外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
勇者。その名乗りに思わず身構える。
ザグレーン王国に新しい勇者がやってきたという話は旅の途中でトクラから聞いていた。
彼の評では「お綺麗な女性勇者」とのことだったが、たしかにティシーは華やかな印象を受ける相手である。
しかし、見た目の華美さに騙されてはいけない。どんな
警戒する俺を他所に、隣でセルピナが問いかける。
「勇者ティシー様。私たちに何か御用ですか?」
「まずは夫の……ゲトーの無礼を謝罪させてください」
そう言って、彼女はもう一度頭を下げた。
「待て。夫と言ったか?」
「はい。正式な婚姻はまだですが、既に公表もされておりますわ」
ティシーはそう言って、恥じらうように笑う。
勇者クリーズと第二王女ミンテの結婚が最悪な形で幕を閉じて一年。
少しでも明るい話題が欲しいザグレーン王国は、手早く次の政策を仕掛けていたらしい。
「ゲトーは気難しいところがありまして。亡くなった妹君に折り合いをつけたところで彼女が見つかったことから、動揺されたのだと思います」
「それでわざわざ謝罪に?」
セルピナが疑問をぶつける。
ティシーは頷いて、袖口から鍵を取り出した。
「わたくしがお二人のお話を聞き、そのまま解放しても良いということで話をつけてきました」
「そんなことしていいのか?」
薄く微笑みながら牢屋の錠を開くティシー。
脱出について悩む間もなく釈放されて、なんだか拍子抜けだ。
「ついてきてください。応接室でお喋りしましょう?」
そう提案すると、彼女はくるりと身を翻して歩き出す。
おっとりした印象のティシーだが、腹の内が読めず疑念は晴れない。
しかし躊躇う様子もなくセルピナが付き従ったので、俺もついていくことに。
牢を抜けて廊下を進むと、すぐにザグレーン城内へ繋がった。
この国も城の中に牢屋を設けているとは、随分と物騒なことで。
「しかし、アンタ一人で会いに来るのは不用心じゃないか? 俺たちがミンテを攫った賊だったらどうする?」
護衛一人つけずに進んでいくティシーに、俺は疑いを捨てきれない。
そんな言葉に彼女は鈴を転がすような声で笑った。
「わたくし、これでも勇者なのです。賊に負けたりはしませんわ」
「随分な自信だな」
どんな力を使うのかは知らないが、俺には通用しない。
もちろん此処で無意味に彼女を始末するつもりはないが、余裕綽々といった様子のティシーに対して警戒心は強まっていく。
自信があるということは、それだけ強力な能力《スキル》を隠し持っているはず。
俺の敵対心を意に介さず、彼女は朗らかに話を続ける。
「それに、わたくしはお二人を疑っていません。ミンテ様と顔を合わせたことはありませんが、ゲトーの大切な妹を連れ帰ってくれたのですから感謝しています」
「ティシー様はお優しいのですね」
セルピナが感想を漏らす。
たしかに、立派な考え方だ。見ず知らずである義理の妹の帰還を喜んであげられる清い人間。
良い勇者……なんて言うと、ミンテが歓喜しそうである。
「さあ、こちらです。どうぞ」
やがて、彼女は城の一室に俺たちを招き入れた。
アンティーク調の家具が並ぶ部屋。落ち着いた雰囲気の応接室だ。
ティシーは一人用のソファに座って俺たちを手で促す。それに倣って、テーブルを挟んだ対面のソファに腰掛けた。
召使いと思わしき人間が食器を運んできて、三人分のティーカップにそれぞれ紅茶を注いでいく。
「勇者ティシー様。改めてになりますが、冒険者のコレーです。ミンテの同行者でもあります」
「……フェブルスだ」
偽名を使いつつ、一応の挨拶を済ませる。
記憶に刻むように一度頷いたティシーは、紅茶と一緒に運ばれてきたクッキーを一つまみすると、フッと息を吐いてこちらへ視線を向けた。
「ミンテ様との関係について、お話いただくことは可能でしょうか?」
いきなり本題に入り、俺はわずかに強張ってしまう。
が、これはセルピナが上手く説明してくれた。
「私はトリストリア王国でミンテに出会い、二ヶ月ほど共に旅をしています。まだ短い期間ではありますが、彼女から信頼は得ているつもりです」
俺のことは完全に省略し、自身とミンテの馴れ初めだけを語っている。
その言葉をティシーは素直に受け止めた。
「お二人とも、ミンテ様を心配なさっているのがよく伝わってきます。きっと良いお仲間なのでしょうね」
「ありがとうございます」
「わたくしはお二人を信じますが……現在、この国は少しばかり殺気立っておりますの」
その言葉に、セルピナが予想を口にする。
「魔物が増加しているからですか?」
「それもあります。ですが根本として、一年前にミンテ様が行方不明となり、婚姻相手である勇者クリーズ様も亡くなってから、国内には重い空気がずっと流れているようでした」
その件について、俺が当事者だと勘付かれるわけにはいかない。
なんとか平静を装って聞き流す。
「クリーズ様より前には、戦闘隊長である将軍や国の宰相も亡くなっていたのだとか。とにかくザグレーン王国には明るい話題がなかったのです」
そこまで話してから紅茶を啜るティシー。
ザグレーン王国に来る前から貴族や皇族だったのだろうか。その所作は随分と様になっている。
凛とした雰囲気。それに反して、時折緩んだ笑顔を見せてくるのが印象的だった。
「おかげと言うと不謹慎ですが、わたくしがゲトーと出会ってすぐ婚姻の話が挙がりましたわ。彼の
「……立派なお考えですね」
セルピナが彼女の考え方を評する。
実際、ここまでの話を聞いてもティシーには悪意のようなものは感じられない。
夫になるゲトーへ好意を見せ、ミンテの心配をし、俺たちの釈放にも尽力してくれた。
信用していいのだろうか? 俺が、勇者のことを?
「身の上話はこの辺りにして、ミンテ様の処遇についてお話しなくてはなりませんわね」
ミンテの処遇。その言葉に嫌なものを覚えて身構える。
「ミンテに処罰はあるのでしょうか?」
「今お話した様子ですと、やはりコレー様もフェブルス様も悪い人だとは思えません。何もない、と言いたいのですが……」
この短い顔合わせだけでも、ティシーは随分と明るく笑う人物という印象がついている。
しかしそんな彼女ですら、この件については話しづらそうにしていた。
「勇者クリーズ様の死にミンテ様がどう関わっていたのか。そして今日まで何をされていたのか。それを語った上でゲトーやザグレーン国王様がどのように結論を出すのかは心配です」
無表情なセルピナの顔がわずかに曇る。一緒に過ごしてきた俺たちにしか分からないような微細な変化だが、ミンテのことを心から心配しているのが分かった。
俺はどんな顔をしているのか。他人のことなんてどうでもいいが、ミンテが無事ならその方がいいのは間違いない。
俺たちを案じたのか、ティシーは穏やかな表情で答える。
「経緯は分かりませんが、言ってしまえば年頃の娘の家出です。わたくしは大事にすべきではないと思いますわ」
「そりゃ、そうなればあいつも安心するだろうが……」
大人たちに詰問された時、ミンテがどこまで真実を語るのか。その結果どうなってしまうのか。
気が気ではなかった。
すると、ティシーがニッコリと微笑んで俺を見る。
「わたくしに時間をください。四日……いえ、三日で構いません」
「……何をするつもりだ?」
「できる限り穏便に済むよう、皆を説得してみせますわ」
そう言って、彼女はグッと拳を握った。
何を企んでいるのか、まったく読めない。こんな時にミンテがいれば、相手の嘘を見抜いてくれたのだろうか。
疑り深い俺にチラりと目配せしてから、セルピナが頷く。
「ティシー様。ミンテをどうか……よろしくお願いします」
すっかりティシーを信頼した様子で頭を下げるセルピナ。
ティシーは他人に愛されるオーラのようなものを纏っている女だ。ここまでの話でも嫌味がない。
俺も壁を取っ払っていいのだろうか。
頭を悩ませつつ、一応ティシーに向けて小さく首肯しておいた。