外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「戯れ言を!」
クレニスが怒りに満ちた目で私を見ている。今更説得は無意味だと悟った。
ヘリオに救われたという彼の気持ちは本物で、他人の言葉で簡単に変えられるものではなくなっているんだろう。
なら、力で示すしかない。
「――
手のひらから、魔法の力で剣の形を生み出す。
実体を持たない電気の刃はクレニスと対峙するのに心許ないが、あとは手数で何とかするしかない。
こちらから即座に仕掛ける。
「クレニス卿、あなたの忠義は否定しません」
「否定も肯定も要らぬ!」
クレニスの剣と私の魔法がぶつかる。
力では向こうの方が上だが、魔法の刃は形を変容させることができる。左右の手から翻弄するように刃を放ち、相手の戦いづらい状況を作り上げた。
それでも、確実にこちらの攻撃を防ぐクレニス。やはり私の癖はすべて把握されている。
「お前は教えたとおりの動きをする。だから私には通用しない!」
言葉のとおり、どれだけ奇襲を仕掛けようとしても未然に阻止してくるクレニス。
こんな状況なのに、私は納得していた。
腐ってもこの男は育ての親で、戦闘における師匠で。私は彼に教えられたとおりの動きをこなして、特攻隊長として武勲を成してきたのだ。
「――
一度距離を取り、電撃の雨を降らせる。
その稲妻を丁寧に弾きながら、クレニスは再び接近してきた。
横振りでこちらに迫る剣先を魔法の刃で受け止める。が、その力に圧し負けて刃は砕け散った。
魔力が空中に雲散霧消していく。
「っ!
急いで魔法の盾を形成。クレニスの攻撃を抑え込もうと画策する。
が、それすら失敗。破壊された光の壁が星のように煌めいて、薄暗い地下の部屋を照らす。
クレニスの剣がぶつかり、そのまま私は弾き飛ばされる。
「ぐぅ……っ!」
牢の壁に叩きつけられると同時に、視界が赤く染まった。目の内側で血管が切れたのかもしれない。
再生を待ちたいがクレニスは止まらない。
「実力の差が分かったか? お前の力ではどうすることもできない!」
「あなたこそ……」
私は絞り出すように反論する。
なんとか体が復活するまで舌戦に持ち込むしかない。
「あなたを救ってくれたヘリオが、勇者の力を得て変わっていくところを間近で見ていたはずでしょう?」
「ヘリオは変わってなどいない!」
激昂しながら、クレニスは剣の横面で私を殴った。
地面に倒れ、滴る赤い液体が意識を朦朧とさせる。どうやら頭から出血しているらしい。
ここまで力の差が歴然だとは思わなかった。
不死の再生があれば互角には持ち込めると、女神の加護を持つ者としてどこか驕っていたのかもしれない。
勝てない。そう実感するほどにクレニスは強い。
それでも立ち止まることはできないのだ。
「でしたら、ヘリオが作った今のトリストリア王国を……愛していますか?」
「っ!」
クレニスは必要とあれば冷たい選択もできる鬼軍曹だ。
どんな時でも冷静に、利益を優先した考え方ができる。戦況が悪ければ部下を見捨てることもあった。
けれど、それは情を捨てた思考。
それができる今のクレニスは、見捨てられてもトリストリア王国に帰りたかったという昔の彼とは違っている気がする。
こちらの指摘に動揺しているのが、何よりの証拠。
「……私はこの国を守ってきたのだ。ヘリオと、主君と共に……!」
自分に言い聞かせるように発言しながら、剣を構えるクレニス。
私の再生はまだ不十分だ。逃げ出す体力は残っていない。
ここまでか。
「クレニス卿っ!」
いや、まだだ。
叫びながら、ミンテが剣を持つクレニスの腕を捕まえる。
「ミンテさん! いい加減に……!」
「セルピナさん、撃って!」
彼女に呼ばれて、私は自分の限界まで魔力を集中させた。
「
全力の魔法を一気に爆発させる。体に残っているすべてのエネルギーをぶつける感覚。
撃ち終わった後、体が再生するまではかなり時間が掛かるだろう。もしもクレニスがまだ動けたら今度こそ一巻の終わりだ。
それに、腕を掴んでいるミンテを巻き込む危険性もある。意識を集中してコントロールしないといけない。
でも、それ以上は考えない。彼女が作ってくれた最後のチャンスだから。
「クレニス卿、これで終わりです!」
さらに力を込めて、後は願うように魔法を撃ち続けた。
◇
そうして、どれぐらい時間が経っただろうか。
意識を失っていたらしい。どこか遠くで私を呼ぶ声が響いている。
「……ナさん! セルピナさん!」
ミンテだ。彼女の言葉を受けて、私は重たい瞼をゆっくりと開いた。
泣きじゃくりながらこちらを見下ろしている顔が視界に入ってくる。
「よ、よかったぁ……! 死んじゃったかと思って、私……!」
「私は、死にませんから……安心してください……」
「うわぁぁぁあ! セルピナさぁぁぁん!」
嗚咽を漏らしながら私をギュッと抱きしめるミンテ。
その苦しさがどこか心地よくて、私は彼女が以前言ってくれた「友達」という言葉の意味を見いだせた気がした。
なんとか頭を動かす。奥にもう一人、倒れている人影があった。
「クレニス……卿は……」
「……残念だが、私は生きている」
倒れたまま、彼が返事をする。
どうやら私の全力を以てしても、彼を殺すことはできなかったようだ。
至近距離からの魔法放射に耐えるクレニス自体が異様なのかもしれないが、どちらにしても力不足を痛感する。
でも。
「良かった……」
なんとなく、私はそんな感想を持った。
クレニスが怪訝そうな声をあげる。
「何?」
「……軍の暮らしは、長く苦しいものでしたが……それでも、私を育ててくれたのはクレニス卿でしたから……」
できれば殺したくなかった。
甘い考えなのは分かっている。彼はヘリオと共に私の故郷であるロクザの村を襲うのに加担していたはずで、仇の一人であることに代わりはない。
今の戦いでも、少なくとも彼は私を殺すつもりだった。慈悲などない。
それでも、何故かクレニスを恨むことはできなかった。
私は、まだ完全とは言えない再生状態の体を無理やり起こして立ち上がる。
「せ、セルピナさん! まだ無茶しない方が……」
「いいんです。それに、オルクはまだ戦っているはず。私も向かわないと」
心配するミンテにそう言って、私は心を決める。
「戦うのか、主君と」
倒れたまま、こちらに視線を向けるクレニス。
私はしっかりと頷いた。
「止めても無駄です」
「敗北した私に、今更そんなことは言う資格はない。それに……」
彼の寂しそうな目が私を射抜く。
「女神の加護を得て、ヘリオは変わってしまった。……本当は私にも分かっていたんだ」
「クレニス卿……」
隣で、ミンテが呟いた。
そのまま彼に向けて語り掛ける。
「社交パーティに潜入した時、あたしは本当にクレニス卿を優しい人だと思ったんです」
そういえば、私が捕まっている間に何があったのかはイマイチ分かっていない。
話の流れから察するに、ミンテがクレニス卿と接触したようだけれど。
短い交流の中で、ミンテは彼に何かを感じ取ったんだろうか。
「クレニス卿。生きてください。あなたならきっと、このトリストリア王国を良い国にできるはずです」
クレニス卿は、ミンテの言葉に返事はしなかった。
そのまま目を閉じて、私に向かって告げる。
「行け、セルピナ」
「……はい」
私はミンテに視線を送った。
彼女もコクりと頷き、私たちは二人で地下牢を走り抜ける。
向かう先はヘリオがいるであろう玉座の間。私たちの最後の戦いの場だ。