外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
他愛ない会話を続けながら歩くこと数時間。西日が眩しくなってくる。
過去の話をしたせいで重苦しい空気が流れていたが、主にミンテが一人で話し続けたことにより少しだけ楽になった。
ロクザの村とやらに着くまでは二日程度かかるらしいので、そろそろ野営のことも想定しなくちゃならない。
この辺りは視界が開けすぎているので危険だな……などと考えていると、ふと前を行くセルピナが立ち止まった。
「どうした?」
「魔物です」
言われて、俺も慌てて周囲を見回す。
が、何も見当たらない。だだっ広い荒野なので注意は難しくないはずだが、俺には気配を探れなかった。
ミンテもキョロキョロしているが、概ね同じ反応をしている。
セルピナが前方を指差した。
「あれです」
言われた方に目を凝らす。
たしかに、遥か前方に豆粒サイズの影がある。必死に見てみるも、それが魔物なのか俺には判別できない。
「アンタ、あれに気づいたのか?」
「はい。ソルガルムが五体群れています」
種族や総数も言い当てやがった。本当だとしたらとんでもない視力だ。
面食らいつつも、敵ならば行動指針を定めないとな。
「迂回するか?」
「いえ。あの程度なら突破できます」
「道はいくらでもあるぞ。無駄な戦闘は体力を消耗するだけだと思うが」
「構いません」
かなり早い段階で敵影を見つけたため、向こうはこちらに気づいていない。
戦わない選択肢を取れると思ったが、セルピナに避ける考えはないようだ。
エリバ暗殺の際にも部下の
こちらとしても、任務の雇い主がそうすると言うなら従うまで。
「ミンテはなるべく離れておけよ。ここは見つかりやすいからな」
「は、はい! お二人とも、お気をつけて」
その場に留まる彼女を置いて、俺とセルピナは武器を手に取った。
相手に悟られないよう、ゆっくりと近づいていく。
「オルク。あなたの
「ああ」
「では、魔物相手には……」
「残念ながら特別な力はない。普段の俺は、勇者じゃない他の冒険者とまったく同じだ」
自嘲気味に答える。
復讐を果たしたい俺にとってこの力は好都合だったものの、随分と限定的で使い勝手の悪い力だと思う。
与えた女神には文句の一つも言ってやりたい。
こちらの回答をどう思ったのか、無表情なセルピナからは伝わってこなかった。戦闘に意識を向けているのならそれでいい。
俺も切り替えて、剣を握りしめる。じわじわ敵との間合いを詰めながら、出方を伺った。
そこで。
「では、行きます」
言うや否や、セルピナは敵に向けて飛び込んでいった。
「あ? おい待て!」
剣士の俺が前衛で、魔導士は後方から攻撃する方がセオリーなんじゃないか?
そんな疑問を投げかける間もなく、彼女は杖を構えて敵陣の真ん中へ躍り出る。
「――
淡々と呪文を唱えた。杖から放たれた雷撃で、敵の魔物――ソルガルムの群れが離散する。
ソルガルムは狼のような姿をした魔物で非常に獰猛だが、冒険者から見ればそれほど強力な相手ではない。群れ相手でもセルピナの戦闘能力なら問題なく勝てるだろう。
とはいえ、正面切って突撃は随分と無茶な戦い方だ。近接戦闘の俺ならともかく、魔法で攻撃できる彼女なら遠距離から不意打ちした方が楽なはず。
「なんなんだあいつは」
遅れて俺も敵陣に分け入り、一体目のソルガルムと対峙する。
飛び掛かってくる敵を避けて、横っ腹を大剣で引き裂いた。防御力の低い相手だ、簡単に始末できる。
残り四体。
「――
セルピナも、杖の先端から稲妻の刃を生み出して鎌のように振るっている。
接近戦もこなせることは分かったが、どちらにしろ馬鹿正直な戦い方だしリスクが大きい。
指摘したいことは山ほどあるが、文句を垂れるのは後にしよう。
電撃に体を焦がしながら逃げ惑う魔物たち。
「これじゃあどっちが悪者か分かったものじゃないな」
不意討ちを仕掛けて一網打尽にしようとしている状況に、思わず笑ってしまう。
セルピナに背中を預け、死角ができないように敵を確認。
強くないとはいえ敵に虚を衝かれるわけにはいかない。周囲を取り囲む四体のソルガルムとの睨み合いが続いた。
そして、次の瞬間。
「グルゥゥゥウッ!」
遠吠えか、喉を鳴らしたのか。
ソルガルムのうち一体が音を発したタイミングで、全員が一斉に飛び掛かってきた。連携をとる知恵があるのは想定外。
俺は正面の二体を一気に巻き込んで剣を振り上げる。
吹き飛ばすことはできたが、まだ敵は生きているらしい。しぶといな。
「っ!」
そこでセルピナから嗚咽のような息が漏れ出た。
俺が背面へ振り向くと、彼女の左腕にソルガルムが噛みついている。
杖から放たれた刃でもう一体を振り払いながら、抵抗して身をよじるセルピナ。
「油断してんじゃねぇ!」
腕から離れない敵を、俺が剣で叩き斬る。
首を撥ねると、力を失ったソルガルムの顔がセルピナの腕から外れて地面に転がった。
「助かりました」
「馬鹿が! こんな雑魚相手に怪我してどうする!?」
腕から血を滴らせながらも、顔色一つ変えないセルピナ。
格下の相手に腕を持っていかれるなんて、あまりにも迂闊すぎる。エリバを始末した時に見せた彼女の実力なら、こんなところで怪我を負うことなんてないはずだが。
状況に苛立ちつつも、今は残り三体のソルガルムを倒すのが先決。
「まだ戦えるか?」
「問題ありません」
そうは言いながら、左腕を動かすのは諦めたらしい。
右に持った杖だけで敵へ照準を定めるセルピナ。
「――
再び雷鳴が轟いた。
ソルガルムは左右に飛び退いて避けようとするが、そのうち一体の着地位置を予測した彼女の一撃が炸裂。真っ黒に焼け落ちて敵は絶命した。
俺も残りの相手に斬りかかる。
敵はその鋭い牙を何よりの武器にしている。なので、噛みつくために口を開いて迫ってくる場合が多い。
口内は特に防御力が低い。そこを上手く突いて一刀両断してやるだけだ。
案の定、飛び込んできた敵が大きく口を広げて噛みつく姿勢を見せる。
「おら、残り一体!」
ソルガルムを上下で真っ二つに切り伏せながら、最後の一体へ視線を動かす。
接近してくる敵に対し、セルピナが雷の刃を形成して応戦。
だが、ソルガルムは動きの鈍った彼女の左側を狙うように旋回してくる。セルピナが唾を呑む音が鮮明に聞こえた。
俺が前に出て剣を振るう。
敵の軌道をずらしてやると、こちらの攻撃を避けたソルガルムがセルピナの正面にその身を晒した。
彼女の刃がそのまま敵の腹部を引き裂く。
「なんとかなったが……」
決着。無事に勝つことはできた。
しかし、代償が大きい。
「セルピナさん!」
戦いを見守っていたミンテが、焦った顔で駆けてきた。
背負っていた鞄を地面に下ろしてガサゴソと漁る。傷を手当てする救急道具があるはずだ。
牙がしっかりと食い込んでいたところを見るに、この場で応急処置をした程度では厳しいかもしれない。
ロクザの村に医者がいるかも定かではないし、一度トリストリアに戻って治療をする方が確実か。
「セルピナ、腕を見せろ」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫なわけあるか!」
何故か渋るセルピナを一喝して、無理矢理ローブの袖を捲る。
そこで違和感を覚えた。
彼女の真っ白な細腕に刻まれた敵の歯形。そこから滴っていたはずの血が止まっている。
「こ、これは……どうなってるんでしょう?」
救急箱から消毒液を取り出していたミンテも、目を丸くして怪我の痕を見ている。
困惑しているうちに、傷口そのものが急速に塞がっていった。自然治癒を何十倍速で見せられているような、不可解な光景。
唖然とする俺たちに、セルピナはふっと息を吐き出して言う。
「私は、死なないのです」
「……なんだと?」
あっという間に綺麗な柔肌となった左腕。
袖を伸ばし、何事もなかったかのようにセルピナが立ち上がる。
「では、行きましょうか」
また分からないことが増えてしまった。
なんなんだこいつは。