外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
翌日。セルピナは早々に宿を出発し、再びザグレーン城へ向かった。
単身でミンテの説得をする。
それは勇者ティシーに隙を見せるということで、何度考えても俺には推奨できないものだったが、ここは彼女に任せるしかない。
それに、俺には俺の役割がある。
「疑わしいのは勇者か、王族か……」
勇者ティシーから悪意が感じられない以上、ミンテの心変わりを促したのは他の関係者かもしれない。
彼らを調べるためのコネクションならこちらにもある。
俺はザグレーン王国内の情報屋に会うべく、城下町を進んでいた。
「たった一年だが、随分と雰囲気が変わったな」
町並みを見ながら、ふと思う。
一年前、勇者クリーズの噂を聞きつけて俺はザグレーン王国にやってきた。そこで運よく勇者暗殺の依頼に辿り着き、任務中にミンテと出会って現在に至る。
あの時のザグレーン王国は、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
国の情勢は悪化の一途を辿り、宰相の失踪や将軍の死といった悪いニュースが重なっていた時期。
唯一の希望が、勇者クリーズと第二王女ミンテの婚約話だったわけだ。
「あの時は、国全体が無理に明るく接していこうという空回りを感じたもんだが……今は元気になってるな」
行き交う人々は、心から楽しそうにしている。
なんなら先の婚約話自体が最悪の結果で終わったというのに、信じられないほどの立ち直り方だ。
これも、勇者ティシーと第一王子ゲトーの結婚が決まったからなのか。
事前に調べたとおり魔物の被害も確認できない。平和そのもの。
「明るさもそうだが、ミンテの情報が流れていないのも気になる」
失踪していた第二王女が見つかったというのに、一切噂になっている気配がない。
既に彼女が戻ってきて四日。国からは何の御触れも出ていないわけだ。
明らかに事実を隠蔽している。これには何か意味があるはず。
そんなことを考えながら、情報屋のいる店の近くまでやってきた。
が、そこで突然声を掛けられる。
「オルクさん」
「……何者だ?」
路地裏からヌッと姿を現したのは、ローブで顔を隠した人物だった。
声色からしておそらく男だが、それ以外の情報は判然としない。こちらの名前を言い当ててきたのも明らかに怪しい。
いつでも剣を抜けるように警戒心を強めながら様子を窺う。
「あなたに会ってほしい人物がいます。ついて来てください」
「アンタ、自分が疑われる格好だって分かってるのか? はいそうですかと行くわけがない」
相手は一瞬だけ黙り込んだが、すぐに決定的な言葉を紡ぎ出す。
「これはあなたとミンテに関わることです」
「なんだと?」
俺の名前だけではなく、ミンテと関係があることも見抜いている。
不信感は強まるが、その名前を出してきたということは当てずっぽうではない。
詳細は聞かざるを得ないだろう。
「……おかしな動きをしたらその場で叩き切る」
「ついて来てください」
ローブの男は短くそう言って歩き出した。
武器の類は見受けられなかったが、一応斬りつけられないように距離を取りながら相手の後ろを進む。
狭い路地裏を抜けていく。その足取りには迷いがなく、うかうかしていると置いて行かれそうだった。
どこまで行くつもりなのか、その歩みは止まない。
やがて城下町そのものを抜け出ようとしたので、俺は思わず待ったをかける。
「待て。どこまで行くつもりだ?」
ザグレーン兵の見張りすらいない辺鄙な裏口に辿り着き、足を止める男。
こんな穴場があったとは。国の警備としては杜撰だが、つまるところ相手は国の地理や警備網にも詳しいということだ。
ますます怪しさが濃くなっていく。
俺の問いに対して、男は周囲に人気がないことを確認してからゆっくりとフードを脱いだ。
「覚えていらっしゃるか分かりませんが……僕です。ネイロス・ザグレーン・メリーノ」
「ネイロス……!」
その顔には確かに見覚えがあった。
一年前、俺に勇者クリーズの暗殺を依頼した男。ミンテの兄。ザグレーン王国の第二王子。
まさかこんなところで再会するとは。
「オルクさんがミンテを連れてこの国に戻ってきたと知り、情報屋の近くであなたのことを探していました。お会いできてよかったです」
そう言って、ネイロスは王族らしい型の決まった一礼をする。
「待て。アンタには聞きたいことが山ほどある」
国の状況。ミンテとの手紙でのやり取り。国王や第一王子ゲトー、勇者ティシーなどの動き。
何より、ミンテ自身の処遇や彼女の反応について。
どれから問うべきか悩むほどだったが、ネイロスは俺の発言を制して続ける。
「歩きながらいくつか答えることは可能ですが、先に目的地に向かいましょう」
「だから、その目的地ってのは何なんだ?」
「それは会っていただければ分かります」
煙に巻いたような言い方をして、ネイロスは再び歩き出した。
城門を抜けて町の敷地外へ。
それに付き従いながら、質問を始める。
「まず、ザグレーンに戻ってきたのは近辺での依頼が多数見られたからだ。アンタとミンテの手紙で国は平和だと言っていたのに、周囲には危険な魔物がウヨウヨしている。これはどうなっている?」
「どちらも真実です。ザグレーン王国の周囲には危険な魔物が蔓延っていますが、国に危害を加えることはありません。国内は平和です」
「何故だ? 国に強力な結界でも張っているのか?」
そんな魔術的防衛網を敷いていないことは分かっているが、一応聞いてみる。
ネイロスは首を横に振った。
「今の平和は、勇者であるティシーさんがもたらしたものです」
「またあの女か。ヤツの
「はい。彼女については、この後詳しく説明されるはずです」
だから、誰にだ? この後会うという存在が、ティシーについて語ると?
まったく先が読めない状況が続いているが、質問を変える。
「次に、この国に戻ってきたらすぐにミンテが捕らえられた。これは誰が何のつもりで動いている?」
「ゲトー兄さんがミンテを捕らえました。僕はその行動を危ういと思い、オルクさんに接触することを決めたんです」
「危うい?」
ゲトーの行動にどのような意味があるのかはは分からないが、こうしてネイロスは裏社会の人間である俺に会いに来た。
つまり、かつて勇者クリーズを暗殺しようとした時と同じぐらいの緊急度があるということなのだろう。
とはいえ、ネイロスは核心に迫ることを何も言っていない。
謎が深まるばかりでむず痒くなる。
すると、今度はネイロスから質問された。
「オルクさんは、この国が信仰に篤い国だというのはご存知ですか?」
「あ、ああ。たしかミンテがそんなことを言っていたな」
女神アプナへの信仰心が深い宗教国家だとか何とか。
そのおかげで、女神から力を授かった勇者を受け入れやすいのだと。
それは分かるが、ここまでの話との関連性が見えない。勇者ティシーを歓迎しているのは国の意思ということだろうか。
「この国では、魔法適性の高い王族の人間が神官として女神の意思を伝えるんです」
「……それは初耳だな」
俺は、無秩序に
だから、そんなアプナの意思を伝える役割とやらが重要だとは思えない。
もちろん他国の宗教に口出しする気はないが、俺はなんと返事すべきか迷った。
「そして、現在女神の神託を承ける役割を担っているのが僕というわけです」
「ほう」
ザグレーン王国が魔法に優れた人間を輩出しているのは知っていたが、ネイロスもそうした存在だったのか。
それでも、話の流れは未だ暗中模索だ。
俺とセルピナはミンテの真意を聞き出し、可能であれば彼女を助けたい。
こんなところでザグレーン王国の信仰心についてご教示いただいている場合ではないのだが。
「さて、オルクさん」
ここで、ネイロスは足を止めて振り返った。
何もない平野。その真ん中で互いに視線を交える。
「今日の僕は、女神の神託をあなたに授ける案内人です」
「よく分からんが。今から女神をその体に降ろしたりするのか?」
「いえ」
女神の神託を承ける神官というのがどんなものなのか、想像するのは難しかった。
ネイロスは頭を振って、首から下げていた六芒星のネックレスをかざす。
そして、何らかの呪文を呟きながらそっと目を閉じた。
何を始めようというのか。
すると。
「なっ!?」
ネイロスの呪文に反応するように、平野の地面がパックリと裂けていった。
その先に、地下へ続く階段が見える。
どうやって大地が動いたのか、この階段の先はどうなっているのか。
幻術でも受けたような気分で俺は呆然としていた。
ネイロスが緩やかに微笑んで言う。
「これから、女神アプナに直接会ってもらいます」