ゴブリンエルフ始祖女王   作:照喜名 是空

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戦時準備

 その手紙が来たのは秋のはじめのある日だった。

 その日も私は執務室で書類仕事をしていた。

 

「アイゼンエーバー食品株式会社・ラウレマート提携記念祝賀会……なんだこれは。食品のチラシか?」

 

 手紙にはリンの字で『最重要!』とあったので横で政務をしているリンにたずねる。

 

「リン、この程度のパーティーなら孫でも行かせればいい。ちょうどいい経験になるだろう」

「母様、差出人をよく見てください。オズワルド卿と連名ですよそれは!」

 

 あっぶな。

 食品会社のパーティーに見えてこれは辺境派の会議じゃないか!

 紛らわしいんだよ。

 だが、これだけまぎらわしいものをあの実直なオークが送ってきたのには必ず意味がある。

 

「……軍事会議か」

「それ以外あります!?絶対行ってくださいね」

「わかった。リン、あまり根を詰めすぎるなよ?」

「この一世一代の兵站し放題の期間を逃すわけにはいかないんですよ!私の官吏スキルが火を噴きますよ」

 

 あー、まあ戦時準備の時は官吏の華だからな……張り切り過ぎだがな。

 

 ■

 

 レンガ造りの巨大建築で、煙突に倉庫。

 行きかう荷車。積み上がった木箱。

 人と物が絶えず行き交う工業都市。それがクロムガルドだ。

 そして、オズワルド卿が主催する『祝賀会』なるものは巨大な倉庫を貸し切って行われた。

 

「大きいな……なんと広い……これが倉庫とはな」

「ははは、物流にはこれくらい必要ですからね。さあ試食をどうぞ」

「うむ、いただいている。保存食でこれほどの味とは……カンヅメとやらはすごいな」

 

 なんか……鉄の壺をナイフで切ったら中からスープやらロールキャベツやら果物やらなんでも出てくるな。

 これだけの薄い鉄板をたかが一食分のために量産できる……

 クロムガルドも未来に生きてるよ。

 

「いえ、発想自体はそれほど珍しいものではありません。東部地域や魔法学院領北部では粘土で作った壺を密閉して乾かして果物を新鮮に保つ方法もありますからね。それを金属でやっただけです」

「さすがは物量のクロムガルドですね……我々には真似できません」

「できますよ」

 

 真顔やめろって。

 それはできますよではなくできるようにします、の顔だろ。

 怖いんだよ!

 

「乾燥スープって面白いねえ。便利だね!干し肉もこれに入れれば柔らかく食べられるよ」

「ヴィクトル辺境伯にお口に合うと言っていただければ製作者も喜ぶことでしょう」

 

 それにしてもこの食品……すべて保存食だ。

 アイゼンエーバー社は『非常食試食会』としているが……

 兵站だろこれは。

 想定している非常時が災害じゃなく戦時なんだよ!

 なんだこの天井近くまで積みあがった膨大な木箱と樽は!

 これが全部食料?マジか!?

 

「さて、では一次会はここまでです。二次会は近隣の貴族の皆さんで『親密』なお話をしませんか?」

 

 そう言って笑うオズワルド卿はあまりにも人畜無害な笑顔だった。

 逆に白々しいな……

 

 ■

 

 レンガの分厚い社屋に通された我々辺境派貴族はそれぞれが席に着く。

 ヴィクトル辺境伯、ゼグラス侯爵、ネブラ伯爵、オズワルド卿、そして私だ。

 

「……さて、皆さん帰られましたね」

 

 おそらくは間諜もまぎれている一般客が帰ったのを窓から確認したオズワルド卿はさっとカーテンを閉めると、にやりと笑った。悪い顔だ!

 

「じゃ、始めよっか!『例の計画』についての話をさ!とりあえずせっかく街道が完成したからさあ、それぞれの領の強みを合わせたいよねえ。今回はそのへんについてオズワルドが話してくれるんだろ?」

 

 ヴィクトル辺境伯がまずは音頭を取った。

 神輿は私だが、盟主はヴィクトル辺境伯という変な組織だからな我々は。

 

「ええ、私は戦時準備をラウレマートを軸に進めます。まずは兵站です。ラウレマートの在庫を偽装して物資を運び入れます。こうすることで各地の軍は滞ることなく円滑に補給を受けられます」

「ふむ……承った」

 

 まあ、主犯は私ということになっているからな。

 ならば補給線という最も大事な場所は私たちが働かねばならん。

 

「グレイス女男爵……この段階で乗るのはお勧めしません。そしてまだ提案はあります」

「失礼した」

 

 気を使ってくれるなあ……だが私たちもそのくらいは負担せねばと思うんだが。

 

「……ラウレマートの『研修』として『自衛』を教えます。さらにこれは従業員以外も参加できるとします。無料でね」

「つまり予備役か。普段は民間人だが、いざ『事件』が起これば徴兵されると……うーむ」

 

 娘たちにはあんまりそういう安息がない立場にはいてほしくないがなあ……

 

「いいえ、あくまで彼女たちは街道を襲う盗賊や侵略者から『自衛』していただくだけです。それが結果的に領内の軍と共同作戦を行う場合もありうるというだけです」

 

 ネブラ伯が薄く笑う。

 

「ククク……あくまで拠点防衛のための人員というわけね?」

「いいえ、ただ彼女たちには非常時こそ『自衛』しつつ商売を続けてほしいだけです。ただし、各領軍で共通のラウレマートで使えるクーポン券を発行していただきたい」

 

 今度はゼグラス侯爵が噴き出した。

 

「軍票やんけ」

「あくまで軍人優待クーポン券です。『有事』の時にラウレマートの『協力』で『事態解決』までそこで食事やサービスを受けられるというごく当たり前の『危機対応』にすぎません」

「よう言うわぁ。まあ、そういうことにしとけば王都のカス共もケチつけづらいわな」

 

 真顔で淡々としたオズワルド卿と笑いながらはやし立てているゼグラス侯でまるでコントみたいだ。

 

「……これが我がクロムガルドとラウレミルの強みを合わせる計画ですが、まだ足りません。ネブラ伯とゼグラス侯にお願いしたいのは……」

 

 ゼグラス侯が完全に宴会のノリだ。

 

「よっ!待ってました!」

「ゼグラス侯には『爆破石』をいくつかの橋の橋梁に埋めていただきます。遠隔で爆破できる術式と共にね」

「ええやん!敵が渡ってる最中にドーン!景気がよろしいわ!」

 

 ゼグラス侯爵がパチパチと手を叩く。軽いなあ~!命が!

 

「ネブラ伯にはラウレマートの倉庫に例の通信機……『ポケットベル』の基地局を。なんならもっと大型になってもかまいません。ラウレマートの一店舗につき最低一台は隠して設置しましょう」

「ええ、いいわよ。いよいよあの技術が外に出るのね……ククク、どうなるか楽しみだわ」

 

 ええと?つまりラウレマートが補給基地になって通信機も置いてあって。

 その『基地』を守るのは従業員が『自衛』する、と……

 要するにラウレマート秘密基地化計画、か。

 大丈夫かこれ!?

 後々でヤバいことにならんか!?あまりにも軍事基地だろ。

 

「……話はわかりました。つまりラウレマートを軍事基地にせよと」

「ありていに言えば、そうなります。建前は違いますがね」

 

 嫌だなぁ~!ただの飲食店の従業員にさせる業務じゃ無さすぎる……!

 

「……たかが料理屋の娘にさせることではない」

「……理解しています。必要ならばクロムガルドからも『警備員』を足しましょう。あくまで従業員の方には『任意の自衛』の範囲をしていただきます」

 

 う~ん!人も出すよ!と言われればなあ……!

 

「さらに、偽装倉庫もつけます。いざとなれば偽物の倉庫で『敵』をひきつけます。その上『有事』にのみ作動する『罠』をクロムガルドが施工を請け負います」

 

 机の上に広げられるスケールの違う罠の数々!

 偽物のラウレマートってここまでやるのか!?

 予算規模が……あまりにも違う!もう要塞だろこんなの。

 う~む……う~む!ここまで金と人を出すと言われれば……弱い……

 すまん娘たちよ……

 

「左様のご覚悟であれば、前向きに検討いたしましょう」

「ええ、兵力負担の割合についてはまた日を改めて」

「助かります」

 

 そしてここでオズワルド卿はグラスの水を飲んで一息整えてしばらく待つ。

 

「さて、ここまではあくまで大雑把な構想です。ここからは私からの『取引』になります」

 

 ここからがおそらくは本当に通したい話なんだろうな……

 どれだけ要求されるかを考えたら気が重いよ。

 

「みなさんが輸送に使っている木箱……これの大きさと寸法をこの場で決め、今後はその寸法の木箱による運輸をしていただきます。見本は先ほどの倉庫でお見せした木箱と樽ですね。あれの大きさをそろえます」

 

 その話を聞いてゼグラスがひりついた空気を出した。

 こんな迫力だせるお方だったのか!?木箱で!?何の話だ!?

 

「つまり君が運輸の度量衡を決めようっちゅうことやんな?」

 

 あ~!度量衡の統一か!母様が言ってたな……

 単位の統一は商人の面子に関わるので血が流れかねないと。

 

「まず申し上げますが、私はこの規格にクロムガルドの名を残すつもりはありません。結果として規格が統一されればいいのです」

「ほんまなん?」

「本当です、図をご覧ください」

 

 そうしてまた地図のように広い紙を机の上に広げる。

 

「へえ?ええやん」

「複数案を用意しました。それぞれの利益配分が均一になるようにと」

 

 第一案、と銘打たれた場所をオズワルドは指さす。

 

「第一案では、規格寸法はドラン領を基準とします。これは各地域を比べてもっとも妥当で現実的な寸法であると……」

「ええてええて。要は俺らドラン商人の面子を立ててくれたんやろ?それ出されたら弱いわ。賛成や」

 

 ゼグラス侯爵お手上げのポーズで笑う。

 

「でもいいん?ヴェスパシアにもなんか分けたらな」

「ネブラ伯爵と呼びなさい。ええ、そうね……なら私にはなにをくれるのかしら。利益の均一な配分、よね?」

 

 うおっ、かなりひりついてる会議だな……

 まあ利益分配の話だからな……それはヒリつくんだが。

 

「実物の木箱の設計はネブラ伯のヴェスパシア領にお任せします」

 

 ネブラ伯の眉が嬉しそうに吊り上がる。

 

「見本はお渡ししますが、規格設計も管理方式も通信連携も全てです。ただし、我々にも再生産可能を条件とします」

「なるほどね、利益というよりこれは名誉の公平な分配ね。いい案だわ。物流を支配する者が国家の形も造る……あなたもなかなか大胆ね」

 

 どうやらネブラ伯もゼグラス侯も気に入ったようだ。

 これはまあ覆せんな。

 ここでオズワルド卿は私を見た。おっ、私にも何かくれるのか。

 

「生産はひとまずはクロムガルドで行いますが、いずれラウレミルをこの木箱の生産の中心とします。作りやすく、大量の発注がある商品はラウレミルの雇用を安定させるでしょう」

 

 説明がちょっと丁寧だ……気を使ってもらっている……!

 

「つまり実益は私にと?」

「はい、そうです」

「……痛み入ります。ぜひとも」

「ご理解ありがとうございます。……そして、ヴィクトル辺境伯のルストヴァルドには中央巨大物流拠点と、それに伴う巨大市場の建設を計画しています」

 

 なるほど。つまり物流の中心がルストヴァルドに……

 あれっ、これ隣である我が領が首都にならないか?

 

「ええ!?良いのかいそんな大きなプレゼント!いいねえ、気前がいい!僕の所にすべての物が集まるのかあ」

「お喜びいただければ何よりです。ではこの案を進めて行きますがよろしいですか?」

「いいんじゃない?見なよ、みんな満足そうだ。異議なしだよ!」

 

 ここで静かに図を見てたゼグラスがつぶやいた。

 

「僕らはええけど。でもこれやとクロムガルドが持ち出し多すぎひん?大丈夫なん?」

「ええそうね。私たちは満足だけど、オズワルドあなたは何を手に入れるのかしら?」

 

 たしかにそうだ。クロムガルドはこれで何を手に入れる?

 彼ばかりに負担が行くのは禍根の元では?

 

「安全です。我がクロムガルドは安全が手に入ります」

「勝てば官軍、やから勝つために金は惜しまん……ちゅう話でもなさそうやね」

 

 勝つための準備にしては熱量が大きすぎる。何を求めているのだ?

 

「はい。どちらかと言えば共存共栄です。この中で誰か一人でも滅ぶと困る、だから互いに支え合うしかない。そうした相互の安全保障を私は必要としています」

 

 うーむ、この方はこの方でスケールがデカい!

 要はヴィクトル伯がラウレミルに街道を作った時と同じだ。

 互いの喉元に刃を突き付けることで争いを回避しようというのだな?

 そのためだけにこの天文学的予算を……?

 工業都市とは器が違うものだな……

 予算感がヴェスパシアのそれなんだよ。

 

「いいねえ、やっぱり君を誘って正解だったよ」

「……必要であるからやったまでです。私には皆さんほど大きな夢はありません。ただ私の領民に明日もパンを届けたいだけなんですよ」

 

 ふむ、オークの照れ顔とはああいうものか。

 

「それは十分に大きな夢やね」

「これでだいぶ形になっていくねえ」

「ククク、楽しみね……」

 

 その日が一日一日と近づいていくな……

 しかしまあ、悪徳貴族になってしまったものだなあ……

 

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