というわけでラウレミル領に帰ってからリンと話すことにした。
「ふーむ、なるほど。ラウレミル・ルストヴァルド間の街道整備ですか」
「ああ、隣同士だから最初の簡単な仕事にはうってつけだと言っていたが……首輪をつけられたなこれは」
なにしろ街道があれば何かあればすぐに攻め入れられるからな。
もうお前とは喉元に刃を突き付け合っているのだから裏切るな、と言う意味だろう。
その上、経済と食文化で胃袋を握るつもりだろう。
「でしょうねえ。ですが私に考えがあります。ムジカ姉さま、海領に帰るのを少しだけ伸ばせますか?」
「え~?こっちはちょっと実家に顔出しに来ただけなんだよ……次から次にお手伝いさせないでゆっくりさせてくれよ~」
ムジカは横にギザ歯のサメ型セイレーンを置きながらソファでゴロゴロしていた。
腕にルストヴァルト土産のポップコーンの筒を抱きながらだ!
たしかに実家だが実家のようにくつろぐんじゃない!ここは城だが?
「せめて弟子に取った人たちの軍楽隊くらいもうちょっと仕上げてくださいよ」
「あーわかった。それか~、まあ人前に出せるくらいには仕上げとくよ。私が始めたことだしな……」
「そうですか、それはよかったです」
しれっといい性格の笑顔をするリン。 うーん、三姉妹の末っ子気質だな……
「ほんで私に軍楽隊育てさせて何すんの?」
「それはですね、酒場チェーン出店計画です!」
「ええ……?」
リンの説明によればこうだ。
街道整備には宿舎と食堂がいる。この食堂を近所の人にも開放しよう、と言う事らしい。
胃袋から人心を掴む計画だ。そこにセイレーン仕込みの歌と酒の提供も加える。
「お前……よもやそのまま街道上に宿場町を作って居つく気か?ヴィクトル伯はそこまで甘くあるまい」
「なので逆に相手に選択権を投げ返します。つまり作った宿舎をいちいち壊すのも手間なのでそのまま現地の人に無料提供すると。ただし従業員としてそこの食堂のラウレミル領民を現地の人が雇うのは相手の自由です」
「体のいい移民ではないか」
「なので、移民の許可が出ない場合ラウレミルの本店と街道上の支店で人員を定期的に入れ替えします」
それはもう詐欺だろう。いや、現実的な問題として授業員がそうホイホイと言う事を聞くものか?
「そう人をコマのように使ってうまくいくのか?」
「まあやってみるだけやってみましょうよ!このレベルならヴィクトル拍に提案するのはタダですから」
「それを私が?」
「母様以外に誰ができますか?」
ん~!お前相当に良い面の皮をしているな我が娘よ……
ヴィクトル伯に交渉権があるのは私だけなのでそれはそうだが~!
お前これを言う身になってみろ。
表情に出ていたらしい。リンが居住まいを正して真剣な顔をする。
「母様、ここは状況を逆手にとって拡大戦略に出るべきです。ここで現状に安住しては搾り取られるだけですよ」
まあ、それもそうか。拡大戦略は私が打ち出したものだったな。
「……わかった。私がヴィクトル伯に交渉してみる」
「さすが母様です!」
「リン、『お話』がある。図太いのはお前の美点だがあまり調子に乗るなよ」
「あっはい」
私は玉座から立ち上がってリンの頭をごりごりと上からげんこつで押した。
は~。また交渉か。勘弁してくれ。
■
結論から言えば、リンがこの提案を「工事企画書」としてヴィクトル伯に提出した所、特にケチをつけらずにそのままするっと通ってしまった。
通ってしまったのだ……この「チェーン酒場ラウレマート」なる馬鹿みたいな名前の案が。
そして私が戸惑っているうちにラウレミル内に作業員募集がかけられ、軍楽隊に命令も下った。
ちなみにムジカは1週間で軍楽隊をロックで染め上げてさっさと帰っていった。
これ以上いれば次から次に仕事を押し付けられると思ったのだろう。
くそっ、その通りだよ。
「女王様、あ、いや今は領主さまだか?わたすらいつでもいけます!いや~わたすらが酒場の歌姫なんて夢みたいですだ」
「うむ……先ほど演奏を聴いたが、素人目にはもはや差がそこまでわからんな」
「いやいや!わたすらムジカ様の曲をそのままやってるだけですだ!自分で作るとかそーいうのはまだまだ敵いませんだ!」
ムジカの弟子一号であるファンナがギターに雷を流してギュインと鳴らす。
演奏を聴いたが確かにちょっと違うが、それでも普通に聞けるレベルのがおよそ100人単位……!
音楽の力とはすさまじいな……なんなら城下でもすでに勝手に真似し始めているものが大勢いる。
さすがに夜中は禁止令を出したが。やかましすぎる……
だが、私も耳が慣れてきてだんだん気にいってきた。
エルフの伝統は一端置いておこう。独自文化は大切だな、うん。
「ではたのんだぞ。酒も料理も安いなりのものしかないのだから、お前たちの演奏が頼りだ」
「へい!セイレーンの姐さんにも呪歌の魔法も習いました!ありったけの演奏をやれますだ!」
「お、おう。そうか」
というわけで工事が始まった。
私も視察したが、この工事はシンプルなもので土嚢に入れて固めた土を埋めていき、その上から石畳を張るというごく原始的な手法だ。
本来は簡単であるがゆえに修復がたやすいいわゆる安普請なのだが、これにヴィクトル領から派遣された監督の指導と、ラウレミルの人海戦術を駆使すれば……
おい、発注から一か月で完璧にルストヴァルド側の街道とつながっているが?
そういうわけでまた現地で完成披露パーティーだよ!パーティーが多すぎる……!
■
宴は街道が合流した現場でのピクニック形式だった。
たくさんのテーブルにおしゃれなお菓子やサンドイッチなどが銀盆に乗っている。
「いやあ、工事が本当に早かったね!なかなか立派な石畳じゃないか!」
「その、あの酒場はよろしかったのですか?」
「え、いいよ。だってもともと宿場町があったらな~って思ってた場所だし、ちゃんと売り上げからうちに税金払ってくれてるんだろう?それにルストヴァルドの法律も全員ちゃんと守ってくれている!いやあ、君の奥さんの『契約』ってすごいね!こんな移民なら大歓迎さ!」
ワインを傾けながらヴィクトル伯はにこにこと笑っていた。
ところでその宿場町はゴブリンエルフなのであっという間に拡大するでしょうけど、いいんですか……?
「じゃあせっかくだからムジカちゃんの領地?海まで街道を広げてみようよ!いいよねえ港!僕も使ってみたかったんだ!あとうちの派閥内でもね。ネブラさんは乗り気だし、ゼグラスはラウレミルに美食を買ってほしいみたいだしね。それなら街道を作っちゃった方がお得だろう?」
おい、なんで辺境派を一周する幹線街道施工案の地図が目の前でヴィクトル伯によって広げられている……?
「そうだ、街道に水路も並行させればいい!でも水路って悪用されると危ないよね?だから水路はもっとでっかく作ろう!そうだ、そこにトードマンとかセイレーンの人たちが住んじゃえばいいんだよ!」
マジか。それって国家規模の公共工事では?いや、それよりも読まれている……!
リンの提案である現地に住みついて影響力を拡大してしまおうという根本戦略が。
「ヴィクトル辺境伯、それは…水路沿いが我らの街になるという事ですが、それはよろしいのでしょうか?」
これはもうほぼ自白のようなものだが、それでも言わねばならない。
ここで確認をとっておかないとエライことになる。
ヴィクトル伯はあくまでにこやかに、しれっとヤバいことを言い始めた。
「そうだよ?何ならリンちゃんは街道整備でそうするつもりだったじゃないか。僕はそれをもう少し大きな規模でやりたいんだ。水路は便利だからねえ。自衛してもらうと助かるし、何より経済の動脈としてうちの領も豊かにしてくれるんだよ。莫大にね。投資する価値がある。何より、ラウレミル領ってそうやって外に人材を放出しないとやっていけないんじゃないの?」
全部読まれている……!まあこの人が気づかないはずもないか。
「それで辺境伯が得られる利とは何ですか?」
「ん?僕の利益?それはねえ」
ここでヘイゼル夫人がどかっと横の椅子に座る。
サンドイッチをテーブルの上の盆から取ってかじり、笑った。
野外ピクニック形式の宴なのだ。なにしろ現地の街道での宴だからな。
「何ビビッてんだよ。元からそうするしかなかっただろ?いい機会じゃないか」
「お気づきでしたか……」
この夫人とは手紙でやりあった手前、どうもやりづらい。
「お気づきも何もお前の所はそうだろ?ずっと開拓してんだから。あとね、私がお前のボスだ。つまりお姉さまと呼んでもいいんだよ?もう隣同士で一蓮托生なんだからね。最初の『喧嘩』は水に流そうじゃないか。なあ姉妹」
圧がある……!だが本音だろう。ここで和解を持ちかけるということは、なんとなくわかってきた。
「はい、こちらも隔意はありません。あの時は大変失礼いたしました」
ヘイゼル夫人はハンッとシニカルに笑ってワインを飲んだ。
「だったら街道に宿場町作る計画に私たちも一枚かませな。なあ良いじゃないか。私も共犯者になってやろうってんだ」
やはりそれが狙いか……
共犯者。なりたがる奴が多いな~!
最終的にどこに行くんだ私は。あっ、国家転覆からの王朝樹立か。
ヴィクトル伯が神輿か私が神輿かはわからんが。
「共犯者……その向かう先はやはり王都でしょうか?」
ククク、と辺境伯夫妻は二人そろってしーっと口に人差し指を当ててそれはもう楽しそうに笑った。
マジか~!いつかやるかもとは思ったが、しれっと国家転覆計画に乗せられている!
……やるか。やってしまおうか。
この計画が成れば私の首はなくなっても我が娘たちの存続は盤石になる。
もう誰もわたしたちを『根絶』できない。
「なあ、人生はいわば馬だ。夢見て駆けて死ぬか、厩舎の中で朽ちていくか。どっちがいい?グレイス・インガイエル・ラウレミル」
そう言って夫人は手を差し出してきた。
……私は、その手を取った。
「馬は駆けてこそです、ヘイゼル・グレンデル・ルストヴァルド夫人」
「気が合うね。じゃあこれは仲直りの握手だ。そういうことにしとけ」
「はい……!」
見てみるか~!夢!