外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第33話 復讐の果て

 答えると同時に、俺は懐に隠していた短剣を抜いてヘリオを斬りつけた。

 全身の痛みからか勢いが足りない。頬に切り傷を負わせただけで、致命傷にはならなかった。

 ヘリオが忌々しげにこちらを見る。

 

「僕の顔に傷をつけるなんて……つくづく失礼なやつだよ、君は」

「言ってろ」

 

 俺は嘲笑してやる。

 力の差から俺に傷をつけられると思っていなかったのか、ヘリオの怒りに火をつけたらしい。

 これまでの余裕そうな表情から一変し、憎しみに満ちた顔でこちらに剣を構えた。

 

「――怒れる稲妻(オルゲー・アストゥラピ)

 

 そこで、セルピナの電撃魔法が飛んでくる。

 ヘリオは小さく舌打ちをして、俺の前から飛び退いた。

 電撃が眼前を通過していく。

 

「セルピナ。君は不死の力を持つが、それでは僕に勝てない。無駄な抵抗は止めた方がいいと思うけれど」

「……そうですね。あなたの毒が体を蝕み、それでも死ぬことすら出来ず再生する。これまでの生活は生き地獄でした」

 

 ヘリオの言葉に、セルピナは自身の体を抱いて震えながら答える。

 彼女が死なないのを利用して、苦しみ続けるような拷問をしていたわけだ。その話だけで、この男の底意地の悪さが見て取れる。

 だからこそ、セルピナは自死すら望むようになってしまった。

 

「でも、私は生きたいと願えるようになりました。楽しい旅の思い出を分けてもらえたから」

 

 セルピナが、俺とミンテを見ながら告げる。

 あの短い旅で彼女は生きる可能性を見つけたらしい。俺は特に何もしていないが、ミンテのおかげと言えるだろう。

 

「外の世界を見て、影響を受けちゃったわけだ。やっぱり面倒だね」

「あなたの支配する世界の安寧は、多くの人を不幸にして成り立つものです。今の私に、それを受け入れることはできません。なので――ここで消えてください」

 

 面倒くさそうに応じるヘリオに向けて、セルピナが駆け出す。

 魔法の刃で彼に斬りかかるが、ヘリオはそれを受け流して逆に自身の剣を突き出した。

 急いで回避し、至近距離から電撃の魔法を撃ち込む。

 

怒れる稲妻(オルゲー・アストゥラピ)!」

「おっと!」

 

 目の前で発動された魔法を難なく避けるヘリオ。恐ろしい反応速度だ。

 それどころか、やつはこの状況でニヤりと笑ってみせる。

 

「セルピナ、後ろだ!」

「っ!」

 

 俺は慌てて叫んだ。声を出すたびに傷が疼く。

 彼女の背後に飛竜が迫っていた。忠告を受けて慌てて飛竜の牙から逃れるセルピナ。

 まだ部屋には竜が残っている。こいつらを止めてからでないと、ヘリオとの一騎打ちにすら持ち込めない。

 一か八か。

 

「女神の加護、俺に応えてくれ……」

 

 俺は自身の能力(スキル)を極限まで解放し、部屋全体の無効化を試みた。

 女神の加護は超常たる力だが、効果は使う人間次第で変化する。成長と共に強大な力を使えるようになる場合もあれば、衰えと共に弱体化することも。

 体力を失った状態で、試したことのない範囲発動。上手くいくとは思えなかったが、それでも必死に祈りを捧げた。

 この世界に勇者をばら撒いた女神アプナは、俺にとって恨みの対象だった。そんな神に祈ったのは、人生ではじめてかもしれない。

 

「セルピナ。君と遊ぶのは後にしよう」

 

 俺の動きに気づいていないヘリオは、そう言うと自身の能力《スキル》を発動する。

 地下でも見せた毒霧が、周囲を包み始めていた。

 

「僕は先に彼を始末するから、しばらくそこで毒に侵されていてくれ」

「そうは、いきません……」

 

 セルピナの動きが緩慢になる。おそらく既に毒が体に回り始めているのだ。

 それでも彼女は歩みを止めず、ヘリオに向けて飛び込んでいった。

 

雷鳴の刃(ヴロンティ・マカイラ)!」

 

 魔法の刃を差し向けてヘリオを狙う。

 ヘリオはそれをするりと躱して、回し蹴りでセルピナを突き飛ばした。

 床に転がり悶絶するセルピナ。

 

「そこで寝てなよ」

「ぐっ……ぅ!」

 

 伏せた彼女を一瞥してから、ヘリオは俺に矛先を向ける。

 けれど気づくのが遅かったらしい。

 

「……上手く、いったぜ」

「何?」

 

 周囲の飛竜たちが怪訝そうな顔をしてから羽ばたき、次々と部屋から去っていく。

 さらに、目の前を薄く覆っていた毒霧が晴れ、視界がクリアになっていった。

 ヘリオが驚愕の顔をする。

 流石に余裕ぶった態度ではいられなかったらしい。

 

「へえ。範囲除去までできるのか」

 

 ぶっつけ本番の初披露だったが、口には出さず笑ってみせた。

 ヘリオはつまらなさそうに剣の切っ先をこちらに向け、吐き捨てる。

 

「今さらそんなものを見せたところで、もう君は終わりだよ」

 

 それは確かにそうかもしれない。

 毒が消えたとはいえ、セルピナはまだダメージが回復し切っていない。

 俺も元々の怪我と能力(スキル)の全開放を経て、もはや動く体力は残っていなかった。

 最後にビビらせることができただけでも上出来だろうか。

 ……いや。

 

「二人とも、今です!」

「こいつ!?」

 

 見ると、ミンテがヘリオに飛びついていた。小さい体で懸命にやつの腕を抑え込んでいる。

 戦えもしないのに無茶しやがって。

 なら、俺も無茶に応えなくちゃいけない。

 俺はぐらつく視界のまま残りの全体力を集中して、落ちていた自分の大剣を拾い上げてヘリオに斬りかかった。

 同時に、セルピナも駆け込んできて自身の魔法をヘリオにぶつける。

 

「これで……終わりだ!」

 

 今度こそ、ヘリオが驚愕の眼差しで俺たちを見る。

 攻撃の結果がどうなったのか確認する余裕もなく、そのまま俺の意識は途絶えた。

 ただ最後、俺はうわ言のようにヘリオへ告げた。

 

「後はあの世で、女神にでも詫びろ」

 

 ◇

 

 目覚めると、視界の先には木目調の天井が広がっていた。

 トリストリア王宮の内装ではない。俺はどこかに移動させられたらしい。

 体を起こそうとするも、全身に激しい痛みが襲ってきて俺はその場から動けなかった。

 

「痛ってぇ……」

「オルクさん! 目が覚めましたか!」

 

 隣でミンテが叫ぶ。

 真っ赤になっている目を見て、迷惑をかけたことだけが理解された。

 

「……何泣いてんだよ、ガキ」

「もう、またガキって言いましたね!? 人がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

 

 なんだか懐かしいやりとりをした気がする。実際はそれほど時間も経っていないはずなのに。

 周囲をよく見ると、部屋に窓があってそこから陽光が射している。朝か昼か、少なくとも夜の戦いから時間が経っているようだ。

 そして、もう一つ注目すべきポイントがあった。

 

「あなたを運び込むのは大変でしたよ、オルク」

「セルピナ」

 

 相変わらず無表情で、何を考えているのか分からないセルピナの姿がある。壁にもたれて、腕を組んだ状態でこちらを見ていた。

 上手く頭が回らない中、とりあえずの質問をする。

 

「ここは?」

「病院です! オルクさん、いつ死んでもおかしくない状態だったんですからね!?」

 

 それはそうだろうな。

 出血が酷かったし、戦闘の後半はいつ死んでもおかしくないと思いながら体に鞭を打っていた。

 むしろ、よく生きていたものだ。

 

「三日三晩眠っていたのです」

「……翌朝じゃねぇのか」

「ホンットーに、起きてくれてよかったです……!」

 

 想定外の日付を出されて狼狽える。

 どおりでミンテも目を腫らしているわけだ。

 

「とにかく、今は休んでください! まだ全然治ってないんですから!」

 

 言いながら、ミンテは濡れた布巾で俺の額を拭った。その心地よさに少しだけ安堵する。

 こうして平和に話せているということは、あの時俺はヘリオを討てたのだろう。

 せっかく復讐を成し遂げたのに、実感がなくて物足りない気分だった。

 

「状況は?」

「ヘリオは元々裏に隠れていた勇者です。その死は公表されず、トリストリア王国にも大きな混乱は起きていません」

「そうか」

「もちろん、王宮内で暴れたので色々と事後処理もありましたが……今はいいでしょう」

 

 セルピナは短く現状を伝えると、そのまま部屋の入り口に向けて歩き出した。

 ミンテが寂しそうに聞く。

 

「もう行かれるんですか?」

「オルクの無事が確認できたので、充分です」

 

 それだけ伝えると、セルピナはやけにあっさり部屋を後にした。

 ミンテは再び俺に視線を戻して、にっこりと微笑む。

 

「やりましたね、オルクさん」

「ああ。なんだか、よく分からねぇもんだな」

 

 相手が死に沈んでいくところをこの目で見届けていないからかもしれない。

 長く続いた復讐の旅を終えた今、俺はどうすべきなのだろう。

 考えこもうとするこちらに向けて、ミンテが随分と優しい声色で話しかけてきた。

 

「今は考えるのをやめて、ゆっくりしましょう。時間はいくらでもありますから」

 

 時間はある。たしかにそうだ。

 旅の最中はずっと、自分の手で村の仇を討ちたいという焦りに支配されていた。何処に行っても勇者の痕跡を探していたし、仮に復讐相手が知らない場所で野垂れ死んでいたりしたらやりきれないと思っていた。

 でも、これからは自由。

 何をするかも決めていないが、後でじっくり考えるとしよう。

 

 俺はまだ回復し切っていない体を労わって、再び目を閉じた。

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