外れ者たちのバラッド~死神オルクと笑わない魔導士~ 作:宮塚慶
荒野を抜けてしばらく歩くと、周囲を木々に囲まれた草原に出た。
薪を組んだ燃えカスなど、他の冒険者が野営地にした跡がある。周囲に危険がないかを確認。
「今日は此処までにするか」
一声かけて今日の寝床を定め、俺はそのまま乾いた木の枝を集めることにする。
ここに辿り着くまでほとんど会話をしていない。ミンテですら困惑した様子で押し黙ったままだ。
焚き火を準備して座り込むと、隣にミンテが腰掛けた。
「オルクさん、声かけてくださいよー」
「なんで俺に言うんだよ。そういうのはお前の仕事だろ」
普段やかましいのだから、こういう時こそ自分で話しかけて欲しい。
少し離れた場所で一人座っているセルピナを一瞥して、俺は溜め息をついた。
「それに、セルピナの力については察しがついている」
「え、そうなんですか!?」
分からない方が不自然だ、と言いかけてやめた。ミンテを煽っても仕方がない。
当たり前だが、普通の人間は急速に傷が回復したりしない。セルピナの治癒性は異様とも言えるものだ。
そんな超常的能力を説明する言葉が、この世界には一つだけある。
不安そうな表情で無言の圧をかけるミンテに根負けして、俺は立ち上がった。
セルピナの下へ向かう。
「おい」
「なんでしょうか?」
巨岩にもたれかかっていたセルピナは、相変わらず表情一つ変えない。
一見すると今も気にしていない様子だが、離れて座っている以上は何か思うところがあるんだろう。
こちらを怖がらせたと考えているのか? だとしたら、意外と殊勝なやつだ。
俺は彼女に向けて予想を口にする。
「お前――勇者なのか」
少しだけ間があり
「はい」
と彼女は小さく頷いた。
そうだ。あんな回復力、普通はあり得ない。ならばあれは女神の加護に他ならないという、推理にも満たない結論だった。
俺には<
依頼もないのに彼女を倒したところで気分は晴れないし、この後の任務で得られるであろう報酬もあるからな。
それでも、心の何処かで警戒心を強める。
「何故隠していた?」
「隠していたわけではありません。……ロクザに着いた後、話すつもりでした」
その言葉が真実かは分からないが、俺はひとまず聞き入れる。
彼女は話を続けた。
「私は物心ついた頃から既に勇者でした。トリストリア王国が幼児だった私を拾って軍人にしたのも、利用価値があると思ったからでしょう」
「なるほどな」
たしかに、トリストリアはただの下民を拾って育ててくれるような優しい国ではない。
あの圧倒的な治癒能力に軍事価値を見出したとすれば納得だ。
「その再生力があるから、無茶な戦い方もできるわけだな」
「無茶ではありません。合理的です」
「そうかよ」
避けられる魔物との戦闘に正面から挑むことも、無防備に敵陣に飛び込むことも、本人にとっては合理的な判断なんだろう。
自分を疎ましく思っている人が大勢いるであろう酒場に一人で顔を出してきたのだって、決して死ぬことはないという事実に基づいた行動だったわけだ。
「私は、自分が勇者になった瞬間を知りません。これまでは興味もなかった。ですが、ロクザという村に自分の起源があるかもしれないと知って――」
「調べてみたくなったわけか」
ロクザが本当に彼女の故郷なのか、本人にも確証はない。
しかし万が一にも可能性があるならば、ルーツを知る権利はある。
「オルク。あなたは自分の力をどう思っていますか?」
冷たく無感情なセルピナの瞳が、少しだけ熱に揺れた気がした。
はじめて彼女の人間らしい様子が垣間見えて、俺は僅かに動揺する。
「俺は、この力で復讐が果たせるならそれでいい」
「それは……生き方を決める
セルピナは既に怪我の完治した左腕の感触を確かめるように、手のひらを握っては開き動かしてみせる。
「私はこの力を持つが故に、軍人以外の道を考えることができませんでした。どれだけ戦っても死なない兵士ですから、それは必然だと思います」
「それが呪いか?」
「そうです。ですが、故郷の村があると知った時、もし自分が平民だったらどんな人生を歩んでいたのか考えてしまったのです」
これまでトリストリア軍人としてただ戦っていたセルピナが、他の可能性に気づいて揺らいでしまった。
クールに気取っているように見えていた彼女だが、意外に不器用なやつだと思う。
「この力が呪いだって言ったな?」
「はい」
「たしかに、これは呪いだ。少なくとも俺は、勇者という存在を殺す使命を背負った」
俺は、自分の中に刻まれた女神の加護を感じ取る。胸の奥でほのかに光る、言葉にならない熱い力。
これを手に入れて本当に救われた人間もいるかもしれない。
ままならない世界を一変させるだけの可能性が、勇者にはある。
だからこそ。
「だがな、俺はこの力で復讐を誓った。それは女神に定められたからじゃない、俺自身の意思で決めたことだ」
たしかに勇者は人々に必要とされる。
しかし、その力を誇示して生きることだけが正解じゃない。
「戦いたくないなら、今からだって好きに生きればいいだろ」
セルピナにだって、軍を抜けて自由になる権利はあるはずだ。
育ててもらった恩義なのか、軍を抜けると何らかの罰則があるのかは知らないが。それを振り払って逃亡することだってできる。
どんな選択を取るかは本人次第だ。
「……そうできる未来も、あったかもしれませんね」
セルピナは目を伏せて、俺の言葉を呑み込んだ。
再び考えこもうとしている彼女に、俺はなるべく気楽な語調で話しかける。
「とりあえず、飯にしようぜ。何かを考えて頭を動かすには栄養が必要だって、うちのアホ娘が言ってたからな」
焚き火の方に目を向けると、ミンテが鍋を火にかけて何かを混ぜていた。
先に食事の準備をしてくれていたらしい。普段は俺が料理を担当しているので珍しい行動だ。
あいつなりに気を使っているのかもしれない。
俺が歩き出すと、セルピナも立ち上がって後ろをついてきた。
こちらを見てミンテの顔が破顔する。
「オルクさん、セルピナさん! ご飯にしましょう!」
言いながら、鍋で煮えていた料理を器によそって渡してくる。
紫色のなんだか分からないスープが、湯気と臭気を振りまいていた。
「……なんだこれは?」
「何って、ミンテ特製スープです! 持ち運んでいたスパイスを片っ端から混ぜたので、たぶん栄養満点! 心も体も温まります!」
ニコニコと答えるミンテ。
思わずセルピナと顔を見合わせてから、もう一度料理に視線を戻した。
いや、これは料理なのか? 今までに嗅いだことのない匂いに頭がクラクラしてくる。
この旅で最大の障害が立ちはだかった。
俺が困惑している間に、セルピナが謎の液体を口に運ぶ。死なない体質とはいえ怖いもの知らずだ。
「おいしいです」
セルピナが無表情なまま感想を溢す。
その顔だとまったく説得力がないんだが、美味しいのか? 信じていいんだな?
俺も恐る恐る紫スープを飲み込む。
「っ!? お、ぐぅっ……!」
うん、駄目だった。
辛さと甘さ、苦さが混ざり合って舌を刺激してくる独特の味わい。
それだけでなく、喉の奥が刺されたように痛い。熱さがそのまま痛覚に響いてくる。
ヤバい、死ぬかも。
「ふふーん。どうですか?」
ミンテが自慢げに聞いてきた。みりゃ分かるだろ、失敗だ。
しかし、セルピナは変わらず食事を続けている。ミンテも何事もなさそうに自分の分を食べ始めていた。
……あれ? 俺がおかしいのか?