外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「……」
セルピナは目を伏せたまま答えない。
ただ俺の気のせいかもしれないが、いつも変わらない表情が少しだけ動揺しているように見えた。
「俺はやりたいようにやる。復讐だろうと何だろうとな。だから、お前も素直になったらどうだ?」
彼女は自分の気持ちに嘘をついている。
自分を殺してほしいと依頼してきた癖に、連れ戻される時はあっさりと身を委ねた。人生を諦めて、なるようにしかならないと決めつけている。
だが、俺は他人に縛られる生活は御免だ。この復讐も正義感や勇者の使命ではなく、俺自身のために成し遂げる。
そんな決意を胸に刻んだ発言だったが、セルピナの隣で話を聞いていたミンテが突然吹き出した。
「ぷぷっ」
「おい、何がおかしい?」
「い、いえ! オルクさんが、素直にって……! どの口が言って……いひひひ」
堪えようとして変な笑い方をしているミンテに、俺は呆れかえる。
別に変なことは言ってないんだが、何がおかしいんだこいつは。
「オルクさんって本当に不器用ですよね」
「何言ってんだお前?」
「あーはいはい。恥ずかしいならあたしが言ってあげますよー」
訳知り顔で俺の疑問を受け流してくる。なんだか知らないが凄くムカつくぞ。
ミンテはそのまま、セルピナの方へ視線を送った。
「セルピナさん。オルクさんもあたしも、セルピナさんに自由になって欲しいと思ってるんです」
「んなこと言ってねぇよ」
代弁する振りをして、勝手に人の意見を書き換えないでくれ。
俺は好きにすればいいと助言しただけだ。
しかし、相変わらず強情なセルピナは首を横に振る。
「……前にも言ったはずです。私の力は争いを引き寄せる。逃げられるものではありません」
やはり諦めムードの彼女に、俺は告げる。
「どうなるかなんて聞いてるんじゃねぇよ。どうしたいかだ」
「どう、したいか……?」
思ってもみなかったという風に、意外そうな顔をしているセルピナ。
彼女は物心ついた時から軍にいて、あのヘリオとかいうクソ勇者の言いなりで生きてきたはずだ。自分がどうしたいかという部分に頓着がないのも仕方ない。
けれど一度は軍紀を破ってまで俺に依頼を出したんだ。一緒に故郷を見に行き、自分の命を散らす覚悟までした。
それは間違いなく、セルピナ自身の意思だったはずだ。
彼女は自分の気持ちを確認するように、胸に手を当てている。
ついでに、俺はもう一つ考えていたことを伝えた。
「あと、セルピナからは勇者暗殺の前金だけ貰っているからな。……このまま見捨てたんじゃ寝覚めが悪いだろうが」
俺にセルピナを助ける理由があるとすれば、既に報酬を貰っていること。
このまま彼女を放置するのは仕事人としての義に反する。それだけだ。
そう思って口にしたんだが、またしてもミンテがニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。
その顔のまま
「ね?」
とだけ口を開いた。
それを見て、セルピナも頷く。
「ですね」
何が、ですね、なんだ?
勝手に納得している二人を問い詰めようかと思ったが、そこで再び地下に向かってくる何者かの足音が響き渡る。
俺は咄嗟に大剣を握り、牢の入り口側を警戒した。
現れたのはクレニス。ヘリオの姿はない。
「何故生きている?」
俺とミンテが健在なことに驚いたのだろう。
こちらを凝視しているクレニスに、俺は不敵な笑みで返してやった。
ミンテが叫ぶ。
「クレニスさん! お願いです、話を聞いてください!」
「ミンテさん……」
こちらが生きているのを見て、クレニスは困惑の中に安堵が混ざったような複雑な顔をしている。
ミンテに好意があるという話はあながち嘘ではないようだ。
しかし、瞬時に表情が切り替わる。情念を振り払うように、彼はロクザの村で会った時と同じ軍人の顔つきになった。
どうやら、やる気らしい。
「私自身の手で介錯するのは心苦しいですが……仕方ない」
腰の鞘から剣を抜き、構えるクレニス。
俺も大剣を相手に向けたまま、全身を視界に捉えて間合いを計る。
相手はトリストリア王国の戦闘指揮を執る将軍だ。俺もここまで生きてきた剣の地力はあるつもりだが、戦争を生業としている人間に何処まで通用するのかは分からない。
緊張感が体を包み込む。
するとそこで、セルピナが前に出てきた。
「私がやります」
言いながら、彼女はグッと拳を握り込む。
牢屋で拷問を受けていたからか、今のセルピナは杖などの装備を持っていない。
生身でクレニスに立ち向かうつもりだ。
思わず問いかける。
「できるのか?」
丸腰で敵う相手ではない。
だがセルピナは、鋭い目つきの中に戦いの闘志を燃やしていた。
「杖がなくても、多少の魔法は使えます。……それに」
彼女はこちらに振り向き、しっかりと頷いた。
「どうなるかではなく、どうしたいか。なのでしょう?」
「……そうだな」
どうやら、こいつもやりたいようにやることを選んだらしい。
ならば俺が口出しするのは無粋だな。
「ここは任せるぞ」
「はい。オルクはヘリオを追ってください。いつもと同じなら彼は王宮の上階、玉座の間にいるはずです」
情報を聞き届ける。
それにしても玉座を根城にしているとは、本当にこの国を治める影の支配者を気取っているらしいな。
ならば、ふざけた鼻っ柱を折ってやるまで。
が、その前に一つだけ確認しておかないといけない。
「ミンテはどうするんだ?」
「……あたしは、残ってクレニス卿を説得してみせます」
話して聞くような輩には思えないが、ミンテは随分と相手に入れ込んでいるらしい。
これも、ミンテがしたいようにすればいいさ。
彼女ができると言っているからには、きっと説得できるんだろう。
「分かった」
短く返事をして、そのまま俺は牢の出口目掛けて駆け出す。
不意を突いた動き。クレニスの反応が遅れた隙に、その横を一気に潜り抜けた。
慌てて剣を振るう敵の姿が視界の端に映る。そこで敵との間にセルピナが飛び込んできた。
「――
短く詠唱が行われ、暗い地下空間に眩い壁が形成された。
薄い壁はクレニスの剣によって即座に粉砕されるが、勢いを殺すことに成功する。俺はそのまま地下牢を脱出した。
「セルピナ! 貴様、主君を裏切るつもりか!」
怒鳴るクレニスの声が背中に響く。
「急いでくださいオルク!」
再び後ろで発光が起きて、剣がぶつかって壁が割れる音が轟いた。
戦いの気配を感じつつ、俺は振り向くことなく地上へ向けて階段を駆け上がっていく。
ここまで派手に動いた以上、もう失敗は許されない。
俺はここで復讐相手――ヘリオを確実に討つ。