外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「オルクさん、本当に大丈夫なんですか?」
後ろをついてくるミンテが心配そうな声で問いかけてくる。
俺たち二人は、いつだったかにも利用したトリストリア王国下層の下水道をゆっくりとした足取りで進んでいた。
ミンテが不安視する理由は明らか。
まだ回復し切っていない体で旅立ちを宣言したからに他ならない。
「騒ぎになっていないとはいえ、勇者ヘリオを始末した以上俺の存在を探っているやつもいるはずだ。早めに出た方がいい」
「それはそうなんですけど、目覚めた翌日から動くなんて無茶ですよー!」
たしかに、今も歩くだけで全身に痛みが響いてくる。
どこかトリストリアから離れた場所で、再び休息の時間は必要になるだろう。
「トリストリアの病院は治療も入院費も高すぎる。こんなところにいたら、セルピナから貰った報酬もすっからかんになるぞ」
「お、オルクさんがお金の心配を……! じゃなくて、そのセルピナさんにも挨拶無しで行くんですか?」
「あいつはあいつの好きにすればいいさ」
どうなるかではなく、どうしたいか。
あの戦いで俺はセルピナにそう言って、彼女は自分の意思を貫くと決めた。
だから、ヘリオ亡き王国の再建に尽力するならそれでいいし、別の道を選ぶならそれもまた自由だ。俺たちに口出しできることじゃない。
旅立ちに際して声をかけたら、どうせミンテが嫌がるだろうしな。
そんなことを話しながら、ようやく下水道の外へと抜け出す。
外から注ぐ太陽の光が眩しく、新鮮な空気にひと息ついた。
「さて、どっちに向かうかな」
俺は一旦地図を開いて近隣の村を確認する。
今の体であまり離れた場所に行くのは得策じゃない。なるべく近くで、それでもトリストリア王国の影響が少ない場所があればいいんだが。
二人での旅だと戦闘要員が足りないので、安全なところの方がいいな。それで、万全になるまで治療できる施設があって……。
「色々考えると、思ったより目的地が決め辛いな」
「だーかーらー! 治ってからにすべきだって言ってるんですよー!」
「あーもううるせぇ。ガキは黙ってろ」
「あー! またガキって言った!」
体調を気遣ってくれるのはありがたいが、一々ガミガミと言いすぎなんだこいつは。
ミンテを軽くあしらいつつ、地図と睨めっこを続ける。
すると。
「では、馬車を使ってキュプリスの街に行くと良いのではないでしょうか。あの街は医療が充実しています」
「なるほど、馬車を使うのも……って」
俺は振り返る。
先ほど歩いてきた下水道から、悠々としたローブ姿の女魔導士が出てきた。
「セルピナさん!」
ミンテが嬉しそうな声をあげる。
「なんだ? わざわざ見送りか?」
「いえ。私も同行させてもらおうと思いまして」
俺の問いかけに、セルピナは至極当然といった様子で答えた。
同行? 俺たちと旅をしたいということか?
「トリストリアはいいのか? こんな国でも、お前の育った場所だろ?」
「ヘリオが死んで、今の国王も正気を取り戻したようです。これからは国民のために政治を考えると」
「いや、そいつが頼りないからヘリオが手を貸してたんじゃないか? 一人で大丈夫かよ」
「クレニス将軍が補佐を務めると約束してくれました。いつでも戻ってこいと言ってくれましたよ」
どうやら、トリストリア王国の再興準備は万全らしい。
元々、ヘリオ・ソールは勇者でありながら外には決して姿を見せずに暗躍していた。おかげで彼の死は騒ぎにならず、多くの国民が変わらない日々を過ごしている。
そんな中で少しずつ政治の方針が変わっていくのなら、この国はもう安全だろう。
それは分かったが。
「で、だからってなんで俺たちの旅についてくることになるんだ?」
せっかく晴れて自由の身になったのだ、人生の謳歌はいくらでもできる。
わざわざ冒険者として旅をしなくともいいだろうに。
だが、セルピナはこれもあっけらかんとした態度で返事をする。
「何故って、私がそうしたいからです」
「……そうかよ」
それがセルピナの考えならば、俺からは何も言えた義理じゃない。
反論を飲み込んで納得してみせると、隣でミンテがニヤニヤとこちらを見ていた。
「なんだよ」
「ふふーん。良かったですね、セルピナさんが一緒に来てくれて!」
「俺はどうでもいい。喜んでるのはお前だけだ」
「そりゃあ、あたしも嬉しいですけど。……いひひひ」
なんだその気色悪い笑いは。
ミンテが何を言いたいのかは分からないので、とりあえずこいつは放置することにする。
さらに、セルピナが話を続けた。
「それに、まだですから」
「? 何がだ?」
「依頼です」
セルピナが何を言い出したのか、俺は理解できなかった。
依頼というと――
「私の命を終わらせることができるのはオルクだけです」
「は? 今のセルピナは死にたいと思ってないだろ?」
「はい。ですので、私が自死を望むまでついていきます」
なんだか、こいつもストーカーじみた事を言い出した。
イマイチ納得できない理屈だったが、俺の体が不完全なことを思うとセルピナの戦力は必要になる。旅の同行自体は反対しない。
ただし、ヘリオを始末したことでセルピナからは既に報酬を受け取っている。
当初の依頼は果たしたと勝手に思っていたので、それだけ確認したかった。
「俺は、ヘリオの死を以て依頼は完了したと思ってたがな」
「こうして私は生きています」
「いや」
俺の感覚では、この依頼はもう終わっているのだ。
それをきちんと口にする。
「ヘリオに縛り付けられ、自由のなかったトリストリア王国軍人――セルピナ・リベイラの役割は終わった。俺は勇者セルピナを殺したんだ」
言葉遊びに過ぎないかもしれない。
だが実際、セルピナはこうして自分の考えでこれからの生き方を決めることができるようになった。
自ら死にたいと望む囚われの軍人。不死の勇者セルピナの立場を、俺は始末したつもりだ。
こちらの言葉にセルピナは驚いている。考えてもみない話だったらしい。
そのまま、彼女は目を閉じて内容を噛みしめていた。
「セルピナさんが来てくれるということは、勇者が二人もいるパーティになったんですね、あたし達」
「勇者、ねえ……」
ミンテが無邪気に言うが、俺は今でも勇者という言葉に良い印象は受けなかった。
女神アプナの加護によって、突然力の目覚めた者たち。その圧倒的な力で自分自身すら歪めてしまい、殆どすべての人間が道を間違える。
あのヘリオだって、クレニスの言葉どおりなら最初は正義に燃える冒険者だったはず。勇者の力に目覚めておかしくなっていったに違いない。
こんな物を有り難がる気にはなれなかった。
「復讐も果たしたし、俺はもうこんな力いらないけどな」
俺自身、自らの目的を終えたのだから身の振り方を考えるべきなのかもしれない。
すると、先ほどまで黙っていたセルピナが突然口を開いた。
「ですが、その
俺は俺の復讐を果たしただけだ。感謝される謂れはない。
そして彼女は、いつもどおりの無表情な顔をこちらに向けると
「オルク。あなたはこう言われるのを嫌がるかもしれませんが」
そう前置きをした上で、はじめて――微笑んでみせた。
「あなたは、私の勇者です」
彼女に言われる勇者という響き。
それは案外、悪くないものだった。