完成した街道を使ってヴェスパシア領に馬車で行く。
この街道を作る際には軍とフィンブルたち傭兵が賊狩りをした。
もちろんゴブリンもバンバンぶち殺した。
これでこの近隣からは駆逐しつくしたな……母様も浮かばれることだろう。
「ところで……これは何なのだ」
ヴェスパシアからの馬車は馬がいなかった。
なんか勝手に車輪が動いている……
『脳移植ホムンクルス式自動運転馬車です』
「その……君は自分が馬車であることには疑問がないのかい?」
馬車の壁に生えた口が言うんだよ!
ロゴスも引いていた。私もドン引きだ!
『私はかつて馬でした。馬が走ることに疑問がありますか?』
「それはほら、食事とか……」
『味については幻想空間で自由に好きな物を食べられます』
「お、おう」
ロゴスが私と同じ口調になるほど動揺していた。
出迎えの時点でこれだよ!怖すぎるだろうヴェスパシア領!
『到着しました。ネブラ伯爵の到着までしばしお待ちください。外の景色をご覧になられてはどうですか?』
「ああ、わかったよ……うおっ!」
「どうしたロゴス、お前らしくもない声を出して……うおっ!」
まずヴェスパシア領に入って見えたのは森!
だがあまりにも巨木過ぎる……
ちょっとした要塞くらいの太さの木にごく一般的な一軒家がツリーハウスとしてくっついている!
「母様……クソでかい木に生えたキノコの上に家が建ってるんだけれど、これは夢かな?」
「いや、私にも同じものが見える……その木が何本あるんだこれは……百本ではすまんぞ」
それよりも通りにいる種族が豊富すぎる……なんだあれは、タコ人間か?
人間サイズのタコが帽子をかぶって歩いてるんだ!
遠くには人間サイズのアリが二足歩行で荷物を持って行進している。
あまりにも悪夢的狂気都市!恐ろしすぎるだろうヴェスパシア領。
「あっ、ハーピー族に腕が生えている……腰から」
おお、悪夢的光景!腕が翼で、腰から尻尾代わりに腕が生えてるんだが。
道行く人間種が腰からじゃらじゃらつけているキーホルダーの束は何だ!?
えーっと確かヴェスパシア伯もあんなアクセサリーつけてたな……
シャトレーンとかいう鍵束だったか。
「母様、今度はキーホルダーから音楽が聞こえてきたんだが」
「ああ、聞き間違いじゃないぞ。懐中時計に文字が書いてあるダイアルがついている……あれは何だ……」
「……母様、学院で聞いたことがある。曰く『ヴェスパシアは未来に生きている』と……」
「それは正しいな……これが都会というものなのか」
「いやあ、それは違うと思うな母様」
ここで馬車のドアがノックされて勝手にドアがあき、外でにこやかに待ち構えていたネブラ伯爵が手を振っていた。
「どう?これが私の領地。賑やかでしょう?」
クックック、といたずらっぽく笑っているが、こちらは何もかも目の毒耳の毒だ。
とりあえずまだ驚いているロゴスの手を掴んでロゴスの頭に手をやって二人でお辞儀するのが精いっぱいだ。
「今日は娘ともどもお世話になります。ロゴス、いつまでも驚いていないで挨拶するんだ」
「え、ああ……ロゴス・アステリオン・ラウレミルです。ネブラ伯爵、お招きいただきありがとうございます」
「なるほど、確かにあなたの娘らしいわねグレイス女男爵。クックック……たしか、教育について相談があるのよね?」
「うん、詳しくはどこか落ち着ける場所がいいね……」
ロゴス!敬語が崩れているぞ!ネブラ伯が笑っているではないか。
「クックック……いいわよ。まだパーティーまで時間があるしね。ロゴスちゃんはそれが素なのね。グレイス女男爵、そう睨まないであげなさいな。楽にして頂戴」
「は、わかりました……」
「あ、ありがとうございますネブラ伯爵」
「じゃ、『空の足』を呼ぶわね」
そう言うとネブラ伯爵はシャトレーンだかキーチェーンだかわからんが、腰から下げたチェーンにいくつもかかった小さなアクセサリーのうち、ダイヤルに文字が描かれた城前のような器具をカチカチと弄る。
「あの、それは何だい……何ですか?」
ロゴス!だがまあ私も気になっていたところだ。
道行く人が皆持っていたからな。
「これ?これは『ポケットベル』よ。ぶら下げてる鎖はただのシャトレーンの鎖だけどね。こういう小物が社交界では流行っているのよ。まあ、ぶら下げているガジェットは私がかなり弄ったここの特産品だけど」
そう言うとネブラ伯爵は『ポケットベル』についた小さなボタンを押した。
こう……ダイヤル錠をペンくらいの長さにしたような器具だ。
「これはね、このポケベルの大きさにもよるけどだいたい百文字くらいを送受信できる器具。短い手紙を遠くにいる相手にすぐ伝えるための道具ね。まあ、これ一つだとこの街中くらいしか届かないけれど」
「百文字の手紙を同じ街の相手にすぐ伝える道具をこの小ささで……!?」
ロゴス、だからいちいち私を見るな……!
だがちょっと待て、何か引っかかるぞこの道具。
そこで、ポケベルがリンッと小さく鳴き、ダイヤルが勝手にぐるぐると回って文章を作り出した。
『ゴリヨウTHX。スグニ。ドロン・サービス』
「ほら、こうしてすぐに返事が来るのよ。便利でしょう?」
「便利な魔法具だね……ではそちらの小さな箱は?道行く人が音楽を聴いていたけれど」
ロゴスはネブラ伯の下げるチェーンにかかったキーホルダーの一つを指さした。
「ああこれ?小型蝋管蓄音機。要するに音を貯めておけるのよ」
「音を……貯める……?」
「ほかにもあるわよ。このフォトロケットは撮影……ええとね、この目みたいな部分が見た風景をそのままペンダントの中に残せるのよ。今は20枚くらいかしらね」
ペンダントをパカッと開けると唖然とした私たちの顔があまりにも写実的な絵として描かれていた。
どうなってるんだこれ。鏡でもない……ないなこれは。
そんな事を思っていると、上空からふわりと丸っこいクラゲみたいなのが降りて来た。
牛くらいある!
おい何で牛くらいの大きさのクラゲが空を飛んでいる……
「さっ、この『ドロンクラゲ』の触手に捕まって頂戴。あとはこの子がつかんでくれるわ」
「はあ……」
ここまでくるとロゴスは理解を放棄してとりあえず言われたままにするようにしたようだ。
私もそれに倣う。
信じられるか?今私はクラゲに乗って家がくっついてるサイズの巨木の中を飛んでるぞ……
「母様、ヴェスパシアは本当に未来に生きてるね……」
「……未来か」
未来。そうだ。これは未来の形の一つか。
何かが私の中でアイデアとしてまとまった。
「ネブラ伯爵、これらは軍事技術なのでは?」
「あら、それはどれを指しているのかしら?」
「全部です。遠くの相手と瞬時に手紙を交わせる技術、音を記録する技術、見たものを絵として残す技術。馬のいらない馬車に、空飛ぶクラゲ……どれも軍事転用がすぐにでも可能です」
その時のネブラ伯はひどくうれしそうに笑った。
「クックック……及第点ね。ええ、それに気づいたのはあなたで3人目くらいかしら?」
「これが辺境派の切り札ですか。例の計画の……」
「ええ。でも私たちには数が足りなかった。最後のピースがあなたよ」
私が最後の一押しか~!
思ったよりヤバい派閥に入っちゃったなこれ。
とはいえ、国家転覆計画には納得して入ったし、それを考えると頼もしいともいえるが。
「もしかすると、それはかなり手加減した民生品で、本当はもっと高度な一つの魔道具にできるのではありませんか?」
「ええ、その通りよ。でもあえてこの形にしているの。私は一つの端末に全部入れるつもりだったのよ?例えば懐中時計型とか手鏡とかね。でもゼグラスはあえてこの小さな複数の飾りの方が『うまくいく』とアイデアをくれたのよ。この手触りと少しの不便さ、所有欲を満たす小ささ……」
そこでネブラ伯爵は言葉を区切って独り言のようにつぶやいた。
「……あの男、案外人間を見ている……いえ、これも視点の違いかしらね。『道具を人間の尺度に合わせる』……私にはない視点だわ。まあ私はどうとでも使いこなせるけど」
ネブラ伯爵はポケットから四角い手鏡のようなものを取り出してちらりと見せた。
しれっともうすでに作ってるんじゃない!
「……これ一つでこの都市のすべてが管理可能よ。ああ、これは私の個人用で他人には使えない防犯用の仕掛けがいくつもあるけどね……クックック」
こんな手鏡ひとつでこの巨大樹木都市が!?
恐ろしすぎだろうヴェスパシア領!
未来に生きてるな……
■
クラゲが飛んだ先は巨大キノコの一つで、立派なレストランが建っていた。
もうスケール感がおかしいな。
「ようこそ領主様!そちらの方は新しい住人ですか!?これはなかなか面白い種族の気がしますね!今までと違う作風を感じますよ!」
作風って言った今!?
「客人よ。あと私の作品じゃないの。そうね……古い知り合いの遺作よ」
その文脈だとこのタコ人間はあなたが作った人造種族になりますけどいいんですかこれ。
法律はどうなってるんだ、法律は。領内ではルール無用なのか。
「そうですか。ようこそお客様ァ!いらっしゃいませ♡料理店『気まぐれ』へようこそ!」
「う、うむ……よろしく頼む」
タコ人間が皮膚の色を変えたり、腕を雄弁に動かしたり、テンションを乱降下させつつスッとお子様椅子を触手で持ってきて丁寧に置いてくれる。
「あの、生命倫理などは」
「あら、あるわよ?私は植物に速さを与えてドライアドを、タコに長寿を与えてダゴンを、昆虫に知性を与えて昆虫人を。すべて与えてあげただけ。人間性ってやつをね」
イカれてんのか。
「何のためにですか?命を弄ぶためだけではないでしょう」
「まさにその人間性というものの定義を客観視するためよ。いろんな種族からの視点が欲しいのよ」
「どうぞ……一皿目ですぅ~!」
それで出されるのが顔くらいある焼きキノコでしかもちゃんと美味いのがマジで腹立たしいな。
「たとえば彼、ダゴン人なんだけどタコの知性の方向性と言うのは分散型なのよ。あなたにも覚えはあるでしょう?不愉快だけど納得した、とかうれしいけど危険そう、とか。彼らはそれらすべての思考が並行するのよ。なにしろ脳がいくつもあるから」
「ええまあ……今まさに教育について相談したのがあなたであったことに後悔と納得をしているところです。ロゴス……これでも魔法的な手段で教育をするか?こうなるぞ」
「どうぞ!二皿目っ♡」
蒸したロブスターと思ったらデカいアリだこれ。これもまあ臭みがまったくなく美味しいんだ……
「とりあえず、話だけでもきいてくれないか、ください」
「ええ、まあ話してみなさいな」
そこからロゴスは人口爆発があまりにもヤバいこと、読み書き計算が今の時点で家庭教育のみのこと。
学校を作りたい事、そのサブプランとして魔法による技術の受け渡しを考えていることを明かした。
「なるほどね。話はわかったわ……実はその完成系はもう運用しているわ。要は図書館と同じよ。違いは本を読んで覚えるか、魔法で直接脳に転写するかだけ……でもあなたたちにはたぶん必要ないけど」
「それはどのような理由でですか?ほら言っただろうロゴス!」
ここでネブラ伯爵はワインを一口飲んで笑った。
「だってあなたたち全員に『何か』の魔法がすでにかかってるから……ククク、これはかつて私がエリシアに見せた記憶転写と似てるわね。あの子が最も嫌った魔法を自らの手で完成させるとはね。皮肉なことだわ」
あ~、あれか!胎の中のアリアにかけてたやつか!
あれって遺伝するんですか母様!?
それで私たちは生後一か月で普通に喋れる種族に!?
どういう術式しているんです?どういう思いで私たちに……
いや、野暮なことだ。母様はまちがいなく私たちを愛していた。
だが、それだけではなかったのも知っている。
「そうねえ、それの活性化もちょっと付け足して読み書き計算くらい乗せるのも簡単よ。私がオリジナルをつくったのだから。あとで魔導書にまとめてあげてもいいわ。さあ、グレイス女男爵、これをいくらで買ってくれるのかしら」
「それは……金に換えられる物なのでしょうか?」
しれっと文明の転換点レベルの魔法を売られてもな……
そもそもこういう魔法を使っていい物なのかを相談しに来たんだが?
だがこのガンギマリな領地を見せられてはな。
「さて、対価をどうしたものかしら……あなたへの宿題にしておこうかしらね?」
「はい、年内、年内にはなんとか……」
問題が解決するどころか増えてるんだがどうなってるんだこれは。
だが、為政者としては使わない理由がないほどに便利なのはわかる。
「……ネブラ伯爵、あなたは生命の設計をしようと?」
私が胃をキリキリさせてる間にロゴスが質問をした。
見ればわかるだろ!このイカレた領地を!
「ええそうよ。そうね……私にとってここは金魚鉢のようなものよ。餌を与え、水草を入れて、適度に水をかえてやる。すると美しく育ってくれる……私はそれを愛でていたいだけ。私の予想しえない混沌を生み出す生態系をね」
恐ろしいお方だ。
これはマジでそう思ってるんだろう。目線が為政者を超えて神なんだよ。
「でもあなたたちのそれは別の方向に改良されているわね。これは設計というより……そうね。この魔法の名前は多分こうよ『
グレイス。私の名前であり、私自身、か……
「お婆様は、そこまで……」
ロゴスが息をのんでいるが、まあこの子は母様を直で見ていないからな。
だが、ネブラ伯には問うべきだ。母を知っていたこの人に。
「……母は、世界を呪っていたのでしょうか?」
「でもそれだけじゃなかった。それは今のあなたを見ればわかることよね?」
そうだな……その通りだ。それだけではなかった。これに尽きる。
……しんみりしてしまうな。
あっ、思いついたぞ。そうだ、これは良い。
「ならば私はこの名を背負いましょう。我々が世界に対して祝福であるように。いずれ、アリアの『契約』で私は誓いましょう」
「クク、やっぱりあなたはエリシアの娘ね……私が受け取った対価はラウレミルが世界を滅ぼす側にならないという保証。私が差し出したのは教育による『繁栄』。いい取引だわ……ククク」
乗り切ったぞ!これで現金は出さずともよい!
とはいえ、これほど高い対価もないんだがな……
なお、ヴェスパシア領での街道開通記念パーティーの様子はそれはもう筆舌に尽くしがたく……
ここに書くにはあまりにも狭すぎる。