外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
敵との直接対決を避けてひたすらに回り道を繰り返す俺たちだったが、いよいよ手詰まりになろうとしている。
馬車の旅をさらに二日間続けた結果、どこもかしこも魔物だらけだと分かったからだ。
「一応伝書鳩を飛ばしてザグレーン王国に救援要請も出しましたが……待つとなるとさらに一週間ほどかかるでしょうな」
常に呑気そうにしているトクラも、流石に困り顔を見せている。
中身こそ読んでないが、彼が昨晩のうちに王国側へ手紙を出していたのは確認済みだ。
しかし王国が魔物を退けて道を作ってくれるかは分からない。ただの一般人に対応してくれるものなのか。
あまり待つのは得策ではない気がする。
「腹括って戦うしかないか」
「そうですね。本来、我々はそのための露払いでしたので」
俺が決心すると、セルピナも同意してゆっくりと杖を構えた。
金にならない魔物討伐は避けたいところだが、立ち往生していても埒が明かない。
こちらの言葉を聞いて、トクラは有り難そうに会釈する。
「二人とも、気をつけてください!」
ミンテも不安そうに俺たちを見つめていた。
現在、こちらの行く手を阻んでいるのは悪魔のような姿をした魔物・ガーゴイルだ。周囲には手下と思わしき小悪魔も数体いる。
魔法を操る魔物なので、接近戦主体の俺とは相性がよくない。間合いを詰めるだけでも苦労しそうである。
しかも、今はだだっ広い荒野のど真ん中。隠れる場所もないので搦め手は打てない。
「こんなことならオーガの時に戦っておくんだった」
「泣き言を言っても仕方ありません。それに、負けるつもりはないのでしょう?」
「そりゃそうだが」
もちろん、こんなところで立ち止まるつもりはない。
それにこちらにはセルピナがいる。魔法を使いこなせるので遠距離での戦闘も可能だし、何より彼女が持つ女神の加護があれば負けることはあり得ない。
心身への負担を思うと
「では始めます。ハッカとトクラさんは隠れていてください」
「かしこまりました」
トクラが馬車を動かし始めるのを確認してから、俺とセルピナは敵陣へ飛び込んだ。
「――
いつもどおり、セルピナの先制攻撃が空気を裂いて敵を貫く。
不意討ちによって小悪魔が一体爆ぜた。それによりこちらを察知し、敵が一斉にこちらを向く。
ガーゴイルが咆哮。それを合図として、周囲の手下たちが襲い掛かってくる。
「近づくヤツは俺が仕留める! コレーは親玉を潰してくれ!」
「はい。護衛は任せました」
ガーゴイルとの長期戦は御免だ。セルピナに一撃で墜としてもらおう。
そのためにも雑魚は俺が担当するしかない。散開しながら迫る敵を大剣で迎撃。
小悪魔は人間の半分以下の体長だが、こんな非力そうな見た目でもしっかり魔法を撃ちこんでくるのが厄介だ。
水の礫を打ち出してくるのを順々に弾き落としていく。威力は低く今のところ苦はない。
「戦闘のリハビリにはちょうどいいな!」
余裕を示そうと声を張り上げながら、小悪魔のうち一体に迫って首を掻っ切る。
人間のものとは違う、緑色で粘度の高い血液が飛び散った。
仲間がやられたのを見て憤る小悪魔たち。全員の視線が俺に集中する。
「そうだ、こっちを狙え!」
特大魔法を練るセルピナから視線を逸らすためにも、大見得を張って注意を引き付ける。
集団の先頭に立つ小悪魔の羽を斬り、敵が地面に落下。すかさず止めを刺す。
残った敵へ視線を向ける。が、その瞬間目の前に巨大な水流の槍が飛び込んできた。
「なっ……!」
まるで刃のように尖った濁流。慌てて避けた俺の側面を掠めて地面に落ちると、そのまま水飛沫を撒き散らせて爆発する。
破裂の勢いに吹き飛ばされ、俺は地面を転がった。
「あんな高威力の技も使えるのか!?」
起き上がりながら敵を見ると、残った三体の魔物が協力して一つの魔法を練り上げているのが分かった。
一体ずつでは非力でも、協力すれば威力を高めることができるらしい。
「厄介なことを……!」
知能の低い魔物だと侮っていたが、統率のとれた動きをしてくるとなれば認識を改めないといけない。
敵が次の一撃を放つ前に、俺は駆け寄って全員を巻き込む横薙ぎの一閃を放った。
避けようと動く敵を逃さないように軌跡を描き、一気に屠る。
決着。残りは大将であるガーゴイルだけだが――
「あいつ、どこ行った!?」
先ほどまでいたはずの位置にガーゴイルがいない。
俺が小悪魔どもを相手している間に行方をくらませている。まったく気づかなかった。
慌てて周囲に目をやると同時に、ミンテの声が響き渡る。
「きゃあああ!」
見ると、後方へと避難した馬車を狙ってガーゴイルが飛び込んでいくところだった。
いつの間に狙いをあちらへ? いや、それよりも。
「ミンテッ!」
思わず偽名ではない名を叫んでしまったが、そんなことを考えている場合ではない。
ガーゴイルは手のひらに水の弾丸を練り上げ、それをミンテとトクラに向けて撃ち込もうとしていた。
放たれれば馬車ごと吹き飛ばしそうな一撃を構えている。
追いかけて間に合う距離と速さじゃないが、俺は無意識のうちに走り出していた。
「クソったれが!」
今まさにガーゴイルが弾丸を放とうとしている。追いつけない。
焦る俺の耳に、セルピナの凛とした声が聞こえてきた。
「――
次の瞬間、無数の雷撃がガーゴイルを貫いた。
何発もの稲妻が羽を焼き、腕を切り裂き、足を弾き飛ばしていく。
雷はぶつかった衝撃と共に爆発へと変わり、激しい閃光と爆音がガーゴイルを包み込んだ。
「で、出鱈目な威力だな……!」
塵一つ残さず、ガーゴイルが消え去っていく。
やがて爆発音と激しい光の明滅も落ち着き、平和が戻ってくる荒野。突然訪れた静けさに不気味さすら覚えてしまうが、これで戦闘終了だ。
ふう、とセルピナの吐息が漏れ出る。
「ガーゴイルたちは水の魔法を操っていました。雷が浸透すれば出力以上の威力が出ると踏んでいましたが、上手くいったようです」
「お、おう……」
魔法の属性相性について淡々と語るセルピナ。
素人目には高威力で捻じ伏せたようにしか見えなかったが、余裕をもった見通しだったらしい。
何はともあれ、無事に魔物の群れを突破した俺とセルピナは馬車へと戻っていく。
「た、助かりましたぁ」
ミンテが若干涙目になりながら感想を漏らした。
迫りくるガーゴイルが余程怖かったんだろう、深い安堵に包まれた彼女はセルピナに駆け寄るとそのままギュッと抱き着いた。
セルピナも満更でもなさそうに頭を撫でている。
「トクラも無事か?」
「……」
隣にいたトクラに声を掛けると、彼は呆然としながら小さく首を縦に振った。
彼もガーゴイルを間近に見て怖かったのだろうか。言葉もなく俺たちの顔を見ている。
いや、訝しんでいるのか? 咄嗟に呼んだミンテの名前に気づいたのかもしれない。
トクラ自身は人柄の良い相手なので事情を話せば分かってくれそうだが、それにしても下手なことをしてしまった。
何か聞かれると思って身構えたが、彼は特に追及することはなく馬車の運転席に乗り込むと、いつもの穏やかな笑顔に戻った。
「さあ、皆さま。おかげで道は開きましたし、出発としましょう。ザグレーン王国はすぐそこですよ」
空元気にも思えるトクラの明るい声色を受けて、俺は警戒しつつも荷台に乗り込んだ。
セルピナもトクラの顔色を窺いつつ、ミンテと共に馬車へ。
妙な緊張感を覚えながら、俺たちはザグレーン王国に向けて再び進みだした。