外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
結局、昨日はあまり眠れなかった。
ベッドに入りセルピナが寝息を立て始めたのを確認してから、夜風を浴びるために散歩し、頭の整理をつけた時には既に明け方近く。
一応俺も自分のベッドに入って目を閉じてみたものの、少ししてからセルピナが起床するのに合わせて起き上がって今に至る。
「大丈夫ですかフェブルス? あまり顔色が冴えませんが」
「……気にするな」
路地を歩みながら、心配の声をかけてくるセルピナ。
その何気ない声から、昨日の記憶が呼び起こされる。
彼女から伝わってきた体温。生きているというたしかな証。
それを肌で感じて、俺はどうすべきなのか。いざという時に彼女を斬る覚悟はあるか。
今でも頭の中で雑念がぐるぐる回っている。
が、それはそれだ。別に今セルピナがおかしくなっているわけでもないし、そもそも勇者ティシーの件だって杞憂かもしれない。
目下、やるべきことをやらなければ。
「今日はどうするのですか?」
「ああ。まずはティシーの評判について聞き込みをしたい」
「では、この国の住民に聞いて回るべきでしょうか」
「いや。最初に会っておきたいヤツがいる」
ピンと来ていない様子のセルピナが小首を傾げる。
誰のところに向かっているかはすぐ分かるので、俺は黙って突き進んだ。
露店が多く立ち並ぶ市場のエリアに出て、周囲を見回す。
此処にいるだろうという見立てどおり、早速目的の人物が目に入った。
「よう。昨日ぶりだな」
何やら露店の店主と熱心に語り合っていた背中へ声をかける。
ビクりと震えた体が、ゆっくりとこちらに振り返った。
「ふぇ、フェブルスさん……!? コレーさんも……」
「ああ、トクラさんでしたか」
感情のこもっていないセルピナもといコレーがその名を口にした。
俺たちをザグレーン王国へ売った行商人、トクラが冷や汗を流している。
まさかこんなに早く俺たちが釈放されるとは思っていなかったのだろう。幽霊でも見たような顔で呆然としていた。
「そうビビるなよ。何も取って食おうってわけじゃない」
「お助けくださいぃ!」
そう怯えられると話にならない。彼の首根っこを捕まえて露店から離れると、大通りから外れた路地裏に引きずり込んだ。
恐怖で青ざめるトクラと向き合う。
薄暗い周囲をぐるりと見回して、彼は目に涙を浮かべている。
「殺さないでください……!」
「殺さねぇよ。アンタ、俺のことなんだと思ってんだ」
「だだだだって! こんなところに連れてこられて、無事で済むと思えますか!?」
至極真っ当なことを言うトクラ。
そもそも俺は死神と呼ばれる男なので、殺されるかもしれないという予感は正しい。
今の慄く彼相手になら、どんな尋問でも成功しそうだ。
詰め寄って、睨みを利かせながら問いかける。
「とりあえず質問だ。ミンテのことを通報したのはどういう判断だ?」
「判断って……ザグレーン王国から捜索願いが出されているんですよ? 善良な市民なら誰だってそうします!」
やはり想定通りだ。彼は悪意を持ってミンテを差し出したわけではない。
あくまでも国のため。これは牢の中でセルピナも予測していたことである。
しかし、その答えでは疑問が残る。
「アンタは旅の行商人だろ。この国の出身ってわけでもないだろうし、信心を見せる必要はない」
「そ、そんなこと言われても! 国のお姫様ですし……。新しい勇者様が熱心に捜索されていましたから、お役に立ちたいと思うのはおかしなことではありません!」
ザグレーン国民でもないのに、見上げた信仰心である。
ここでセルピナが前に出た。
「トクラさんは、勇者ティシーと面識があるのですか?」
「そんな滅相もない! 一般向けに広く捜索のお触れが出されているので協力したまでです!」
ティシーに肩入れしているものの、別に関係がある人物ではないようだ。
あくまでも彼女の出した捜索願いを真に受け、ミンテを見つけたので通報したということらしい。
嘘をついている様子はない。しかし、あまりにも忠実すぎるように感じる。
「トクラ。アンタ、勇者ティシーをその目で見たことはあるか?」
「え? ええ。国民に向け、ゲトー様とともにご挨拶されていましたから。そこで国のために尽力すると表明され、私も大変心を打たれたわけです」
トクラがティシーを見たのは、大勢の国民が見守る集会で彼女が挨拶をした時のようだ。
特別、彼個人がティシーに操られたりしたわけではない。判断はトクラの意思によるもの。
「釈放されているということはフェブルスさん達に非はなかったんでしょうし、それについては謝ります! ですが、私だって悪気があったわけではないのです!」
必死に釈明するトクラ。
先ほど、俺は彼を引っ掴んで此処まで連れ込んでいる。直接触れている以上、何かしらティシーの
では、あの女が持つ力は洗脳ではないのか? 彼の忠誠はただの善意によるもの?
「私はミンテほど勘が鋭いわけではありませんが、嘘をついているようには見えませんね」
「同感だ」
セルピナと意見が一致。どうやら考え直す必要があるみたいだ。
勇者ティシーと邂逅した瞬間から、セルピナは自身の思考が制限されたように感じていた。ティシーに対して浮かんだ疑問を口にすることができないような感覚だったと。
だからこそトクラの通報にも何らかの洗脳効果が付与されていると考えたのだが、どこかに見落としがあるらしい。
「これ以上トクラに問い詰めても答えは出なさそうだな」
俺がそう言うと、トクラはホッと胸を撫で下ろした。
それから襟を正してこちらに向き直る。
「そもそも、私はミンテ様を見つけたと素直に進言しただけです。フェブルスさん達が捕まるとは思っていませんでした」
「怪しい人間たちと一緒にいると伝えたんじゃないのか?」
「手紙には身元不明の冒険者だと書きましたが、ミンテ様が脅されたりしている様子はないと詳細も伝えましたよ!」
トクラの手紙に何が書かれていたのか、今更俺達が知る由もない。
彼の言葉を信じるならば、通報を受けたゲトーが半ば強行的に捕らえたともとれる。
「ティシーの言葉だと、ゲトーは気難しい男で、亡くなったはずの妹が見つかって動揺したんじゃないかという話だったな」
「たしかにそんな事を言っていましたが……ティシーの言葉を信じてもいいのでしょうか?」
「なんとも言えないところだ」
未だにどのような
しかし第一王子ゲトーが独断で俺達を捕らえて、ティシーが釈放に尽力してくれたのだとすれば、こちらに敵意を持つのはゲトーだという可能性もある。
誰が敵で、どう戦うべきか。
「ティシーがミンテをどうするつもりなのか。二日後に答えを確認するしかなさそうだ」
「申し訳ないです。私が正気であれば、あの場で彼女に任せるなんて判断はしなかったのに」
「気にするな」
困った顔をするセルピナにそう言うと、少しだけ彼女は表情を軟化させた。
自然体なその顔を何故か直視できず、俺は無言で歩き出す。
どうにも変に意識してしまう。早くいつもの調子を取り戻さないと。