外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
第35話 プロローグ
「随分とくだらない生活だな」
俺――オルク・フェブルスがそう言うと、隣にいるやかましい女が即座にツッコミを入れてきた。
「そう思うんだったら、さっさと傷を治してください!」
「あー、分かった分かった。悪かったって」
これは失言。
旅が止まっている原因は、二ヶ月ほど前に俺が大怪我を負い現在も治療に専念しているため。
今の暮らしに文句を言えばこちらに返ってくるのは分かり切った話だった。
そして、口うるさい同行者――ミンテはこちらの隙を見逃さない。ここぞとばかりに説教を垂れてくる。
「ホントにもう! あんな怪我して、生きてるのが不思議なくらいなんですから!」
「とはいえ、退院は目の前です」
そんな俺とミンテのやりとりを
女魔導士――セルピナ。
滅多に笑わない無表情な奴。今は口元を大きなマスクで隠しており、尚更おっかない見た目になっている。
それでいて、本人は意外とどんな状況でも楽しむスタンスらしい。
今も時折マスクをずらして、街で買ってきたであろう飲み物を啜って堪能していた。
黒い固形物が浮いている変な飲み物で、それを口に含んではもちゃもちゃと咀嚼している。
「……病院内は飲食禁止だぞ」
「容赦なくターゲットを始末する<死神オルク>の癖に、細かいことを言いますね」
「関係ねぇだろ」
そりゃあ、俺もルールがどうとかは面倒くさいタイプだが。
よりにもよって、元々はトリストリアという大国で軍人をしていた人間に「細かい」などと言われるとは。
ガサツな仲間たちに
「ま、医者曰くあと数日でリハビリも終わりみたいだ。すぐに全力で動くな、とは言われたが」
「じゃあ、そろそろ次の予定も考えないとですね!」
退院してすぐに旅立つのは慌ただしいが、実際足止めの期間が長かった。
このキュプリスの街に来る道中の馬車代や、入院費も
その他、セルピナとミンテが俺のいないところで散財していたっぽいことを思うと、そろそろ次の稼ぎが必要になるだろう。
……って、なんで俺が二人の小遣いを稼いでやらねばならんのだ。
「俺が動けなくても、セルピナがいるだろ。仕事は?」
「当然、きちんとしていました。……冒険者ギルドに登録するまでにひと悶着ありましたが」
「え? 大丈夫なのかそれ」
セルピナはトリストリア王国ではちょっとした有名人だ。
戦場を駆ける銀髪の美しき女魔導士。国内には熱心なファンもいるらしい。
冒険者として依頼を受けるためにギルドへ行ったんだろうが、たしかに登録するのも一苦労か。
入院期間に二人がどう過ごしていたのかきちんと聞いていなかったが、ミンテが振り返りながらしみじみと話す。
「顔も名前も隠そうとしたんですが、登録書類に顔が必要だと迫られましたからねー」
「素直に従ってマスクをとったら、名前を叫ばれまして。書類に偽名を書いていたこともバレました」
「全然駄目じゃねぇか!」
話を聞く限りまったく上手く行ってないが、よくそれで仕事ができたもんだ。
「王国の極秘任務なので黙っていてほしいと説き伏せて、偽名のまま登録に成功したので問題ありません」
「……それはそれで、この街の
「ですので、オルクも外ではコレーとお呼びください」
「コレー……? どういう偽名なのか知らんが、分かった」
言いながら、セルピナ改めコレーが飲み物をズズズッと啜る。
こっちは病院の健康管理もあって質素な食事で過ごしているので、あの謎に満ちた飲み物が凄く旨そうに見えた。
退院したら、旅立つ前に買っていこう。うん。
「しかし、オルクがここにいる以上遠出をするわけにもいかず。近隣の魔物を討伐したり、街内で簡単なお手伝いをする程度で、大して儲かっていません」
「まあ、そんなものか」
怪我が酷かったこともあり、俺達は比較的平和そうなキュプリスの街へ来て治療に専念する判断をした。
平和ということは、冒険者の需要が薄いということでもある。
儲かっていないのも、ある意味俺が動けないせいなので文句は言えない。
するとミンテが、体を乗り出して俺の視界内に入り込んできた。妙に顔が近い。
「そこで! これを持ってきました!」
鼻息荒く、ドサッと紙束が置かれる。
「なんだそれ?」
「ギルドにある、報酬の良さそうな依頼を片っ端から掻き集めてもらいました! ここから次の目的地を決めましょう!」
準備がいいのは結構だが、病み上がりに仕事の話は疲れるな。
最初は体に負担の少ない仕事を選びたいと思いつつ、俺はミンテの持ってきた書類に目を通し始めた。
だが数枚めくったところで、引っ掛かるものを覚えて俺は手を止める。
「どうしました? オルクさん」
きょとんとした顔でこちらを覗きこんでくるミンテ。
無邪気な彼女に、一応の確認をする。
「お前、この資料ちゃんと見たか?」
「え? いえ、高額な依頼を全部まとめて貰ったので、中身はあまり……」
やっぱりそういうことか。
俺は小さく溜め息をついて、どう説明してやるべきか考える。
セルピナも怪訝そうにこちらを見ていた。
「何かあったのですか?」
「セル……コレー、資料を見てみろ」
「? はい」
セルピナがこちらに近づいてきて、資料の一つをひょいと拾い上げる。
軽く目を通して、それから短く声を漏らした。
「あ」
「分かったか?」
「……これは、確認しなかった私のミスです。申し訳ありません」
表情は読めないが、素直に反省しているらしいセルピナ。
その反応に、ミンテはますます困惑していた。
「ちょっとちょっと! 何なんですか二人とも!」
ミンテに見せてもいいものか。
俺は躊躇いつつも、隠し通すのは無理だと判断して資料を差し出す。
「募集の、場所の項目だ」
「場所ですか?」
言われるがまま紙を見て、ミンテは固まった。
そりゃあ、そういう反応になるだろうな。
「この依頼は全部、ザグレーン王国から出ているものだ」
――ザグレーン王国。
ミンテ・ザグレーン・メリーノが生まれ育ち、そして
彼女自身にとっては色々と苦い思い出が残る故郷である。
「これを受けるわけにはいかないだろ」
「……ミンテ。ギルドに別の依頼を聞きに行きましょうか」
セルピナが優しく声をかける。
するとミンテは、明らかに無理をしている顔で笑んでみせた。
「いえ、この中から受けましょう!」
想定外の言葉に、俺もセルピナも言葉に詰まる。
ミンテは書類に書かれた額面を叩いて、堂々と宣言した。
「こんなに報酬がいいんです! 今のあたし達に必要なのは、何よりもお金ですよ!」
空元気だ。
俺はミンテのように他人の一挙手一投足から嘘を見極めたりはできないが、それでもこれだけは分かる。
こいつは明らかに無理をしている。
「別にザグレーン王国に行かなくても、羽振りの良い依頼ならいくらでもあるだろ」
「でも、金額の上から資料を出してもらったんです! 他を探すなら報酬が下がっちゃいます!」
いつにも増して強情に推し進めようとするミンテ。
その反応に困っていると、先に察したらしいセルピナが口を開いた。
「心配なのですか?」
その言葉に、彼女はビクりと体を震わせて反応する。
心配? 俺たちの懐事情か? と疑問に思ったが、セルピナは続けて説明してくれた。
「この依頼がすべてザグレーン王国から出ているものなら、それだけ国の情勢が危ういということですから」
「……なるほどな」
ミンテは、ある人物との政略結婚に利用されそうになり、そこから逃げる形で国を後にした。
婚姻相手は下らない小悪党だったし、結果としてはミンテも王国も救う正しい選択になったはずだが。
それでも、彼女にとってあの時の判断に思うところがあったのだろう。
自分のせいで国の情勢が悪化しているのではないか、と考えるのも無理はない。
「どうする? お前が本当に親と向き合えるなら、俺は依頼を受けてやるが」
「オルクさん……」
実際、報酬額はたしかに魅力的なものだった。
俺とセルピナがいる以上、取り寄せた依頼はどれでもこなせるはず。臆する理由はない。
ミンテは俯いたまま沈黙していた。
急かすことなく返事を待っていると、やがて彼女はゆっくりと顔をあげて口を開く。
「お願いします。あたしを――ザグレーン王国に連れて行ってください」
その言葉に、俺とセルピナは黙って頷いた。