外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
ザグレーン王国内を調査して、いくつか分かったことがある。
一つは、勇者ティシーの評判がすこぶる良いことだ。
誰に聞いても、答えとして返ってくるのは「美人で心優しい勇者」「ゲトー王子の婚約者として相応しい」という言葉。
皮肉すら出てこない称賛っぷりが、俺の中で彼女の疑わしさを増長させている。
「こんなことがあっていいのか?」
賛美の嵐を受け、聞き込みの最中に思わずぼやく。
セルピナも、その評判をどう見るか図りかねているようだ。
「勇者ティシーには何かある。それは確実です。ですが……」
「ですが? なんだ?」
「どれだけ考えても、彼女の動きに不自然な点はありません。民のために尽力する様子から、評判も納得がいくものでした」
本当にそうか? と言いかけて俺は押し黙る。
セルピナの言うことは正しい。
勇者を憎む俺でさえ、ティシーから悪意や敵意は感じていない。
それどころか、聞き込みの中で彼女の善行が次々に明らかとなった。
率先して前線に赴き魔物と対峙する。民草の声を聞いてゲトーへ届ける。公務に励む健気な姿を多くの人間が目にしている。
疑わしい点のない相手。それでも調査を続けているのは、セルピナが疑念を持っているからなんだが。
当の本人が迷っているなら、俺もどうしていいのか困る。
「しかし、この国の違和感は他にもある」
「魔物のことですか?」
「ああ」
この街のギルドにも立ち寄り、冒険者向けの依頼を確認した。
事前に聞いていたとおり、ザグレーン王国の近隣には凶悪な魔物が多数うろついているらしい。高額の報酬を謳うクエストが山のように用意されている。
が、それにしてはおかしい。
「この国は至って平和だ。魔物による混乱は全く起きていない」
「そうですね。まるで魔物たちが近づくのを恐れているようです」
ピンチの際には前線に立つこともあるティシーだが、そもそもこの国にはあまり危険が及んでいない様子だった。
それすらも彼女の策略なのか、考え過ぎか。
何にせよ。
「結局、今の俺たちにできるのは、二日後にヤツがどう動くのか見極めることだけだな」
「ええ。ですのでフェブルス」
「ん?」
セルピナがこちらをジッと見つめてきた。
「彼女と会う際に、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
真剣な眼差しに、緊張感が走る。
セルピナは二日後に向けて、ある提案をしてきた。
◇
時は満ちた。いよいよ勇者ティシーと再会する時。
正面からザグレーン城へ向かうと、多数の兵士と共に正門へ立つ彼女の姿があった。
肝心のミンテはいないが、どう出るつもりだ?
「御足労いただきありがとうございます。コレー様、フェブルス様」
「はい。さっそく本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。ですが、その……」
そこで、ティシーは目を泳がせた。
懸念事項があるらしい。警戒しつつ動向を窺う。
「詳しくは城内でお話したいのですが、構いませんか?」
「……ええ」
俺たちを城内に誘い込む流れになる。
疑わしい提案にセルピナも迷ったようだが、同意しないことには先に進まないだろう。
こちらの返事にティシーは頷いて、歩き出そうとする。
が、そこで彼女が俺たちの変化に気づいた。
……いや、気づいて当然のことをしているんだが。
「あら? お二人はそういう関係だったのでしょうか?」
「……気にするな」
セルピナからの提案。
それは、勇者ティシーが放つ何らかの認識阻害に対抗するため、会談中ずっと俺が手を握っておくというものだった。
絶対にお断りな作戦だったが、ティシーが何を仕掛けてくるか分からない。
念には念を入れてということで、半ば強引に同意させられたのだった。
「うふふ。仲良きことは美しいです。わたくしは気にしませんわよ」
「御託はいいから、行くなら行け」
茶化すように微笑むティシーの反応に嫌気が差しつつ先を促す。
間違いなく勘違いされたぞ。腹立たしい。
不快感を覚える俺の気持ちを差し置いて、多数の兵に囲まれながら城の中へ進んでいく。
その移動中、早速彼女は本題を切り出してきた。
「はじめに謝罪しなくてはなりません。わたくしの力が及びませんでした」
「どういうことですか?」
何に対して謝っているのか分からず、セルピナが聞き返す。
ティシーは随分と勿体ぶってから、躊躇いがちに口を開いた。
「ゲトーや国王様とは話をつけました。ミンテ様の失踪については不問になっています」
「不問? なら問題ないだろ?」
「はい。そちらは問題ありません」
じゃあ、この話題は何を言おうとしている?
回りくどい言い方のティシーに苛立ちを覚えていると、セルピナがギュッと手を握って合図してきた。
冷静になれ、ということだろうか。
……この固く結んだ手も、冷静さを欠く要因になっている気がしてならない。
「問題は、ミンテ様自身です」
「……何?」
ティシーがボソりと呟いた。
意味分からず、俺とセルピナは互いを見る。
「ミンテに何かあったのですか?」
「ええっと。わたくしが彼女と直接話をして、これからどうしたいかを聞いたのですが……」
ふう、と軽く深呼吸をしてティシーが立ち止まる。
何処かの部屋の前だった。俺たちはここに案内されていたらしい。
ティシーが扉をノックする。
「ミンテ様、ティシーです。コレー様とフェブルス様がいらっしゃいました」
どうやらこの部屋にミンテがいるようだ。遂に連れ戻すことができるんだな。
が、部屋の中から聞こえた返答は予想外のものだった。
「帰ってもらってください」
「は? おいミンテ。今なんつった?」
何かの間違いではないかと思い、聞き返す。
すると、ミンテはさらに強い語調で伝えてきた。
「オル……フェブルスさん。顔を見ると別れが寂しくなるので、このまま帰ってください」
ミンテが、顔も見ずに帰るよう要求している。
一年ぶりに実家に帰ってきたので、普通の子どもならそう言い出すのも分からなくはない。
けれど、ミンテに限っては不自然だ。そんなことを言うヤツじゃないはず。
セルピナも眉間に皺を寄せて問いかける。
「ミンテ。何があったのですか?」
「……あたしはとんでもない事をしてしまったんです。罪を償わないといけない」
「罪、ですか?」
何のことだろうか。
かつて勇者クリーズとの婚約を破棄したこと?
それとも、その後に家を飛び出して俺と旅を始めたこと?
何であれ今更だ。ミンテはそれを背負ってでも自由を求めていたはず。
「とにかく、あたしは二人と一緒には行けません。早くザグレーン王国から出て行ってください」
明らかに本人の望みとは異なる発言だ。これも勇者ティシーによる洗脳なのか?
俺は目の前にいるティシーへ睨みを利かせる。
彼女はこちらの会話を聞いて困惑した表情を見せている。演技だとすれば大したものだ。
それどころか、そのまま俺たちの説得に割って入ってきた。
「ミンテ様。わたくしは皆さまの旅について存じていません。ですが、お二人はあなた様を心から心配しているように思います。本当にその決断で構わないのですか?」
「そうです。あたしは、もう二人とは行けない」
「国王様もゲトーも、ミンテ様のことはお許しになると――」
「ティシーさんには関係ないことです! 黙っていてください!」
食い下がろうとするティシーを拒絶するように叫ぶミンテ。
この違和感はなんだ?
ミンテの心変わりがティシーによるものだとすれば、この説得は俺たちへのブラフなのか?
それにしては、状況が読めない。
「フェブルス、どうしますか?」
セルピナが俺を見ている。
ミンテが洗脳されているなら、俺が触れることで勇者の
つまり、この扉を無理やりこじ開けてあいつを捕まえれば済む話だ。
なら俺がとるべき選択は。
「……ミンテ。本当にそれでいいんだな?」
確かめるように聞く。
隣でセルピナが驚いた表情を見せていた。普段は無表情だが、そんな顔もできるのか。
そして、勇者ティシーも俺の言葉に目を見開いていた。
部屋の中から、か細い返事が聞こえる。
「はい。今まで、お世話になりました」
今生の別れを告げるようなミンテの言葉。
俺はクシャクシャと髪を掻いて、なんとか冷静に努めようとする。
「今日のところは一度帰る。だがな、ミンテ。お前が本当にそれでいいのか、今度は顔を見せて教えろ」
返事はなかった。
同意を得ていない、無理矢理作り出した猶予。
俺は踵を返して来た道を戻っていく。手を繋いだセルピナは引きずられるようにしながらついてきた。
部屋の扉と俺たちを交互に見て動けなくなっているティシーを確認し、ザグレーン城を後にした。