外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
いよいよザグレーン王国が見えてきた。
ザグレーンは中心部に大きく城が構え、その周囲を民家や露店が囲う形で発展していった円形の都市だ。
大きな街ではあるが、下層から上層にかけて立派な城壁があったトリストリア王国に比べると平坦で簡素な造りに見えてしまう。
それでも辿り着いた正門には立派な鎧を着込んだ兵士が複数人常駐していて、大都市にやってきたという実感が湧いてきた。
「ハッカ。大丈夫か?」
「は、はい……」
緊張した面持ちで古巣を見つめるハッカことミンテ。
俺達の乗る馬車は兵士の前で停止。運転席からトクラが降りて、短いやりとりをしていた。
通行手形だろうか、何かの紙を手渡して馬車を指さすトクラ。紙の内容を確認した兵士達が頷いて、荷車へと向かってきた。危険物が無いか調べるのかもしれない。
顔を確認されるのを避けるように、ミンテが俺の背中側へ隠れる。
すると、兵士の一人が荷物ではなくまっすぐこちらへ近寄ってきた。
「失礼する。君達がトクラ氏に同行する冒険者だな?」
「はい。コレーと申します」
堂々と偽名を名乗るセルピナ。
兵士はその名に疑問を持たず受け入れたが、続けて俺の顔をチェックして……最後にまじまじとミンテの顔を見た。
そして、後ろに控える他の兵に向けて頷く。
次の瞬間。
「捕らえろ!」
短い号令と共に、兵士達が血相を変えて荷台に乗り込んできた。
「なっ……!」
そのまま俺とセルピナ、ミンテが取り押さえられる。
抵抗すべきか悩んだがセルピナは首を横に振った。ここで大事にすべきではないという判断だろう。
しかし、今ミンテの正体が露呈したにしては何かがおかしい。まるで最初から怪しまれていたような、統率のとれた動きに思える。
困惑する俺達に、トクラが告げた。
「新人冒険者と言う割に身のこなしが鮮やかだったので、最初から疑っていたのです」
「トクラ……アンタの仕業か?」
「はい。助けてもらった恩もあるので心苦しいですが、通報させていただきました」
言葉どおり、本当に申し訳なさそうにしているトクラ。悪意をもった行動というわけではなさそうだ。
それにしても、通報だと? 少なくともトクラの前では何も怪しい動きはしていなかったはずだが……。
荷台の床面に抑えつけられている俺とセルピナに対し、ミンテは立ち上がった状態で二人の兵士に後ろ手で腕を取られていた。
抵抗しようと身をよじらせる。
「離してください! あたしは……」
「あたしは、なんだ? 第二王女なので丁重に扱えか?」
突如、重く響く声が聞こえてきた。
兵士達が道を開く。その真ん中を一人の男が悠々と歩いてくるのが見えた。
豪華な白のローブ姿。優秀な魔法使いの一人だと推測されるが、それよりも。
男は今、あいつをはっきり第二王女だと呼んだ。
ミンテの方も彼の顔を見て目を見開く。
「ゲトーお兄様……」
ミンテの口からその名が漏れ出る。
彼女と特に親しくしていた家族は第二王子であるネイロスだ。今でも手紙での親交があり、名前もよく口にしている。
次にミンテから名前が挙がるのは第一王女であるポプラ。魔法の講師もしており、ミンテを指導していたこともあるらしい。
しかし彼はそのどちらでもない。俺たちよりも年上に見える荘厳な雰囲気から察するに、第一王子か。
ミンテと同じ栗色の髪。わずかにウェーブがかった長髪から、どこか気怠そうにも見える険しい瞳が覗いている。
「このトクラという御者から手紙で告発があった。ミンテに酷似した少女が、二人の冒険者とザグレーンに向かっているとな」
「念のために連絡したのですが、先ほどフェブルスさんがお名前を呼ばれたので確信を持てました」
トクラが自身の振る舞いを説明する。
これは迂闊だった。いくら公務に出ていない不出来な娘と言えど、ミンテは立派なザグレーン王国第二王女。国民から顔を指される可能性は充分にある。
トクラは最初から彼女がミンテである可能性を疑っていたわけだ。俺がうっかり名前を呼ぶよりも前に、念入りに手紙まで出して。
第一王子ゲトーは俺やセルピナに視線を向けて淡々と告げる。
「君たちの事情は後で聞くが、まずは不肖の妹を連れ帰ってくれたことに礼を言おう」
「……」
嬉しくない賞賛だが、返す言葉もない。
この状況で幸いだったのは、俺やセルピナの正体に気づいていないことか。特に俺は勇者クリーズを殺し、事実上ミンテを誘拐したような立場。探られると危うい。
「ミンテはこのまま来てもらう。同行していた二人は一度牢に入れろ」
「はっ!」
素早く指示を出したゲトーは、そのままミンテを連れて歩き去っていく。
連れていかれるミンテの不安そうな顔が、俺の脳裏に焼き付いた。
◇
「くそっ! トクラの野郎!」
牢の床を殴りつけると、隣でセルピナが諌めてきた。
「落ち着いてください」
「俺たちはあいつに嵌められたんだぞ!」
「国を挙げて捜索していた第二王女が見つかったのですから、彼の対応は間違っていません。我々には不都合ですが、逆恨みはやめるべきです」
こんな状況なのに冷静に物事を判断するセルピナの言葉。
心強いが、流石に淡白すぎないだろうか。普段から無表情な奴とはいえ、動じなさすぎて不気味にすら思える。
まあ、おかげで俺も思考する余裕ができたので感謝すべきなんだろうが。
「しかし、どうする? 武器も持っていかれたし、ここで大人しくするしかないのか?」
「脱獄します?」
事も無げに提案するセルピナ。
あまりにも当然な様子で言うので、策があるのかと期待してしまう。
「できるのか?」
「まず、あなたが私の体を引きちぎってバラバラにし、牢の外へ投げ捨てます。私の肉体が再生して、表から鍵を開ける。どうでしょう?」
「……本気で言ってるのか?」
「冗談です」
女神の加護を使って無限に蘇生できるという不死のセルピナ。そんな彼女の恐ろしい提案に俺はドン引きした。
そんな涼しい顔で言う冗談じゃないだろう、それは。
セルピナは確かに体を再生できるが、痛みは感じると本人も言っていた。その作戦はあまりにも荷が重過ぎる。
第一、武器のない俺には彼女をバラバラにする手段がない。
「しかし、最悪の場合は自分の魔法で自分を砕くこともできます。本当に案が無くなったらその時は覚悟を決めましょう」
「……そうならないよう、早めに対案を出すとするか」
そもそも、今の段階で俺たちに処罰が下る可能性は低い。
事情は聞かれるだろうが、ミンテは健在で俺たちには特に嫌疑も掛かっていない。大人しくしていればいずれ釈放されるだろう。
問題はあいつ自身だ。家出娘として叱られるだけならいいが、婚約者の死や失踪について追及されるとまずい。
俺のことは勿論、勇者暗殺を依頼した第二王子ネイロスについてバレるのもリスクになる。
……だが、もしミンテが王国での暮らしに戻れるなら。
それはそれで、あいつにとっての幸せかもしれない。
血生臭い戦場にいるよりはずっと――
「フェブルス。誰か来ます」
セルピナの声で、思考の海から引き戻された。
牢に続く廊下を歩く足音。それがゆっくりとこちらへ向かってくる。
尋問官か? それとも別の刺客か?
息を呑んで相手を待つ。
「手荒な真似をして申し訳ありません。旅の方々、お怪我はありませんか?」
そこに現れたのは一人の女だった。ふんわりとした長い巻き毛と、物腰の柔らかいフェミニンな人物。
正体が分からないため迂闊に発言もできず、俺とセルピナは黙って相手の様子を窺う。
牢の向こうで、彼女は恭しく一礼した。
「わたくしはティシー。――勇者ティシーです」