外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~   作:宮塚慶

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第6話 旅の支度

 セルピナは明朝に旅立つ予定だと伝えてきた。

 逆に言えば今日は丸一日待機。休暇扱いになる。

 エトールでの食事を終えてセルピナと別れた俺とミンテは、旅支度を整えるため買い出しへ向かうことにした。

 

 トリストリア王国の下層は整備されていない道やボロボロの建物が目立つものの、そこで生きている人たちの活気に溢れている。

 国への反骨精神がそのまま熱となったような場所で、俺はこの景色を結構気に入っていた。

 はじめて来た時は人の放つエネルギーに当てられていたミンテも、気づけばすっかり馴染んでいる。

 

「オルクさんオルクさん! あれ食べましょうよ!」

「お前まだ食うのかよ」

 

 串に刺さった果物をシロップでコーティングしたお菓子の屋台を指差して、よだれを垂らすミンテ。

 ……ちょっと馴染みすぎかもしれない。

 というか、先ほど散々食べた後だぞ。こいつの胃袋は無限なのか?

 残念ながら財布を握られているので俺に拒否権はないのだが、当然のように二人分買おうとする彼女を制してなんとか出費を抑えることに成功した。

 フルーツ飴に齧りつきながら、ミンテが問いかけてくる。

 

「オルクさんは食べなくていいんですか?」

「いらん。甘いものもそんなに好きじゃない」

「そ、そんな……! 目の前に美味しいものがあるのに!?」

 

 驚愕するミンテ。

 俺の言葉をどう受け取ったのか、彼女は歯形のついた飴をこちらに差し向けてきた。

 

「遠慮してるなら、ひと口いります?」

「いらねぇって」

「ふふーん。間接キスなら気にしなくていいんですよー?」

「色気づいたこと言ってんじゃねぇよ、ガキ」

「あー! またガキって言った!」

 

 拒絶すると、ぷんすか怒りながらミンテは飴をガシガシ頬張っていった。

 この買い出しでは、何よりも武器と防具のメンテナンスを優先したい。セルピナの依頼がどうなるのか分からない以上、念には念を入れておかないと。

 少なくとも、こんなところで間食を楽しんでいる場合ではない。

 武具の店がある方角へ歩みを進めると、ミンテは飴を咥えながら必死に追いかけてくる。

 

「数日かかるって言ってましたし、野宿とかもするんですかね?」

「備えておいた方がいいだろうな」

「虫、出ないといいなあ」

「んなこと気にしてる場合か」

 

 旅で不安に思うところが虫とは。なんとも間の抜けた考えだ。

 無邪気過ぎるミンテに、俺はふと問いかける。

 

「ミンテ。本当に良かったのか?」

 

 俺との旅に同行しても。

 そんな質問だったが、最後まで言う前にミンテは答える。

 

「またそれですか? 何度も言わせないでくださいよ」

 

 二人で旅をするようになってから幾度となく聞いた質問だからか、飽き飽きした様子で口を尖らせた。

 しつこいのは分かっている。けれど、聞かずにはいられない。

 俺の旅は常に人の死が身近に存在する。まだ12歳のミンテが踏み入るにはあまりにも過酷な世界だ。

 彼女は本来、冒険者稼業とは無縁の人間。

 俺が任務の途中で拾ってしまったために、生活が180度変わってしまっている。苦労を掛けることも多い。

 しかし、ミンテは至極当然といった感じで返事をした。

 

「あたし、今の方が何倍も幸せですよ!」

 

 にっこりと笑う。

 もちろん、彼女の人生だって平和ではなかったはずだ。縛られ、人の欺瞞(ぎまん)に晒されてきた少女。

 本人は、そんな生活から助けられたと思っているのかもしれない。だからこうして懐いているんだろうと。

 けれど俺は、こいつの未来を背負えるような人間じゃない。

 

「幸せ……ね」

「オルクさんって、すーぐ暗い顔しますよね。そんなに陰気だとモテませんよ」

「別にモテたくねぇよ」

「それって、あたしさえいればそれでいいってことですか!?」

「あーもういい。黙ってろ」

 

 おどけるミンテ。

 ケラケラと笑っている彼女を見ていると、なんだかどうでもよくなってしまった。

 いざとなれば捨て置かねばならない相手だし、過度に心配したところでどうにもならないことがある。

 それに今は、こいつのことではなく目下の課題について考えないといけない。

 

「なあミンテ。セルピナの狙いである、トリストリアの勇者に心当たりはあるか?」

 

 唐突に話題を変える。

 これでもミンテは事情通だ。特に王族や貴族に関する知識は豊富に持っているので、相手が王国の内政に関わるような人間なら心当たりがあるかもしれない。

 そう考えて聞いてみたのだが、ミンテは少し悩んでから首を横に振った。

 

「残念ながら。ただ昨日も言ったとおり、国や権力が欲しい勇者はどこにでもいますから」

「まあな。俺もそういうヤツは沢山見てきた」

 

 本来、勇者は世界を救う使命を背負っている。

 しかし誰でも命は惜しい。まだ誰も辿り着いたことのない魔王に挑むのは、それだけ覚悟がいることだ。

 だからこそ、最初は懸命に戦っていた勇者も何処かで堕落していく。

 小さな名声を立てた後、それを褒め称える民衆の声に溺れて進むのを止めてしまう者が多い。

 

「トリストリア王国に勇者がいるのかは分かりませんが、それがセルピナさんの依頼なら戦わないといけないんですよね」

「そうだ。弱いやつだといいんだが」

「相手は勇者ですよ。そんなことあります?」

「……ないだろうな」

 

 昨日、セルピナの戦闘能力をこの目で見た。魔法の技術に関しては圧倒的だと言える。

 あれだけの実力を有している彼女が、自分では排除できないと判断した相手。

 俺なら簡単に始末できる相手だと言っていたが、そんなに甘い任務にはならない気がする。

 しかし、それだけに分からない。

 

「なんでターゲットを始末する前に、旅になんて出るんだ?」

「うーん。目的地の村に、勇者を倒す超重要なヒントが隠されているんですかね?」

「なんだそれ。弱みとかか」

「勇者の家族を村から誘拐して、人質にとるのかもしれません」

「そんな搦め手を選ぶやつには思えないけどな」

 

 真正面から酒場に入ってきて、突っかかってきた客をぶっ飛ばすようなやつだ。

 人質なんてせこい手を考えるようには見えない。

 とはいえ今の段階では何のヒントもないので、これ以上は考えても無駄だろう。

 

「何にせよ、俺のやることは変わらない。セルピナの依頼をこなして金を貰ったら次は南にでも――」

「わー、オルクさんオルクさん! アイス食べましょうよ、アイス!」

 

 俺が真剣に今後のことを考えているのに、ミンテはただただ食欲に忠実だった。

 天真爛漫というか、アホというか。

 

 その後も事あるごとに足を止める彼女に付き従いながら買い物を済ませ、武具の補修を終えた頃にはすっかり夜になっていた。

 思った以上に出費が嵩んでいるのは気にかかるが……それもセルピナの依頼を終えて報酬を受け取ればチャラになる。

 一旦考えないことにしよう、うん。

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