外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第27話 ヘリオの正義

「あぁ、そうか。あの村には生き残りがいたんだね」

 

 ヘリオは得心がいったとばかりに答える。

 その言葉に悪びれた様子はない。本当に、ただ事実をそのまま受け入れただけ。

 俺は必死に怒りの感情を抑え込んで、相手へと投げかける。

 

「セルピナの故郷、ロクザの村を滅ぼしたのもアンタだな?」

「そうだよ」

 

 躊躇なく返事をしてきた。

 何を考えているのか分からない。同じ人間と相対しているのかすら不安になる。

 

「何故、村を滅ぼしたりする?」

 

 聞いても仕方ない気がしたが、問わずにはいられない。

 少しでも血の通った相手と話している実感が欲しい。そんな思いから反射的に質問していた。

 案の定、ヘリオは退屈そうに答える。

 

「つまらない質問だね」

 

 そう言うと、今度はヘリオから問いかけてきた。

 

「君は、勇者の役割ってなんだと思う?」

「何?」

 

 女神アプナにより加護を与えられた者、勇者。

 その役割は、この世界を魔王や魔物たちから救い平和へ導くこと。

 勇者たち自身の行動が故に印象は歪められているが、本来はそういう存在だ。

 俺の中での模範解答に相違なく、ヘリオは堂々と告げた。

 

「勇者っていうのはね、この世界に安寧を与える者だよ」

 

 とてもその言葉どおりに生きているとは思えない。

 しかしヘリオは、笑顔のまま話を続ける。

 

「たとえば君の故郷、マテオンの村は魔物の襲撃が多い村だった。それは単純に魔物たちの通り道として邪魔だったからだ。だから滅んでもらった」

「……なんだ、それは。魔物の利益になるように動いたってのか?」

「そうだよ」

 

 肯定だと? まったく理解できない。

 こいつの返答は常人の感覚から外れすぎている。

 

「今の世の中は、これはこれでバランスがとれているんだよ。だから魔物の利益と人間の利益、両方を大事にしなきゃいけない」

「そのために他人の村を見捨てたってのか、てめぇは!」

 

 脳内に自分の故郷が呼び起こされて、気がつけば叫んでいた。

 ヘリオはヘラヘラとした表情を崩すことなく、ただひたすらに自分の考えを語り続ける。

 

「人間と魔物が適度に戦い、適度に譲歩し合う。そのために犠牲が出ることもある。世の摂理だね」

 

 そんな言葉で納得できるはずがない。

 自分の復讐すべき相手が、これほどまでに異様な存在だったとは。

 怒りとともに、圧倒的な嫌悪感と拒絶反応が俺の中を駆け巡っていく。

 

「このトリストリア王国もそうさ。元々産業的価値の低い小国だったものを、僕が20年かけて育て直した。今では魔物と戦うための武器や防具が主な生産品になっているんだ」

「魔物に利益を与えながら、戦争の道具で金を稼いでいるってのか」

「戦争が終わらない限りトリストリアは大きくなり続けるし、この世界は今のバランスを保ったまま動き続ける。僕は勇者として、平和を完全にコントロールしているわけだ」

 

 こいつは本当にその行動を正義だと信じているのか?

 問い詰めたところでこれ以上理解はできないだろう。俺は相手をどう始末するか、思考を働かせ始める。

 しかし、そこでヘリオの視線が動いた。俺とミンテの後ろ――壁に繋がれたセルピナの方へ。

 

「セルピナもお目覚めだね」

「……どうして、あなた達が」

 

 疲れ切った表情で俺達に視線を送るセルピナ。

 ミンテが彼女の体を支え、心配そうに声をかける。

 

「セルピナさん! 大丈夫ですか?」

 

 そんなミンテの言葉に、ヘリオが口を開いた。

 

「彼女は不死の力を持っているけれど、死なないのは痛みがないって意味じゃない。じわじわと蝕む僕の毒とは相性が悪くてね。おかげで楽しい余興になったよ」

 

 話を聞いて、ミンテが短い悲鳴をあげる。

 拷問を余興として楽しむ気の狂った男。こんな奴にミンテを会わせたくはなかったが。

 セルピナはゆっくりと立ち上がり、その冷たい目でヘリオを睨んだ。

 

「この者たちは無関係です。解放してください」

「へえ? あの冷徹なセルピナが庇うなんて。随分と仲が良いじゃないか」

 

 言いながら、ヘリオは自身の剣を構える。

 いよいよ動くつもりだ。こちらを狙ってくるか、ミンテを人質にするつもりか。セルピナも含めて守れるように俺は前に出る。

 

「セルピナ、君は僕から逃げられない。一生、国の駒として生きていくんだよ」

「……分かりました。ですので、彼らだけは見逃してください」

「脱走の罰だ。お友達には死んでもらうよ」

 

 その言葉と同時に、ヘリオは剣をその場で動かした。

 瞬間、紫がかった靄が現れて視界を塞いでいく。奴の能力(スキル)――邪毒災禍(ヴェノムディザスター)が発動したのが分かった。

 俺は急いで、能力を止めるために大剣を振るいながら飛び込む。

 だが、攻撃は隣にいたクレニスに阻まれる。

 

「どけぇ!」

「我が主君には触れさせない」

「てめぇは、こんなやり方に納得してんのか!」

「黙れ!」

 

 ビクともしないクレニス。

 こちらも押し負けているわけではないが、ヘリオに届かなければ意味がない。

 忌々しい勇者は、身を翻して部屋から出ていこうとしていた。

 

「待て!」

「威勢はいいけれど、僕の毒からは逃げられないよ。君も、連れの少女もね」

 

 その言葉に、俺は慌てて振り返る。

 毒霧がミンテやセルピナを取り囲み始めていた。

 この地下牢では空気が循環しない。部屋内を覆い尽くそうとしている毒から逃げる術はない。

 俺は鍔迫り合いをみせるクレニスの剣から離れ、ミンテとセルピナのもとへ駆け寄った。

 

「最期に愛する仲間と一緒に逝くのかい? 素晴らしい友情だ」

 

 愉快そうに笑うヘリオ。

 

「行くよクレニス。後でセルピナだけ回収に来よう」

「御意」

 

 それだけ言い残し、二人は地下牢を後にする。どうせ死ぬと思っているからか、牢の鍵は掛けずに。

 ミンテとセルピナの体を抱きしめる。

 セルピナが口を割らなかったおかげで、俺の能力(スキル)はバレていない。勇者殺し(スキルブレイカー)であれば、ヘリオの毒を無効化できるはず。

 ただし、これまで勇者と対峙した時は、俺に向かってくる相手の能力(スキル)を無効化するだけだった。周りにいる人間まで守れるのかは確証がない。

 一か八か、二人と一緒にその場に(うずくま)った。

 

 どれぐらいの時間そうしていただろうか。

 毒霧が完全に消えたと安心するのは難しい。目に見えなくても、空気中に毒素が残っている可能性もある。

 口火を切ったのはミンテだった。

 

「オルクさん、たぶんもう大丈夫ですから。力を緩めてください。……痛いです」

「あ、ああ……」

 

 この中で一番危険なのはミンテだ。

 ヘリオの毒が効かない俺と、毒を受けてもいずれは回復するセルピナ。それに対してミンテはただの人間。

 そんな彼女が大丈夫だと言うのだから、俺の力はきちんと二人を守れたということなんだろう。

 ひとまずは信じることにする。

 

「助かりました。オルクさん、ありがとうございます!」

「……見捨ててヘリオを追いかけた方が良かったかもな」

「またまたー!」

 

 よく考えると、ミンテを見捨てる選択肢はあった。

 俺の目的は復讐。その相手であるヘリオを前にしていたのに、つい手を貸してしまったわけだ。

 本当に、俺も焼きが回ったな。

 

「二人とも、どうしてここに?」

 

 セルピナが疑問を向ける。

 

「どうしてじゃないですよ! 助けに来たんです!」

「違う。ヘリオに会いに来たんだ」

「もー! 一緒ですよ!」

 

 一緒じゃない。が、言い合ってもややこしいので黙ることにした。

 それから、ミンテはここまでの経緯をセルピナに話した。勇者について調べていたこと、ミンテの無茶な潜入捜査のこと、そしてここに辿り着いたこと。

 表情は変わらないが、セルピナにとっては意外なことだったらしい。驚いた口ぶりで呟く。

 

「何故、私のために……」

「友達だからに決まってるじゃないですか! ね、オルクさん?」

 

 同意を求めないでほしい。セルピナを助けると言ってきかなかったのはミンテだ。

 ひとまず俺は立ち上がって、彼女に掛けられた手枷を叩き切る。

 最悪、腕ごと落としても再生できると知っているので強引に破壊した。もちろんそんな事にはならないように動いたが。

 セルピナは手首を擦りながら、なおも不思議そうに俺の顔を見ている。

 

「……俺の故郷を見捨てたのはヘリオだった。ついでに、お前の故郷を襲ったのもな。だから俺は、これから奴を仕留めに行く」

 

 復讐の旅に決着が着くかもしれない。俺の望んでいた結末。

 これは一人でも成し遂げるべきことだ。だから誰の手も借りないし、セルピナは好きにすればいい。

 その上で。

 俺は静かに、決断を迫った。

 

「セルピナ。お前はどうする?」

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