外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
「……は?」
今、ネイロスはなんと言った?
女神アプナに会う?
まったく意味が分からず、俺はゆっくりと思考を整理してなんとか疑問を吐き出した。
「女神アプナは何百年も前の存在だろ? なんだ、直接会うって」
「彼女は生きています。今も」
はっきりとそう言って、ネイロスは地下への階段を下り始める。
女神が生きているだと?
これは何かの罠かもしれない。
考えてみれば、今は勇者ティシーやザグレーン王、第一王子ゲトーが暗躍している可能性のある状況だ。
関係者である第二王子ネイロスだって、俺の味方という保証はどこにもない。
だが、こちらを誘い込む作戦だとすれば話が荒唐無稽すぎる。普通はもっと怪しまれない、真っ当な理由をつけるはず。
「考えても仕方ないか」
セルピナが危険を承知でザグレーン城に乗り込んでいる。
俺だって多少の無茶をしてもいいだろう。
そんな理屈の立たない覚悟を決めて、階段へと踏み入れた。
「オルクさん。これから聞かされる話は、おそらく多くの疑問や困惑が浮かぶと思います」
「もう既にこっちは大混乱なんだが」
「それはごめんなさい。女神アプナより上手く説明する自信がないので、直接話してもらった方が早いと思いまして」
「アンタ、それでも女神の声を伝える神官なのかよ」
気弱そうな彼の発言にツッコミを入れていたら、少しだけいつもの調子が戻ってきた。こういう言動で、ミンテの兄なんだと感じる。
そうだ、あいつへの対応と同じ。訳の分からないことは笑い飛ばしてやればいい。
気楽な気持ちを作って、ネイロスの後ろをついていく。
地下は岩肌剥き出しの薄暗い通路が続くばかりで、圧迫感を覚えて落ち着かない。
壁に等間隔で魔方陣のようなものが刻まれ、それが薄く光を灯していた。これのおかげで完全な暗闇にならずに済んでいるようだ。
足音と息遣いが反響していく。
その音を聞きながらどれほど歩いたか、しばらくしてようやくネイロスが立ち止まった。
「着きました。扉を開きます」
階段の最下層。目の前に、鉄製の重苦しい二枚扉が鎮座している。
その取っ手にネイロスが指を掛け、躊躇いなく引いていった。
金属の擦れる嫌な音を鳴らしながら、扉が左右に口を開く。
「っ! 眩しいな……」
扉の向こうは、目に痛いほどの純白に包まれていた。
床も壁も色一つなく、そのせいでどこまで続いているのか分からなくなるほど。
そんな一面真っ白な空間に、一人の女が待っている。
と言っても、全身を鎖に巻かれて磔にされたような状態の人物。血色は良いものの、完全に静止しているので生きているのかすら判然としない。
平衡感覚を失いそうな部屋に、生死不明の女。
異様すぎる光景に、俺は知らずのうちに震えていた。
「あれが、女神アプナです」
「あんな状態で本当に生きているのか?」
「死んでいない、という方が適切かもしれませんが……」
ネイロスが少し浮かない顔をしながら言う。
それがどういう意味か問う前に、彼は女の方に目を向けて凛とした声を張り上げた。
「女神アプナ。勇者オルクを連れてきました」
その声に反応し、突如として女の声が返ってくる。
「お待ちしていました。オルク」
「なんだ? 何処から話しかけている?」
目の前の女はピクりとも動かない。
声は部屋中に反響しているが、その体から発せられているようには思えなかった。
女神アプナと思わしき声は、こちらの質問を無視して話を続ける。
「まず、勇者の
「……ほう」
業と言ったか。この世界に混乱を与えている自覚はあるというわけだ。
謝罪とは言っているが、彼女の語調には一切の感情がない。あまりにも淡々としていて、寒々しいものを感じる。
そのまま言い返したくなる気持ちをグッと抑えて、冷静に努めようと頭を振る。
一旦、語り掛けてくる相手が本物の女神だと仮定した上で問いかけた。
「アンタは、何のためにこんなことをしている?」
「元々は、私の甘すぎる目算が起こした悲劇でした」
「悲劇?」
質問の答えになっていない。
あくまで自分のペースを崩さずに語り続ける女神アプナ。
「元々、この世界には二つの
「命と……力?」
「二人の人間に、それぞれ偶発的に目覚めた
この話がどこに繋がっているのか、まったく予想がつかなかった。
俺たち勇者は、女神アプナによって
元々あった二つの
「力を与えるモノってのは……アンタのことか?」
「はい。私は迷える者に生きるための力を授ける。勇者に復讐したいと願うあなたに<
適当に相手を選んでいるわけではなく、俺の境遇を見て必要な力を与えたというわけか。
復讐の機会を得たことを感謝するつもりはない。
むしろ、俺は苛立ちを覚えていた。
「アンタがバラまいた力を悪用したヤツらによって、この世界は混乱に陥っている。分かっているんだろうな」
「申し訳ありません。大いなる目的のためとはいえ、私の望みを世界に押し付けたのは事実です」
「大いなる目的だと?」
次から次へと訳の分からないことを言う。
これ以上回りくどく伝えられても、頭の中で処理できなさそうだ。
混乱する俺の態度を察してか、アプナは核心的なことを告げてきた。
「私があなた達に加護を与えたのは――勇者を殺して欲しいからです」
かつて、セルピナに言われたのと同じことをいう女神。
勇者を殺す。それが彼女の大いなる目的ということなのだろうか。
しかし分からない。その勇者とは誰だ?
そもそも。
「俺たちは最初に
「そうです。私が力と共に、そこまでの説明を付与しています」
「じゃあ、その話は変だろ。俺たちが倒すべき目標は魔王で、アンタの言う勇者じゃない」
「その矛盾は、ただ一つの事実で解決します」
冷たく、彼女は言い放つ。
「魔王が最初の勇者。命を与える
魔王は人間で、勇者。
たしかにそれで話の辻褄は合う。
「彼はかつてこの世界に絶望し、すべてを壊す決断をしました。一方で、私は彼の行いを止めるために、彼に対抗し得る存在を生み出し続けてきました」
それが、勇者というシステムの全貌なのか。
少しずつ全体像が見えてきた。
かつて偶然にも
男は魔王となって世界を破壊することを決め、アプナは女神となって彼を止められる勇者を生み出した。
「大筋は理解したが……じゃあ、最初から勇者だけを始末できる力を作ればいいだろう。俺がこれまでに会ってきた氷や毒の勇者に何の意味がある?」
「私は勇者にどのような力が宿るのかを操作できません。候補となる人を探して、加護を付与するだけです」
随分と面倒くさい効果だな。
俺が脳内で話の整理を終えると、彼女はゆっくりと告げた。
「オルク。あなたはようやく出会えた、勇者の力を無効化する勇者なのです。お願いします、魔王を――勇者を討伐してください」
そこで初めて、彼女の声色に確かな感情が灯ったように思えた。
悲壮の決意という感情が。