知らない口ぶりだ。つまり、セルピナは何も情報を与えなかったということか。
目を閉じたまま動かないセルピナ。彼女の特性上外傷は見られないが、おそらく既に拷問を受けているはず。
何をされても口を割らなかったのだとすれば、その胆力に助けられた。まだ俺の能力もバレていないはず。
俺はヘリオを睨む。
「大国のトリストリアで、拷問なんて非人道的行いが許されているとは思わなかったぜ」
「軍紀を破って脱走しようとした不届き者に、身の程を教えてあげただけだよ。どこでもやっている教育さ」
悪びれる様子もないヘリオの言葉。
それ自体はいい。どうせまともな人間だとは思っていない。
だがミンテには堪えられなかったようだ。俺の横から必死な声で叫ぶ。
「こんなのおかしいです! ねえ、クレニス卿!」
顔見知りとなったクレニスに向けて訴えかけるミンテだが、向こうも敵意を崩さない。
「ミンテさん。セルピナの情報を得るために私に近づいたのですか」
「そ、それは……!」
「私も油断していた。が、もう容赦はできない」
クレニスが剣を抜く。俺も大剣を構えて相対した。
が、ヘリオがクレニスを手で静止して話を続ける。
「さて侵入者くん。ここに来た目的は何かな? 残念ながら、セルピナは渡せないんだけれど」
「俺の目的はアンタだ。セルピナはついでに解放してやれればそれでいい」
「へぇ」
余裕綽々のヘリオは、なおも笑顔で頷く。
「僕は君に恨まれているのかな?」
「……そうだな」
あのすかした薄ら笑い。そして常に相手を舐めたような話し方。
今まで思い出そうとしても一切思い出せなかった。記憶に蓋をしていた出来事が、頭の中で一気に蘇っていく。
最後の確認として、俺は久々に故郷の名前を口にした。
「アンタ、マテオンの村って知ってるか?」
ヘリオはその張り付いた笑顔のまま、ハッキリと答える。
「ああ。僕が滅ぼした村だね」
やはり、そうか。
あいつは――俺の復讐すべき勇者だ。