外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
宿で仮眠をとり、いよいよ旅立ちの時。
夜明け前の朝靄に包まれる中、眠そうに目をこするミンテを引きずって指定場所に向かうと、程なくしてセルピナが姿を現した。
ミンテとは対照的にこちらは何の感情も見せない。そのまま金貨の入った袋を渡してきた。
「旅の報酬と、暗殺任務の前金をお渡ししておきます」
「そいつは助かる」
受け取った以上、勇者暗殺も含めてきっちりこなさないといけないな。
そうして俺たちは歩き出した。
下層集落の僻地に、俺たち流浪人が使っている隠された通路がある。そこを使って外に出る手筈だ。
「こんな場所に入り口があるとは知りませんでした」
「軍には報告しないでくれよ。俺たちの生命線だからな」
下水道に繋がっている錆びついた扉。若干の異臭を放っているが、おかげで上層の人間は自然と避ける穴場になっている。
目立たず外に出たいとセルピナが言い出したので、この場所を利用することになったわけだが……。
先日の作戦を手伝ってもらった恩があるとはいえ、相手はトリストリア王国の軍人だ。教えるのは気が引ける。
「セルピナさん、向かう場所はどちらなんですか?」
「ロクザという田舎村です。トリストリアからだと三日ほどで辿り着けるかと思います」
「ロクザ? 聞いたことない村ですねー」
謎多きセルピナ相手に、ミンテは臆することなく話しかけている。
……異臭対策で鼻をつまんでいる上に、水道内だと声が反響して非常に聞き取りづらいが。
しかし、ロクザの村というのは俺も聞いたことがなかった。
此処から歩いて三日程度ならそれほど離れた場所というわけでもないが、噂を聞かないほどの田舎村なのだろうか。
考えながらしばらく歩くと、やがて出口が見えてくる。
「よかったー、臭くて死ぬかと思いました」
「大袈裟なやつ」
ホッと息を漏らすミンテの反応に苦笑した。
下水道の向こうは、既にトリストリア王国の外になっている。脱出成功。
俺はそろそろかと思い、質問を投げかけた。
「なあセルピナ。そろそろ旅の目的ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
一瞬躊躇したものの、覚悟を決めたように口を開くセルピナ。
「ロクザの村には、私の知りたい情報があるはずなんです」
「情報? なんだそれは」
「それは……私にも分かりません」
「あ? 話が見えないんだが」
冗談を言っているのかと思ったが、そうではないらしい。
セルピナは困ったような顔で話を続ける。
「私は幼い頃から軍にいました。孤児なのです」
突然彼女の過去が明かされた。俺とミンテは顔を見合わせる。
孤児。このご時世には少なくない立場だが、そこから軍属という身分を得た人間は珍しい。
ミンテが興味深そうに問いかける。
「トリストリア王国に拾われたのですか?」
「そう聞いています。何せ、物心つく前のことでしたので」
人身売買などに利用されず、王国で人権を得たのか。
幸運にも思えるが、下層で生きるのとどっちが良いかは分からない。少なくとも俺は国の犬になるなんて御免だ。
「それで、その元孤児がなんでロクザの村に?」
「調べているうちに、その村が私の故郷かもしれないと知ったからです」
「ほへー。里帰りですか」
感心した様子で間抜けな声を出すミンテ。
物心つく前の故郷に帰ることを里帰りと呼ぶかは微妙だ。
「故郷と言っても、覚えてないんだろ? 戻って何をするんだ」
何年も時が過ぎている。村に行ったところで彼女のことを覚えている人間は残っていないかもしれない。
そんな村に行ってどうしたいのか。
「今まで何者でもないただの軍人だった私が、自分の素性を知れるかもしれない。これはワガママなのです」
力強く答えるセルピナ。
トリストリア王国の軍人として生きてきた彼女が、そうじゃない自分を知れるかもしれない。興味を持つのは自然なことなんだろう。
けれど、やっぱりおかしな点がある。
「なんで今なんだ? 自分の過去を探すことと、勇者暗殺に何の関係がある?」
「それは……」
俺は、勇者を殺したいという彼女の依頼を受けてここにいる。
報酬を貰ったとはいえ、この旅に同行するのはオマケみたいなものだ。
先に暗殺を終えて、気兼ねなく自分探しの旅をする方が順序として自然だろう。
「ロクザの村に着いた時に、お話します」
「結局後回しか、つくづく秘密主義者だな」
それでも、旅の目的はなんとなく理解した。
彼女の故郷とやらが勇者暗殺に関係しているのかもしれないし、改めて詳細は聞かせてもらうとしよう。
と、今度はセルピナから質問が飛んでくる。
「<死神オルク>は、何故冒険者をしているのですか?」
「死神呼びは勘弁してくれ。オルクでいい」
「分かりました。ではオルク、あなたは裏稼業をしながら旅をしているのですよね?」
随分と突っ込んだことを聞いてくるな。
自分語りをするのは得意じゃないが、どうせ道中は暇だ。
セルピナの過去を聞いた分、少しぐらい会話に興じてもいいだろう。
「俺はある男に復讐するために旅をしている」
「復讐?」
「そうだ。ヤツは勇者だった」
勇者という言葉にセルピナが反応する。
自身にも殺してほしい勇者がいるのだ、思うところがあったのだろう。
「幼い頃、俺の故郷は魔物の被害に苦しめられていた。そこに勇者一行がやってきたんだ」
村は一行を歓迎し、魔物の脅威について語って聞かせた。
元々村には腕っぷしの強い人間がいなかったので、偶然やってきた彼らは渡りに船。藁にもすがる思いで彼らに助けを求めた。
「勇者たちは話を聞いて、魔物討伐を快諾してくれた」
心優しい勇者様のお力添え。
誰もが助かったと思い、村全体で彼らを丁重に持て成した。
「ところが、いざ魔物が目の前に現れても勇者は手を下さなかった」
「何故です?」
今でもハッキリと思い出せる。村の人たちが泣き叫ぶ声。
何も出来なかった自分自身に対する呪い。
胸の奥がざわつくのを深呼吸で抑え込んでから、俺はゆっくりと答える。
「敵が、人を喰らって成長する魔物だったからだ」
まだ釈然としていないのか、セルピナは困惑の色を滲ませてこちらを見ている。
ミンテにはこの話をしたことがあるので、既に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。無理もない。
「倒した魔物が強ければ強いほど、ギルドは良い報酬を出す。あの勇者は、魔物が村人を食って高額な獲物になるまで待っていたんだ」
あの時、勇者は嗤っていた。
おぞましく冷酷で、人の心を持たない悪魔のような微笑。
話を聞いて、セルピナは目を伏せて感想を絞り出す。
「……立ち入ったことを聞いて、申し訳ありません」
「気にするな。別に隠していることじゃない」
それに、と言葉を続ける。
「その恨みが通じたのか、俺には特別な力が宿った。これがあればセルピナの任務もやり遂げられる」
彼女が勇者暗殺を俺に依頼してきたのも、それを知っているからのはずだ。
得心がいったらしく、セルピナがじっと俺を見つめてくる。
「やはり。噂どおり、オルクは勇者を殺す力を持っているのですね」
「ああ」
裏稼業なのに噂になるほど目立ってるとすれば、ちょっと考えものだが。
最低最悪な勇者が魔物を討伐し、俺たちの村を去った後。
偶然にも生き残った俺に、突然女神の加護が宿った。勇者に選ばれたのだ。
その能力《スキル》は、俺の恨みに答えるような力――<
「勇者の
「それでも、オルクは戦うことを選んだのですよね?」
「そうだ。愚かな神が力をばら撒いて収拾のつかなくなった世界。その尻拭いをさせられてるわけだ」
いくら新たに勇者を生み出しても、誰も魔王を討伐できない。
この力を得た時、女神は世界の行く末をこちらに預けたんだと理解した。
不愉快極まりないが、俺はこの
「勇者の情報を得るために旅をして、行く先々で勇者を狩る。<死神オルク>として名をあげて、新たな依頼を受ける。合理的だろ?」
子どもだった俺は名前すら覚えていないが、いずれあの男を必ず見つけ出す。
そのために勇者の情報を探しているのだから。
「だから、アンタが始末したい勇者の情報も、さっさと教えてくれると助かるんだがな」
「……」
難しい顔をしているセルピナ。ここまで話しても、詳細を伝えるつもりはないらしい。
つくづくよく分からない女だ。
会話を切り上げて歩みを進めた時、彼女はボソッと溢した。
「……オルクが探している相手ではないと思います」
俺の故郷のことなんて知らないはずだが、何故そう言い切れるのか。
疑問と共に、彼女の言葉が妙に耳に残った。