外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第29話 戦う意味

 私――セルピナ・リベイラの記憶は、すべてトリストリア王国でのものだった。

 来る日も来る日も剣と魔法、体術を学ぶだけの暮らし。

 女神の加護を与えられた勇者の私は、決して死なず再生できる能力《スキル》を持っていた。

 なので教育を施す人達は誰もが無茶な訓練を強いる。

 私はそれがたまらなく嫌だったが、他の生き方なんて知らない。親も兄弟もなく、優しくしてくれる人なんて一人もいない。

 そんな生活を送るうちに心がすり減っていき、気づけば感情を見せることができなくなっていた。

 だから。

 

「クレニス卿、私は、あなたを倒して未来へ行きます」

 

 こうして上官に背くのも初めてのことだった。

 

「――怒れる稲妻(オルゲー・アストゥラピ)

 

 指先から無数の雷撃を放ち、目の前に立つクレニスへとぶつけていく。

 相手は素早い剣裁きで稲妻の嵐を防ぎながら、こちらに踏み込んできて剣を振るった。

 

「――光の守護領域(フォス・トイホス)

 

 魔法の光で出来た壁を作って、攻撃を抑え込む。

 いつも使っている魔法杖が手元にないため、呪文で生み出した力はどれも出力が足りていない。壁はあっという間に砕け散る。

 私は攻撃の勢いを抑え込んでは、その隙に部屋内を動き回る戦法をとっていた。

 それにしても嫌な相手だ。クレニスの戦闘は無駄がなく、それ故に弱点も見つけられない。

 私にできるのは、とにかく全力でぶつかることだけ。

 

「セルピナ、お前に戦い方を教えたのは私だ。お前に私を倒すことはできない」

 

 その言葉どおり、必死に動きながら狙いを定めて放った雷の魔法は一瞬にして見切られる。

 スッと上体を逸らすだけで攻撃を避けると、クレニスは再び剣を振り下ろした。

 それを右にステップして回避。だが、返す刀で左から二撃目が強襲する。

 

「ッ!」

 

 避けきれず、重い一撃が私にぶつかった。

 骨まで砕くほどの力を左腕で受け止め、その痛みに思わず息が漏れる。

 

「セルピナさんっ!」

 

 部屋の隅で様子を(うかが)うミンテが心配の声をあげた。

 素直で優しい少女、ミンテ。できれば彼女にはこんな血生臭い戦いを見せたくないのだけれど。

 左腕が熱い。ドクドクと血が流れ、着ていたローブまで真っ赤に染まっていく。

 それでも私は死なない。

 

「クレニス卿こそ、私の能力(スキル)を超えることは不可能です」

 

 肉体の再生には数秒掛かってしまう。

 体内から抜けた血液のせいでボーッとする頭を必死に動かして、私は相手を威圧した。

 私の実力ではクレニスに勝てない。けれど、クレニスに私を殺すことはできない。

 この勝負は泥沼だが、だからこそ無尽蔵に再生する私に勝機がある。

 だが、クレニスは無慈悲に告げた。

 

「お前は傷を再生できるが、痛みは感じる。ならば反省するまで痛みを与え続けるだけだ」

 

 言いながら、剣を突き立てるクレニス。

 その刃が、傷によって緩慢な動きになっていた私の右足を貫いた。

 

「あっぐぅ……!」

 

 神経が引き千切られる感覚に視界が揺らぐ。

 私は立つこともままならず、その場に倒れ伏せた。

 左腕の痛みもまだ治まっていない中、別のダメージが入って頭の中がぐちゃぐちゃになっていった。

 クレニスは分かっている。私の精神さえ屈服させれば戦いは終わると。

 本当に抜け目のない相手だ。だからこそ嫌になる。

 

「その能力はたしかに強い。我が主君はそれを見越してお前を回収した。だが、お前自身はまだ年齢も精神も未熟だ」

「私が未熟なら……育てたあなたの、失態ですね……」

「減らず口を」

 

 さらにクレニスの剣がこちらを向く。

 切っ先が私の視線とまっすぐぶつかった。顔面を潰して喋れなくするつもりだろうか。

 顔であろうと心臓であろうと、潰されても私が死ぬことはない。

 この化け物じみた能力(スキル)の代償として、私は幾度となく()を経験した。

 焼かれても、凍えても、多勢に無勢でも私は蘇る。

 死んで死んで、それでも生きる戦い方。

 そんなものはもうコリゴリだと思っていた。だから女神の加護を無効化できるという人間の噂を聞きつけて、私は一世一代の賭けに出た。

 けれどそれも失敗に終わった。

 連れ戻され、私はまたこの世界で生きるしかないのか。

 

「駄目ですクレニス卿!」

 

 相手の剣がこちらに届く前に、視界を何かが遮った。

 ミンテだ。彼女がクレニスに飛びついている。

 

「やめ、て……ミンテ……」

 

 危険すぎる行為だ。

 ミンテはクレニスに何かを感じているようだが、説得が通じる相手ではない。

 それでも、彼女は引かなかった。

 

「先に貴女から始末すべきでしたか、ミンテさん」

「違います! クレニス卿、あなたの正しさを思い出してください!」

 

 剣を握る彼の腕を必死に抑えて、ミンテは我武者羅に叫んでいた。

 

「言っていたじゃないですか、拷問にかける事を正しいとは思わないって! 本当は優しい人だって、あたしには分かります!」

「申し訳ないですが、これ以上言うならば容赦はできません」

 

 そう言って、クレニスはミンテを振りほどく。

 弾かれたミンテは後ずさったが、なおも声を荒げた。

 

「王宮の前で困っていたあたしを助けてくれたクレニス卿は一見不愛想なのに、目の奥はとても優しかったです!」

「訳の分からないことを……!」

「分かります! あなたは、本当はこんなことをする人じゃないんだって!」

 

 論理も何もない彼女の言葉。

 しかし、クレニスはたしかに動揺しているように見えた。

 私は再生した足で踏ん張って立ち上がると、ミンテを守るように再び前へ踏み出す。

 

「クレニス卿。厳しい生活でしたが、ここまで育ててもらった恩もあります。できれば、剣を収めていただきたい」

「ふざけたことを言うな! 私の主君はヘリオだけだ、他の誰にも指図されん!」

 

 感情的に言い返すクレニスは、どう見ても先ほどまでの冷静さを欠いていた。

 ミンテの言葉が響いているのだろうか。

 

「どうして、そこまでヘリオさんを……?」

 

 ミンテが問いかける。

 たしかに私も、彼がヘリオを崇拝している理由を把握していない。思わず返事を待ってしまう。

 クレニスは静かに答えた。

 

「私をこの国に帰してくれたからだ」

「どういう意味です?」

 

 国に帰してくれた? 内容が判然とせず、私は問い返してしまう。

 

「元々、私はトリストリアの生まれだ。だが当時の国は貧しく、国民は間引かれて地方に捨てられることもあった」

「クレニスさんも、そうなんですか……?」

「……はい。未開拓の土地に送られた私を、旅へ連れ出してくれたのがヘリオだった」

 

 クレニスが元々冒険者だったというのは、訓練の中で私も耳にしていた。

 その大元となる理由を作ったのがヘリオだったのか。

 

「まだ勇者ではなく一介の冒険者だったヘリオは、旅の中で約束したのだ。私をトリストリア王国に戻してやると」

「それで、本当に将軍の座まで上り詰めたんですね……」

 

 ミンテは話を受けて、クレニスの顔をじっと見つめている。

 数日過ごしただけの私を友人だと、死んでほしくないとまで言ってくれたミンテ。そんな感受性豊かな彼女は、クレニスの生い立ちをどう受け止めているのだろう。

 私も、彼のことを全然知らなかった。

 

「その後に女神の加護を受けたからではない、ヘリオは私を救ってくれた()()なのだ。背くことなどあり得ない!」

 

 そう言って、再び剣を構えるクレニス。

 彼の忠誠は恩義によるものだった。ならば揺るがないのも理解できる。

 でも、話を聞いて私は決意を新たにした。

 

「クレニス卿。あなたの戻りたかったトリストリア王国は、今の形で本当に良いのですか?」

「貴様、何を……」

 

 見捨てられても帰りたかった故郷。その国を今の形にしたのはヘリオだ。

 

「下層で弱者が虐げられ、上に住む貴族たちが人身売買や強奪を平然と行う。軍事的な拡大を続けて、戦争も厭わない今のトリストリア王国を、本当に正しいと思うのですか?」

 

 クレニスとヘリオの思い出。その忠義の重さ。

 それを聞いたことで、私は真の意味で彼を止めなくてはならないと判断した。

 私のためではなく。

 

「私がヘリオを止めてみせます。あなたの愛する、そして私が生きたトリストリアのために」

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