外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
ティシーに後を任せた俺たちは、しばらく滞在するであろう宿を選んでようやく一息ついた。
時刻はすっかり夜。ザグレーン王国に来て投獄されて出所して……と、かなり長い一日だったように思える。
「……で、なんで同部屋なんだよ!?」
チェックインをセルピナに任せて考え込んでいた俺は、彼女が一部屋しか予約していなかったことに気づかなかった。
荷物を下ろしたセルピナが、キョトンとした顔でこちらを見てくる。
「ミンテもいませんし、わざわざ一人一部屋とるのはお金の無駄でしょう?」
「いや、恥じらいってものがあるだろ」
「恥じらい? 何故です?」
「あー、お前がいいなら別にいいが。……いいのか?」
もちろん万が一にもセルピナと何か起きたりはしない。しないが!
こうも意識されていないと、それはそれでどうなんだという気もする。
とはいえ本人が気にしないなら考えても仕方ないか。ひとまずベッドに座り込む。
当然ながら部屋のベッドは二つあるので、そこは安心だ。
「オルク」
が、セルピナは躊躇なく俺の隣へ座ってきた。
本当に警戒心とかないのか、この女は。
「そっちのベッドに座ればいいだろ」
「いえ、その……」
躊躇いがちにこちらへ視線を送り、不安そうな顔を見せるセルピナ。
いつもと違うしおらしい態度は年齢相応の少女らしさを秘めていて、何故か少し緊張する。
って、何を考えているんだ。
どうにも不自然だ。セルピナも、俺も。
「なんなんだ、さっきから」
「……ごめんなさい。失礼します」
何がだ? と問いかけるより前に。
セルピナは俺の背中側に手を回し、そのまま体を密着させた。
……え? は?
「な、何やってんだ……!?」
「少しだけ。このままでいてください」
近づいた彼女の声と息が耳にかかる。
決して着飾ったりしない無骨な女魔導士セルピナ。彼女から漂う、汗の混じったほんのり甘い香りを吸い込んで、知らぬうちに体が強張っていた。
なんだこれは。何が起きている?
セルピナが俺を抱きしめて数秒。いや一瞬だったのかもしれないが、永遠にも感じる時間が流れた。
それから、ゆっくりと体を離す。
互いの視線が交差するも、俺から何を言っていいのか分からない。
セルピナが薄く唇を開いた。
「……やはり、そうですか」
「いやいや! どういうことだ? なんかおかしいぞ、お前」
「そう、ですね……」
曖昧な返答にこちらは困惑しきりだ。
セルピナは世間的に美人だと分類される人間である。切れ長の瞳で冷たい印象を受けるものの、その容姿からトリストリア軍人時代にも人気があったと聞く。
そんな彼女と二人きり。そして、何故か突然抱きしめられた。
流石に、何の意識もせずいられるほど俺も無頓着ではない。
「オルク」
「せ、セルピナ……?」
「……先ほど、勇者ティシーに何を感じましたか?」
「え?」
突然ティシーの名前が出てきて、俺の意識が現実に引き戻される。
そうだ。そうだった。
今やるべきは、ミンテを含めたこの国の状況と俺たちの今後について相談すること。
まずは出会ったばかりの勇者、ティシーの所感について意見を交わすのが道理。
それが当たり前のことだ。
彼女の行動理由がよく分からないのはモヤモヤするが、何故か乱されていた自分の感情を振り解いて切り替える。
「勇者だと聞いてずっと怪しんでいた。だが、少なくとも話している時に不自然な点は見受けられなかったぞ」
「そうですね。私も同じ感想です」
セルピナは、自身の右手を胸に当てて深呼吸する。
ティシーにおかしな点はない。それで意見が合致しているなら問題なさそうだが。
「ですが、変なのです」
「何が?」
「今オルクは、ずっと怪しんでいたと言いましたね?」
「ああ」
「私もそのつもりでした。しかし……」
なんとも歯切れの悪いセルピナ。
何を言い出すのか注視しながら言葉を待つ。
「彼女と会話してから、思考が安定しないのです」
「なんだそれは?」
「疑う気になれない、というべきでしょうか。あの人の発言が頭に入ってくると、それがとても正しいことのように思えてならないのです」
それがどんな状態なのか、イマイチ把握し切れない。
ティシーは物腰も柔らかく、それでいて発言に謎の説得力があった。ミンテの処置を任せた件も、疑いこそすれど俺も納得している。
しかし、セルピナ本人も上手く言葉にできない違和感があるらしい。
「発言に不自然な点はありません。むしろミンテのことも私達のことも気にかけてくれる、お優しい人物だと思いました」
「ああ。正直、俺も疑い切れていない」
そう言う俺に向けて、セルピナはグッと体を近づける。
部屋に入ってからやけに距離が近い。俺からしてみれば、彼女の態度の方が余程疑わしかった。
「オルクの意見と、私が感じたもの。それは同じようで違うものだと思います」
「どういう意味だ?」
「……ごめんなさい。まだ整理できていません」
相当混乱しているようだ。
普段冷静なセルピナがこれだけ不可解な反応をしているというだけでも、異常事態と言えるだろう。
「ですが、今こうしてオルクに触れたことで私の中にある違和感をようやく言葉にできました」
セルピナが俺の手に左手を添える。
彼女の冷たい指先から、それでも確かな体温を感じた。
「つまり、今まで疑問を口にすることすらできなかったってことか?」
「はい。牢屋で勇者ティシーと出会ってからここまで、私はわずかな違和感を覚えながらもそれを言語化できなかったのです」
「それは――」
俺にそんな感覚はない。最初から最後まで、ティシーを注視しながら会話を進めていた。
しかしセルピナはあの場で彼女の言葉をすべて受け入れ、疑問を感じながらもそれを問うことができなかったという。
俺に効かず、彼女には影響したもの。頭の中に一つの予測が生まれる。
「まさか、女神の加護か?」
女神アプナによって授けられた
ティシーは自らを勇者――女神の加護を与えられた者だと名乗っている。能力《スキル》の詳細は語らなかったが、当然何らかの力を持っているはずだ。
そして、俺はそんな女神の加護を無効化する<
「まだ断定はできません。ですが、こうしてオルクに接触することで私は思考が正常化できました」
「あ、ああ。そうか、それで俺に触れていたんだな」
セルピナは自分の思考が何らかの形で妨害されていると感じ、俺に触れることで勇者の能力《スキル》を解除できるか試したわけだ。
操られていたのだとすれば、よくそんな機転が利いたものだと感心する。
「……それで、なんでまだ俺の手を握ってるんだ?」
「迷惑でしょうか?」
「いや、別にそういうのじゃないが……」
指摘してもなおセルピナは手を離そうとしない。
本当に断じて言うが、俺にやましい気持ちはない。ないんだが……少々居心地悪くは感じている。
「オルク。私が最初にした依頼を覚えていますね?」
突然、真剣な表情で問われる。
彼女の出会いを忘れることはない。しかし、その問いかけが何を意味しているのかを考えると答えに詰まった。
俺が返事をしないと察して、セルピナは続ける。
「もし勇者ティシーが何かを企んでいて、私の意識が奪われたりした時は」
「待て。まだ奴の正体は分かっていないし、その判断は早計すぎるだろ」
「……そうですね」
セルピナは言葉を止めて、俺から離れて立ち上がった。
こいつ、何を言おうとした?
セルピナが最初にした依頼。それは勇者――セルピナ自身を殺すというもの。
不死の力を持つ彼女がその呪縛から逃れるためには、
あの時は依頼自体が有耶無耶になって終わっていたが、依頼を思い出させようとしたということは。
「セルピナ。一つ言っておくぞ」
「はい」
「俺は<死神オルク>だ。依頼に応じて処刑することに躊躇いはない」
彼女は黙って俺の表明に耳を傾けていた。
相変わらずの無表情で、こちらの言葉をどう受け取っているかは分からない。
「けどな、無駄な殺しはしない。他の手があるなら俺は足掻くぞ」
ティシーが持つ何らかの力でセルピナが操られたとすれば、俺はそれを無効化できる。殺す必要はない。
そんな答えを求めているとは思えなかったが、セルピナは俺の言葉に頷いた。
肩の力を抜いて、ふうっと息を漏らす。
「私は死を覚悟した人間です。なので、オルクが足掻いてくれるならばどんな手段でも受け入れます」
「……なら、無茶苦茶な手でも使って助けてやるさ。安心しろ」
死神として仕事をしていくなら、仲間を切り捨てる覚悟も必要だ。情が移ると咄嗟の判断が鈍ってしまう。
それでも、今この場で彼女に手を下す想像はできなかった。
……毒されてるんだろうな、俺も。