外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
ここまでの話はかなり壮大で、一度聞いただけで全容を理解できたとは言い難い。
とはいえ、簡単に言えばデカい痴話喧嘩に巻き込まれたということだろう。
魔王と女神アプナ。偶然にも超常的な力を持った二人の、世界を懸けた痴話喧嘩。
俺は内容を咀嚼した上で、じっくり考えてから答える。
「俺は勇者を憎んでいる。そして、この力を生み出したアンタのことも」
「理解しています」
「だから、勇者を始末することには賛成できるが、アンタの言い成りになるのは癪だ」
「今や使命を果たすために命を長らえるだけの
どうやら、手は貸してくれるらしい。
それほどまでに勇者を殺す勇者を望んでいたということか。
ならば、目下やるべきことは一つだけだ。
「勇者ティシーの
「オルクさん……」
女神の隣で、ネイロスが小さく漏らした。
本当のことを言えば、妹であるミンテのピンチにネイロス自身が声をあげてほしいんだが。何か思うところがあるのだろうか。
アプナは躊躇う様子もなく、すぐさま俺の質問に答えた。
「ティシーに与えた能力は、一言でいうなら寵愛の加護です」
「寵愛? 洗脳の類とは違うのか?」
詳細は分からないが、彼女がミンテを操ったという線は間違いらしい。
「ティシーは元々愛に飢えた人物です。彼女に加護を与えた結果、彼女はあらゆる人物から愛される力を手にしました」
「セルピナが、ヤツを疑う気すら起きなかったのはそういうことか」
「はい。彼女の
たしかに、話を聞くだけなら実に平和的で安全な力だ。
だとすれば。
「今、ミンテが何らかの罰を受けようとしている。それはティシーのせいじゃないのか?」
「……オルクさん。それは僕から説明させてほしい」
横からネイロスが身を乗り出した。
「ティシーさんは清い人物だ。その
「それは分かったが、じゃあなんでミンテが処罰を受ける?」
「……ゲトー兄さんがミンテを恐れているからだ」
「何?」
まったく知らない事情が出てきた。
これまで聞いた話だと、ミンテは魔法に長けたザグレーン王家の中で魔法の力を上手く扱えない劣等生だったはず。
それを恐れているとはどういう話なのか。
「ミンテはたしかに魔法の扱いが苦手だ。しかし強い潜在能力を秘めている。もっと時間をかけて教育すれば、僕が担っている神官の役割だって彼女に与えられるはずだった」
「それは喜ばしいことだろう? 何故ゲトーは恐れている?」
「ゲトー兄さんはミンテの才能に早くから気づいていた。だからこそ長兄である自分の地位が危ういと判断して、父に進言して彼女を政略結婚の駒にしようとしたり、よくない噂を広めたりしていたんだ。僕も全てを知ったのは最近だけど」
なんだそれは。とんでもないクズ野郎だな。
涼しい顔をして裏で女々しい工作活動をしていたとは、呆れるばかり。
しかし分かってみると話は単純明快。妹の実力にビビったダサい兄貴が必死に足を引っ張っていただけ。
案外、潜入に向かったセルピナが勘付いて一人でなんとかしてくれるかもしれない。
「そうと分かれば、ゲトーを一発ぶん殴ってミンテを取り戻させてもらうぞ。あいつが何に落ち込んでいるのか知らないが、罪を背負う理由はない」
「それは僕からもお願いだ、ミンテを救ってほしい。けれど……」
ネイロスは、言いながら視線を彷徨わせる。
「勇者ティシーとは戦うことになるだろう。気をつけて」
「いや、なんでだ? 今回はティシーのせいじゃないだろう。俺は勇者を憎んでいるが、まだ悪事を働いていないヤツまで斬り捨てるつもりはない」
死神としては、勇者というだけで断罪するのが正解なんだろうが。
ただ愛され体質なだけの女を始末する気はない。
そういう意味だったが、ネイロスはさらに食い下がってきた。
「今回の件は、彼女の
「意味が分からん」
「ティシーさんは他者に愛される。逆に言えば、周囲の人は彼女のために頑張ろうとするんだ」
忠告されているのは分かるが、具体的に何が起きているのかさっぱり理解できない。
ネイロスは順を追って説明してくれた。
「ティシーさんとの結婚が決まって、ゲトー兄さんは王になる決意を固めた。だからこそ、今戻ってきたミンテに少しでも実権を握らせたくない。
「それは……なんともだな」
口ぶりからして、ゲトーも普段は妹に直接裁きを下したりはしないんだろう。あくまでもその潜在能力を恐れていただけ。
しかし、ティシーが現れて優先順位が狂ってしまった。
彼女のためならば何でもするという覚悟が強制的に形成されたのか。
「そしてティシーさんも、一度手に入れた幸せを簡単には手放さない。ゲトー兄さんに愛されるためならば、本人の倫理に反してでもミンテの始末に協力するだろう」
「そこまでして愛されたいものかねぇ……」
ティシーの感性は理解できないが、他者に愛されるという女神の加護が嫌な噛み合い方をしているのは間違いなさそうだ。
勇者のせいでゲトーは暴走し、ゲトーのためにティシーは不要な悪事にも加担する。
俺は思わず溜め息をついた。
「おい、アプナ。これがアンタの与えた
「……」
元々身じろぎ一つしない女神の肉体は、こちらの話を聞いているのかすら定かではない。
俺の問いかけに何一つ答えないその姿に苛立ちもしたが、今はミンテの方が優先だ。
「ま、ひとまず現状は理解した。ティシーがゲトーのために敵対するなら、潜入したセルピナも危ない。俺は行くぞ」
「オルク」
決断したところで、女神アプナが再び声を発した。
なんだ、出鼻を挫くなよ。
「ティシーの寵愛は、周囲の人間を呑み込みます。あなた自身には効かないでしょうが、あなたの助けたい人たちの心も取り込まれつつあるはず」
「だったらなんだって言うんだ?」
まさか、助けられないから諦めろとでも言うのか?
女神アプナはたっぷりと間をとってから、再び話し始める。
「私は、愛する人を助けることができなかった人間です」
突然、声色が変わった。
それまで堅苦しい雰囲気を保っていた彼女が、感情をこめて話している。
さっきも一瞬だけ悲壮感を漂わせていたが、これが彼女の本心なのだろうか。
「オルク。誰かを助けるために、最後に必要なのは本心です」
「なんだその具体性のない意見は」
アドバイスにもなっていない発言を、どう受け止めればいいのか分からない。
が、なんとなくその言葉を胸の隅に留めた。
俺が正面から受け止めたと分かったのか、女神アプナは最後に一言
「あなたなら、大丈夫です」
とだけ告げて、再び沈黙した。
最初から名前を言い当てられたが、結局この女神は何処まで俺のことを知っていたのか。
イマイチどんな相手だったのか把握できなかったが、俺は気持ちを切り替える。
ネイロスが歩き出し、部屋の出口を開く。
「前に勇者クリーズを始末してもらった時にも思ったけれど……オルクさんは、根っからの善人なんだね」
「はあ? 気持ち悪いことを言うのはやめろ」
ここまでの会話で何をどう感じ取ったのか、ネイロスが的外れな感想を伝えてくる。
前にミンテもそんなことを言っていた。
俺の中に善性を見つけようとするのは間違っていると思うが。
ネイロスはクスクスと笑ってから頷いた。
「ミンテを救ってほしいのは本当だけれど、これは僕からの依頼じゃない。オルクさん自身がやると言い出したことだからね」
言い返そうと思って、言葉にできなかった。
たしかに、今回は何故ミンテのために危険を冒すのか。その理由がない。
セルピナにしてもそうだ。敵地に潜入したのはあいつの意思であって、俺が助けてやる義理はないはず。
じゃあ、何故やるのか。
――最後に必要なのは本心。
俺は苦い顔をしながら
「……だったら、依頼にして報酬をふんだくればよかったな」
と軽口を返すことしかできなかった。