外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第49話 アプナの望み

「……は?」

 

 今、ネイロスはなんと言った?

 女神アプナに会う?

 まったく意味が分からず、俺はゆっくりと思考を整理してなんとか疑問を吐き出した。

 

「女神アプナは何百年も前の存在だろ? なんだ、直接会うって」

「彼女は生きています。今も」

 

 はっきりとそう言って、ネイロスは地下への階段を下り始める。

 女神が生きているだと?

 これは何かの罠かもしれない。

 考えてみれば、今は勇者ティシーやザグレーン王、第一王子ゲトーが暗躍している可能性のある状況だ。

 関係者である第二王子ネイロスだって、俺の味方という保証はどこにもない。

 だが、こちらを誘い込む作戦だとすれば話が荒唐無稽すぎる。普通はもっと怪しまれない、真っ当な理由をつけるはず。

 

「考えても仕方ないか」

 

 セルピナが危険を承知でザグレーン城に乗り込んでいる。

 俺だって多少の無茶をしてもいいだろう。

 そんな理屈の立たない覚悟を決めて、階段へと踏み入れた。

 

「オルクさん。これから聞かされる話は、おそらく多くの疑問や困惑が浮かぶと思います」

「もう既にこっちは大混乱なんだが」

「それはごめんなさい。女神アプナより上手く説明する自信がないので、直接話してもらった方が早いと思いまして」

「アンタ、それでも女神の声を伝える神官なのかよ」

 

 気弱そうな彼の発言にツッコミを入れていたら、少しだけいつもの調子が戻ってきた。こういう言動で、ミンテの兄なんだと感じる。

 そうだ、あいつへの対応と同じ。訳の分からないことは笑い飛ばしてやればいい。

 気楽な気持ちを作って、ネイロスの後ろをついていく。

 地下は岩肌剥き出しの薄暗い通路が続くばかりで、圧迫感を覚えて落ち着かない。

 壁に等間隔で魔方陣のようなものが刻まれ、それが薄く光を灯していた。これのおかげで完全な暗闇にならずに済んでいるようだ。

 足音と息遣いが反響していく。

 その音を聞きながらどれほど歩いたか、しばらくしてようやくネイロスが立ち止まった。

 

「着きました。扉を開きます」

 

 階段の最下層。目の前に、鉄製の重苦しい二枚扉が鎮座している。

 その取っ手にネイロスが指を掛け、躊躇いなく引いていった。

 金属の擦れる嫌な音を鳴らしながら、扉が左右に口を開く。

 

「っ! 眩しいな……」

 

 扉の向こうは、目に痛いほどの純白に包まれていた。

 床も壁も色一つなく、そのせいでどこまで続いているのか分からなくなるほど。

 そんな一面真っ白な空間に、一人の女が待っている。

 と言っても、全身を鎖に巻かれて磔にされたような状態の人物。血色は良いものの、完全に静止しているので生きているのかすら判然としない。

 平衡感覚を失いそうな部屋に、生死不明の女。

 異様すぎる光景に、俺は知らずのうちに震えていた。

 

「あれが、女神アプナです」

「あんな状態で本当に生きているのか?」

「死んでいない、という方が適切かもしれませんが……」

 

 ネイロスが少し浮かない顔をしながら言う。

 それがどういう意味か問う前に、彼は女の方に目を向けて凛とした声を張り上げた。

 

「女神アプナ。勇者オルクを連れてきました」

 

 その声に反応し、突如として女の声が返ってくる。

 

「お待ちしていました。オルク」

「なんだ? 何処から話しかけている?」

 

 目の前の女はピクりとも動かない。

 声は部屋中に反響しているが、その体から発せられているようには思えなかった。

 女神アプナと思わしき声は、こちらの質問を無視して話を続ける。

 

「まず、勇者の能力(スキル)を正しき行いに使ってくれていることへの感謝と、業を背負わせてしまったことを謝罪させてください」

「……ほう」

 

 業と言ったか。この世界に混乱を与えている自覚はあるというわけだ。

 謝罪とは言っているが、彼女の語調には一切の感情がない。あまりにも淡々としていて、寒々しいものを感じる。

 そのまま言い返したくなる気持ちをグッと抑えて、冷静に努めようと頭を振る。

 一旦、語り掛けてくる相手が本物の女神だと仮定した上で問いかけた。

 

「アンタは、何のためにこんなことをしている?」

「元々は、私の甘すぎる目算が起こした悲劇でした」

「悲劇?」

 

 質問の答えになっていない。

 あくまで自分のペースを崩さずに語り続ける女神アプナ。

 

「元々、この世界には二つの能力(スキル)がありました。一つは命を、もう一つは力を与えるモノです」

「命と……力?」

「二人の人間に、それぞれ偶発的に目覚めた能力(スキル)。これ自体は、運命の悪戯だったのでしょう」

 

 この話がどこに繋がっているのか、まったく予想がつかなかった。

 俺たち勇者は、女神アプナによって能力(スキル)を授けられた存在。それを得たタイミングはバラバラだが、彼女が意図して与えた力だと認識している。

 元々あった二つの能力(スキル)が偶発的なものだと言うなら、まったく別の起源があるということか。

 

「力を与えるモノってのは……アンタのことか?」

「はい。私は迷える者に生きるための力を授ける。勇者に復讐したいと願うあなたに<勇者殺し(スキルブレイク)>を与えたように」

 

 適当に相手を選んでいるわけではなく、俺の境遇を見て必要な力を与えたというわけか。

 復讐の機会を得たことを感謝するつもりはない。

 むしろ、俺は苛立ちを覚えていた。

 

「アンタがバラまいた力を悪用したヤツらによって、この世界は混乱に陥っている。分かっているんだろうな」

「申し訳ありません。大いなる目的のためとはいえ、私の望みを世界に押し付けたのは事実です」

「大いなる目的だと?」

 

 次から次へと訳の分からないことを言う。

 これ以上回りくどく伝えられても、頭の中で処理できなさそうだ。

 混乱する俺の態度を察してか、アプナは核心的なことを告げてきた。

 

「私があなた達に加護を与えたのは――勇者を殺して欲しいからです」

 

 かつて、セルピナに言われたのと同じことをいう女神。

 勇者を殺す。それが彼女の大いなる目的ということなのだろうか。

 しかし分からない。その勇者とは誰だ?

 そもそも。

 

「俺たちは最初に能力(スキル)の使い方と、女神アプナから力を得たという事実を記憶に刻み込まれる。そして、その力は魔王を倒すためのものだと聞かされた」

「そうです。私が力と共に、そこまでの説明を付与しています」

「じゃあ、その話は変だろ。俺たちが倒すべき目標は魔王で、アンタの言う勇者じゃない」

「その矛盾は、ただ一つの事実で解決します」

 

 冷たく、彼女は言い放つ。

 

「魔王が最初の勇者。命を与える能力(スキル)を持った人間です」

 

 魔王は人間で、勇者。

 たしかにそれで話の辻褄は合う。

 

「彼はかつてこの世界に絶望し、すべてを壊す決断をしました。一方で、私は彼の行いを止めるために、彼に対抗し得る存在を生み出し続けてきました」

 

 それが、勇者というシステムの全貌なのか。

 少しずつ全体像が見えてきた。

 かつて偶然にも能力(スキル)に目覚めたアプナと男。何があったのかは知らないが、彼らは袂を分かった。

 男は魔王となって世界を破壊することを決め、アプナは女神となって彼を止められる勇者を生み出した。

 

「大筋は理解したが……じゃあ、最初から勇者だけを始末できる力を作ればいいだろう。俺がこれまでに会ってきた氷や毒の勇者に何の意味がある?」

「私は勇者にどのような力が宿るのかを操作できません。候補となる人を探して、加護を付与するだけです」

 

 随分と面倒くさい効果だな。

 俺が脳内で話の整理を終えると、彼女はゆっくりと告げた。

 

「オルク。あなたはようやく出会えた、勇者の力を無効化する勇者なのです。お願いします、魔王を――勇者を討伐してください」

 

 そこで初めて、彼女の声色に確かな感情が灯ったように思えた。

 悲壮の決意という感情が。

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