外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「僕の力が効かないから、負けないと思っていたのかい?」
目の前のヘリオが、スッと笑顔を消す。
セルピナの無表情とは違う、本当に何の温かみも感じない虚無の顔でこちらを見ていた。
そのまま、低くドスの効いた声で告げる。
「その甘さを悔いるがいい」
言葉と同時に、俺の頭を掴んでいた手が離された。
そこから流れるように剣が振り下ろされる。
立ち上がる力もなく地面に倒れた俺の肩に、その刃が突き刺さった。
「うァッ……!」
背中と肩の痛みで思考が遮断される。
ドクドクと血の流れる感覚が、やけに鮮明に刻まれていった。
ヘリオは剣を抜き、ふっと息を吐き出す。顔をあげることはできないが、頭上で相手の動く気配を感じる。
もう一撃、攻撃が迫ってくる感覚。
俺は力を振り絞って、なんとか横へ滑り抜けた。
先ほどまで俺がいた場所に、ヘリオの剣が突き立てられる。
「まだ逃げる体力があるのか。しぶといね」
称賛でもなければ侮蔑でもない、ただの感想を漏らすヘリオ。
ただ、先ほど肩に喰らった一撃が心臓だったならばその時点で戦いは終わっていた。
相手にはそこを狙う余裕があったはずだ。なのに、決着に影響のないところから攻撃してきている。
理解した。やつは遊んでいる。
「さあ、オルクくん。君は勇者の力が効かないみたいだけど、こういうのはどうかな?」
余裕のある声色で言いながら、ヘリオはパチンと指を鳴らす。
すると、玉座の間の窓が影に覆われた。暗くなった室内で、俺は窓に視線を向ける。
そこには、月明かりを塞ぐ無数の飛竜が羽ばたいていた。
たしか、クレニスがセルピナを回収しに来た時もあの飛竜に乗っていたはず。
トリストリア王国で飼われているということだろうか。
いや、それよりも何故このタイミングで?
「あれは我が軍が空中での戦闘を制することができるように、僕の毒によって従えさせた魔物なんだ」
「何……?」
こいつの毒は、魔物を操ることもできるのか。
クレニスたちが乗って移動していたことを思うと、一時的な催眠などではない。魔物自身の意思で従うようにコントロールしている。
曲芸じみた力だ。
「飛竜と踊ってみせな、オルク」
ヘリオが吐き捨てる。
その瞬間、飛竜たちが窓を叩き割って次々と飛び込んできた。
火を吐いて周囲を焦がし、牙を剥いてこちらに襲い掛かってくる。
俺は重い体を動かしてなんとか応戦。剣を振り抜いて一体の飛竜を抑え込む。
相手の牙と俺の剣がぶつかった。俺は
「頼む……!」
通じるかは分からなかったが、全員を相手するわけにはいかない。毒を除去できると信じて女神の加護を相手に注ぎ込んだ。
思惑は成功。
俺と対峙していた竜は争う意志を失い、窓の向こうへと飛び去って行く。
「へえ! 神経に入り込んだ毒でも無効化できるんだ。凄いじゃないか」
愉快そうに笑うヘリオ。
たしかに一体は正気に戻せたが、決して朗報とは言い難い。
俺は接触した相手の
だから、竜を全員もとに戻すなら全員と直接戦う必要がある。
傷が痛む体でそれをする余裕は、今の俺にはなかった。
「グルルルルッ……!」
飛竜の一体が喉を鳴らしながら俺に飛び込んでくる。
その牙をなんとか飛び退いて回避。しかし、避けた先に別の竜が待ち構えていた。
そいつに腕を噛まれる。鋭い牙が筋肉を食い破る感覚に眩暈がした。
「ぐあぁぁぁあ!」
激痛が襲いかかる。
血液が足りていないのか、まともに思考ができない。
それでも気絶しないように歯を食いしばりながら、俺は自分の
竜の口元が緩み、ゆっくりと牙が外れる。
大人しくなった竜に安堵するが、解放された左腕はもう動かすことができない。だらんと垂れ下がった姿に苦笑するしかなかった。
「ほら、動きを止めると危ないよ?」
厭らしい口調でヘリオがそう言った瞬間、背後で飛竜の尻尾が動いた。
鞭のようにしなって、そのまま俺は弾き飛ばされる。壁にぶつかって、血反吐が溢れた。
鉄の味が口の中を支配して気分が悪い。
叩きつけられたショックで肺から息が押し出され、呼吸も苦しかった。
「そろそろ限界かな。面白い能力だったし、仲間になってくれたら僕が上手く使ってあげたのに」
なおも下らない話をするヘリオ。
こいつの仲間になるぐらいなら、ここで死んだ方がマシだ。俺は吐き捨てる。
「誰がてめぇみたいなクズの仲間になるかよ、バカが」
「はっはっは! まだ元気そうでよかったよ」
ヘリオは笑いながらこちらへ近づいてくる。
「僕はトリストリア王国を統べ、いずれこの世界すべてに平和を与える勇者なんだよ。その僕に従わないなら、もう君に生き残る術はない」
どこまでも独善的な主張をしてくる。
だが、勇者の立ち振る舞いとして、その強情な精神はある意味正しいのかもしれない。
仮にこいつが世界を統一すれば、これからも命の間引きを平然と行うだろう。
それでも人間と魔物のバランスをとって現状維持を貫いた世界は、平和の一つの形と言える。
トリストリア王国のように貧富の差は広がり、搾取する者とされる者が二分された世界。それを幸せだと考える人間は、たぶん少なくない。
「最期に言い残すことはあるかい? 村の仇も討てなかった君の遺言を聞き届けてあげるよ」
もしも俺がこいつを殺せたとしても、俺は世界を平和に導いたりはしない。
影の指導者であるヘリオを失ったトリストリアには混乱が起きる可能性がある。その責任を取らない俺は、ただの無責任な復讐者だ。
そんなことをして何の意味があるんだろう。
この戦いには意味がなかったのか?
俺の旅は、こんなところで幕を下ろすのか?
「結局俺は……何も成せなかった、のか……」
暗くなる視界。
出血がひどい。ヘリオが俺を処刑するより前に、意識が遠のいてしまいそうだ。
そこへ。
「まだです。目を開けなさい、オルク」
セルピナの声が聞こえた。
力を振り絞って瞼を開くと、部屋の入り口に彼女とミンテが立っている。
そうか。二人はちゃんと、クレニスと決着をつけたんだな。
「クレニス……セルピナを止められなかったんだね」
ヘリオが呟く。
その声色にほんの僅かだが、はじめて困惑が混ざったように感じた。
セルピナがヘリオに向かって問う。
「ヘリオ。私の故郷を焼き、私を誘拐して兵士として育てた。間違いないですね?」
「そうだよ。君の能力には使い道がある。勇者として、世界を平和にするのは正しいことだ」
「……そうですか」
答えには期待していなかったのだろう。セルピナは無感動に頷き、そのまま魔法で生み出した仮想の剣を構えた。
そして、今度は俺に向けて話しかけてくる。
「オルク」
しかし、もう返事をする気力もない。
俺は黙って彼女に視線を向ける。セルピナは続けた。
「私の依頼を覚えていますか?」
はじめて会った時に言われた、端的で衝撃的だった彼女の言葉。
それが脳裏に再生される。
――あなたに、殺してほしい
俺は薄く笑って、絞り出すように答える。
「……ああ」
それはセルピナ自身を指す言葉だった。
不死の力を持つ自分を始末できる存在として、俺にコンタクトしてきたセルピナ。
けれど彼女は、心の奥にもう一人始末してほしい勇者がいた。
今のセルピナが、力強く宣言する。
「ならば改めて依頼します、<死神オルク>。勇者、ヘリオ・ソールを殺してください」
ヘリオを殺す。
諦めかけていた俺の心に、セルピナの言葉が深く染みこんでいく。
もう動けないと思っていたのに、気づけば自然と返事が口をついていた。
「分かった。約束は果たしてやる」