外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
二日目。
起きて早々に準備を済ませて宿を出ると、既にトクラは建物の前に馬車をつけて待っていた。
「アンタ、早いな」
「お客様をお待たせするわけにはいきませんからね。成り行きとはいえ、お三方を乗せている以上は先に準備するのがマナーです」
「仕事熱心なのは助かるが、道中で居眠りするなよ。昨日も遅くまで出歩いていたみたいだし」
「無論ですとも」
がっはっは、と豪快に笑い飛ばすトクラ。忠告は冗談だと判断されたらしい。
昨日はセルピナとミンテが相部屋で、俺とトクラはそれぞれ個別に宿泊していた。
俺が寝るまでトクラが部屋に戻った気配はなかったため、それまで酒場にいたとすれば相当酔っ払っているはず。
しかしトクラは今日も締まりのない顔で笑うばかりで、特に体調面の問題は無さそうである。
「こっちは同行させてもらってる立場だから、文句は言えねぇけどな……」
休息も旅人の努め。少々不安は感じるが、一旦置いておこう。
すると、今度はトクラの方から話を振ってきた。
「そういえば、お兄さんは何とお呼びすればいいですかな?」
「そういえば名乗ってなかったか。……フェブルスだ」
昨日はセルピナが殆どの応対をしていたので、俺とミンテは名前を伝えていない。
死神オルクという異名が裏社会で浸透している俺と、これから向かうザグレーン王国の第二王女ミンテ。とてもじゃないが本名は名乗れない。
しかし俺に関しては余程の事情通でもない限り、姓までは知られてない。
昨日の夜にセルピナたちと相談した結果、此処はフェブルスとだけ名乗ればいいだろうという結論に至ったのだった。
「改めてよろしくお願いします、フェブルスさん。昨日の戦いぶりから見て、貴方も冒険者としてさぞ腕が立つのでしょうな」
「コレーの方が実力は上だろうが、それなりには」
言いながら、実際のところはどうなのだろうかとふと考える。
コレーことセルピナは、長くトリストリア王国に従軍していた戦闘のプロ。
クレニスという戦隊長の下で指導を受けていた経歴はもちろん、彼女には不死という勇者
俺はセルピナの不死を打ち破ることができるものの、正面から戦うと……勝てるものなのだろうか。
少なくとも手合わせはしたくないな。
「フェブルスさん、お待たせしましたー!」
俺が脳内で仮想セルピナに身構えていると、宿からミンテがニコニコしながら出てきた。きちんと打ち合わせ通りの名字呼びをしてくれている。
後ろからセルピナも顔を出した。
「フェブルス、トクラさんも。おはようございます」
「おはようございます、コレーさん。皆さまお揃いのようですね」
トクラが俺たちの顔を見回す。
その視線がミンテのところで止まった。俺と同じく名前を聞きたいのだろう。
問われる前に、ミンテ自ら偽名で名乗り出た。
「申し遅れました! あたし、ハッカと言います!」
語感だけで決めた曖昧な名前を堂々と伝えるミンテ。
定着していなさすぎるので、本人か、そうでなくても俺やセルピナが墓穴を掘りそうである。
もちろん、そんな事とは知る由もないトクラはそのまま受け取る。
「ハッカさん。可愛らしいお名前ですな」
「えへへー。ありがとうございます!」
自分のネーミングセンスを褒められ、へにゃへにゃとした顔で喜ぶミンテ。
ひとまず、これで冒険者コレーの仲間たちとして名乗り終えた。後はトクラの前で呼び間違えないように注意するだけだ。
「それでは参りましょう。睡眠が足りないようでしたら、狭い荷台ではありますが引き続きお休みいただいて結構ですよ」
「一番心配なのはアンタだが……行くか」
三人でそそくさと馬車に乗り込み、再び旅路を進みだした。
◇
……はずだったのだが。
早くも俺たちの冒険は暗礁に乗り上げている。
「オーガだと?」
「はい。前方に群れを成して、野生動物の狩りを行っているようです」
運転席にいるトクラより先に、異様に視力の良いセルピナが前方の魔物に気がついた。
オーガ。昨日戦ったゴブリンたちの上位種とも言うべき存在で、頭に角の生えた人型の魔物だ。
ゴブリンは下級の魔物で制圧も容易だったが、オーガは図体も大きく数段強敵になる。
馬車とトクラ、それにミンテを庇いながらとなれば、正面から戦うのは得策とは言えない。
「迂回するしかないか」
「……そうですね。トクラさん、他の道へ回れますか?」
「ええ。もちろんです」
無鉄砲に飛び込んで殲滅するばかりだったセルピナが、迂回の提案を呑んでくれた成長に感動を覚える。
しかし、彼女の判断を喜んでいる場合ではなさそうだ。
「コレー。どう思う?」
新米冒険者コレーは、極めて冷静な思考で俺の問いに答える。
「昨日のゴブリンから、今回のオーガ。単純に考えれば、ザグレーン王国に近づくにつれて敵が強くなっていると見るべきでしょうか」
「……そうだな。まだサンプルが少ないとは言え、俺もそう思う」
たまたま連続して魔物に遭遇した。そして偶然にも、それが昨日より強い魔物だった。そういう見方もある。
しかし、高難度のクエストがザグレーン王国に集中しているという事実や、トクラから聞いた国の情勢を組み合わせれば、自ずと悪い予想が立ってしまう。
こちら側に、その考えを受け入れがたい人間がいるのも分かっているのだが。
「ザグレーンが危険なら、急いで向かうべきです!」
ミンテが、ギュッと拳を握りしめて力説する。
「そうは言っても、ここで戦っても無駄に消耗するだけだ」
「でも!」
「落ち着けって。別に俺たちの到着が二、三日遅れたからって国がいきなり滅んだりするわけじゃない」
なんとか宥めすかすと、ミンテはすっかり気落ちして荷物の中にもたれかかった。
故郷の事になると、こいつはいつも
こんな調子だと、到着する前に心労でぶっ倒れてしまうんじゃないか。
「ハッカさんは、ザグレーン王国に思い入れがあるのですかな?」
昨日から態度に出過ぎているのもあり、トクラが質問してきた。
ミンテは一瞬視線を彷徨わせたが、軽く深呼吸をしてから言葉を選んで答える。
「……ザグレーン王国には知り合いがいるんです」
「なるほど。昨今の状況もありますし、それは心配でしょうな」
知り合いだと誤魔化したが、嘘は言っていない。ミンテにしては機転の利いた説明だ。
トクラもその返答だけで納得したようで、それ以上は追及してこなかった。
「仮にザグレーン周囲が魔物に囲まれているとなると、何処かで道を切り開く必要があるな」
「ええ。すこし様子を見つつ、必要であれば私とフェブルスで仕掛けましょう」
今は迂回を選んだとはいえ、これから魔物との遭遇を避けられる保証はない。何かあれば戦って進路を確保する必要がある。
その覚悟はしているつもりだが、ゴブリン相手ならまだしも大型の魔物相手にどこまでやれるのか。
病み上がりの体を確かめるため、俺は拳を握りしめて静かに戦闘の決意を固めた。