外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
――勇者。
それは世界を混乱に陥れる魔王と、その眷属たる魔物たちを倒す力を秘めた特別な人間。
彼らは女神アプナによって選定され、ある日突然特別な
頭の中に女神の加護とその使い方が流れ込んできて、自分が勇者になったことに気付くのだ。
魔王討伐の旅を運命づけられた存在。
だからこそ敬われ、どの国でも手厚くもてなされる。
そんな勇者を殺してほしいと彼女は言った。
なるほど。これは冷やかしや酔狂ではなさそうだし、極めて
「……俺の仕事を知っているってのは嘘じゃないみてぇだな」
「はい。<死神オルク>の噂は耳にしています」
やはり、その呼び名も知っているか。
俺は表向き冒険者として旅をしているが、一方で各地の物騒な仕事を請け負って生きてきた。
汚い仕事を粛々とこなしていくうちに、いつの間にかついた通称が<死神オルク>。
セルピナは俺の仕事を知っていて声を掛けてきた。
「それで、勇者を狙うってのはどういう用件だ?」
「申し訳ないのですが、詳細は明かせません」
は? 今なんて言った?
「それじゃあ引き受けるか決められないだろうが」
「その疑問はもっともですが、確実に受けてくださる場合にのみお話します」
「……話にならねぇ」
依頼内容が分からなくては判断できない。
先行きの見えない話の対処に悩んでいると、俺の後ろからミンテが顔を出した。
「セルピナさん。ご依頼内容は勇者を殺すことで間違いありませんか?」
「……この方は?」
訝しげにミンテを見るセルピナ。
わざわざトリストリア王国の人間に素性を明かす必要はないので、俺から適当に答える。
「俺に付きまとってるストーカーだ、気にするな」
「ちょっとオルクさん! 誤解しか生まない発言ですよ!」
「事実だろうが」
「ぐぅ! い、意地悪……!」
ミンテは涙目になりながら、コホンと咳払いをして姿勢を正す。
「とにかく、セルピナさん! 対象の勇者を始末すれば報酬はいただけるのですよね?」
「はい。引き受けてくださるなら、事前に報奨金をお支払いするつもりです」
「さささ先払いですか!?」
「金貨20枚を約束します」
「にじゅ……っ! オルクさん、今すぐ引き受けましょう!」
「おい守銭奴。ちょっと落ち着け」
金額を聞いて瞳を輝かせる守銭奴ストーカーのクソガキに釘を刺して、俺はセルピナを注視した。
あまりにも怪しいことが多すぎる。
「事前に金を出してまで殺したい相手なら、詳細を明かせないってのは尚更筋が通らねぇだろ」
「仰るとおりです。私も無理を承知でお願いしています」
「そもそもアンタ、勇者ってのがどういうものか分かってんのか?」
なおも詳細を語らない姿勢のセルピナに、根本的なことを問う。
彼女はあくまで一般的な、教科書通りの回答をしてきた。
「女神の加護を受け、運命を定められた人です」
「そうだ。勇者ってのは世界を救うために選ばれた英雄様だろう。それをトリストリアの軍人が殺してほしいなんて、おかしな点しかない」
改めて彼女の依頼が罠の可能性を考える。
その時、セルピナの瞳がわずかに揺らいだ。それがどういった感情なのかは分からないが、消え入りそうな声で彼女は囁く。
「……殺されることで、救われる勇者もいるのです」
「なんだと?」
「いえ。とにかく<死神オルク>ならば問題なく倒せる相手かと思います」
どういう意味だ?
依頼対象を殺すことが救済だと考えているならば、独善的な思考の持ち主とも言える。
セルピナはこちらの返事を待つように黙り込んだ。
俺はミンテに視線を送る。こういう時、彼女の直感を俺は信用している。
ミンテは真剣な面持ちで首肯した。
「セルピナさんの言葉に疑わしい点はないと思います」
俺からすると疑念しかないが、そう言うならそうなんだろう。
勇者を一人始末するだけで金貨20枚の事前報酬。達成後はさらにたんまり貰えるに違いない。それも、俺なら問題なく倒せる相手だと言っている。
すべて信じるならば破格の仕事だ。即断で受けるべき両案件。
……セルピナが王国の軍人でなければ。
「セルピナ。依頼について話せないにしても、アンタを信じられるだけの根拠が欲しい。でなければこの話は無しだ」
これは取引だ。流石にトリストリア王国に属する秘密主義者を易々と受け入れるわけにはいかない。
セルピナは顎に手を当てて思案する。
「でしたら、そちらの仕事を一つ手伝いましょう。働きを以て信頼を得る、というのはいかがですか?」
「マジで言ってんのか?」
軍属の人間がこちらの裏稼業を手伝う。
たしかに立場上リスキーな行為だし、実現するなら信頼に足るだろうが……。
「オルクさん、あたしたちは今とーっても貧乏なんです! 手伝ってもらえるなら大助かりじゃないですか!」
「別に手伝いなんて無くても、俺一人でやれる」
「次の依頼を渋ってたのは、対処に手間取るからでしょ!? 手伝ってもらいましょーよー!」
「ぐっ……!」
はっきり言われてムカッとするが、図星なので言い返せない。
次の依頼候補は、トリストリアにいる貴族の暗殺任務だ。
ターゲット自体は容易に始末できそうな男だが、警戒心が強く常に警備を固めている。一人で防衛網を突破するのは難しい。
面倒くさい分だけ報酬は良く、引き受けるべきか悩みどころだった。
セルピナに問う。
「聞いてのとおりだが、俺たちには金がない。手伝ってもらっても報酬を山分けすることはできないぞ」
「構いません。私の依頼を引き受けてくれることが何よりの報酬です」
「覚悟は決まってるってことか」
そこまで言うなら仕方ない。
同意と見るや、ミンテが仕事の手配書を取り出した。大きく広げて文面を指でなぞる。
「相手はエリバ・ケルコペスという貴族。裏で人身売買の手引きをしている相手です。今回の依頼は、ダフネという娘を
「アンタらトリストリア軍がきちんと取り締まらないから、こんな犯罪者がのうのうと生きていられるわけだ」
「もう、オルクさん! 喧嘩腰でどうするんですか!」
この国での出来事だ。嫌味の一つぐらい伝えたくもなる。
セルピナは特に何も言い返さなかった。
「エリバは普段屋敷に引きこもっていて、外部との取引はすべて書面で交わしています。ごく稀に外へ出る際も、とんでもない数の護衛をつけて警戒しているようです」
問題を洗い出すミンテ。
この任務の争点は、とにかくエリバという貴族に隙が無いことにある。金に物を言わせて警備兵を雇いまくっているので、人数差を覆す機転が必要だ。
澄ました顔でセルピナが問いかけてくる。
「ターゲット以外についてはどうしていますか?」
「どうってのは?」
「殺しても良いのか、ということです」
随分と血の気の多い質問だった。
「別に俺たちは善人じゃない、必要ならば迷わず始末する。だが、こちらは少数精鋭なんでな」
馬鹿正直に全員を相手するのはリスキーすぎる。だからこそ作戦に悩んでいた。
セルピナは納得したように頷く。
軍人だが、国民であるエリバの命に思うところはないらしい。その上、彼が雇う警備兵についても始末を
そこまでさっぱりしているならやりやすい。
「作戦の決行についてだが、エリバが今晩にも動く可能性がある」
「だから急いで次の任務を決めようって言ったのに、オルクさんってば酒場で油を売ってばっかりで!」
「ガキは黙ってろ」
「あー! またガキって言った!」
エリバは屋敷内での動きすら他人に把握させない用心深さを見せている。忍び込んで暗殺するとなれば、間取りや生活リズムなどあらゆる情報が足りない。
なので狙うなら遠方への外出時が確実。馬車に乗って移動する時、当然エリバの居場所は荷台に限定される。
その外出が今日であるという情報は手に入れていた。
すると、話を聞いたセルピナが口を開く。
「でしたら、こういった案は如何でしょうか」
そっちから作戦を立案してくるとは。
聞いてみると、それは端的で分かりやすい実行内容だった。
この女、本気かもしれない。
作戦成功の確率がぐっと上がったのを感じながら、俺はその提案を呑んだ。