「ぬぅんっ!」
アルドリックは馬の背を蹴って飛び上がると空中で大弓を構えてこちらに撃ってくる。
私も空を飛んで斜め前に避ける。
すぐ横で大矢から雷が球体状にはじけて私の髪をわずかに焦がす。
『凍える大瀑布!』
私は兵に教えた水魔法、それを最大出力で打ち放つ。
まさに洪水か滝のような大量の水が私の片手から噴き出る。
その水の中には尖った氷も大量に含まれていた。
「こそばゆいわ!」
水を割って斬撃と共にアルドリックが突っ込んでくる。
だがその時すでに私はアルドリックの背後に回り込んでいた。
水は目くらましと布石だ。
『破滅の雷!』
私の手から幾条もの雷が槍のように放たれる。
よし、浅いが一撃は入った。
「ぬるい!」
そしてアルドリックの斧槍によるまさに暴風のような攻めが始まった。
斬撃が飛び、巻き起こる風すら肌を切り裂くだろう圧倒的破壊の竜巻!
だが私はその中でしなやかに軽く、そのすべてを見切って避けていた。
「はっはっは!最低限ついてはこられるか!」
「ダンスのお相手くらいは出来ねばラウレミルの名折れというもの!」
「いいぞさらに上げていくぞ!いつまで舞えるか見せてみろ!」
私は『魔力の刃』による偃月刀を振るっていた。
ずっとアルドリックの乱舞をよけ続けてながらだ。
打ち合えば容易く刃は砕け、そのまま一刀両断されるだろう。
なので弾くのではなく避ける。そして少しづつアルドリックの鎧に傷がついていく。
「まるで蝶か蜂だな!これほどまでにわが手をすり抜けられた者はそうはおらん!」
「小兵ですので!」
「このままだと千日手か……ならば!」
考えるのは両者ともに中距離戦。
『王の彷徨!』
『大いなる樹海!』
アルドリックの雄たけびが空気を震わせて私の身体を引き裂くより前に、私はばらまいた水に混ぜていたヴェスパシア製のタネを使った。
あっという間に岩よりも堅く、熊より太い木々が戦場に生い茂った。
『落葉の刃!』
そして私は樹木の一つに手を当てて、樹海の木々、そのすべての葉に魔力を通して刃と化させてアルドリック王子に向かわせる。
この森の無数の落ち葉一つ一つがカミソリのようなものだ。
「なんの!『王者の断頭斧!』」
その岩より堅い森を雑草でも刈ってるみたいにさくっとなぎ倒していくんだからたまらない。
だがまだ手はあるぞ。
『逃れえぬ刃糸!』
私の手から森全体に魔力が伝わる。幹から根へ。根から幹へ。
そして木々の間に鋼糸のような頑強で鋭い魔力の糸が具現化する。
これを力で破ろうというのならば、逆に腕がバラバラになるぞ!
「小細工を……燃えつきろ!『太陽は二度登る』!」
なるほど糸も森も燃えやすい。もう気づかれたか。
熱波がアルドリック王を中心に二回薙ぎ払うように放出される。
私の森が燃え尽きていく。だが、すでに十分に周囲には私の魔力が馴染んだ!
これならあれができる……
「どこだ!尻尾を巻いて逃げる気か!?」
「あなたのすぐ下だ、枝打ち王」
この樹海であった灰をすべて集め……巨大な拳とする!
くらえ!
『大いなる魔力の義肢!』
「ぐおおっ!これは!」
巨漢のアルドリック王を丸ごと握りつぶせるような魔力の拳を地面から突き上げる。
これがラウレミルの拳だ!手ごたえありだ!
アルドリック王は鎧を砕かれ、斧槍を折られて、天高くほうり投げられる。
「いい拳だ!歪んだ黄金樹よ!俺にここまで拳を見舞った女は初めてだ!貴様こそ我が覇道を飾る敵にふさわしい!」
「これが子を背にした母の拳だ!歯を食いしばれ!」
流れはこちらにある。畳みかけるぞ!
魔力の義肢を両手両足、そして胴と頭にかける。
すなわち、私の小柄な体を覆うように魔力でできた巨人が現れた。
アルドリック王より頭二つくらい大きい。
目にも見ろ枝打ち王!これこそ我が原点。この魔法の名は……
『ラウレミルの大母!』
その造形は、どこか私の母に似ていた。
いけーっ!母様!ぶちのめしてやりましょう!
「真正面からの殴り合いか!いいだろう!」
私たちは獣のような声をあげながら互いに殴り合った。
少しづつ、私の作った『大母像』も砕け、中の私に衝撃も伝わってくる。
だが負ける気はせん!
がっぷり四つで腕を組みあった!
「力比べだ!女の細腕でどこまで持つ!?」
「上等だ!火事場の馬鹿力を舐めるなよ!」
その時、ゴキッと音が鳴った。
アルドリック王の左肩。フィンブルが散々斬り付けていた場所が脱臼したのだ。
「ぬうっ!」
『魔力の剣!』
私はそれを見逃さず、すかさず『大母像』を解除して魔力の剣の偃月刀でアルドリックの心臓を突き刺した!
浅い!だがみぞおちのかなりの部分が斬れたはずだ。
「なんのこれしき!!」
それでも空を蹴って向かってくるアルドリックに私はとどめの魔法を放つ。
『毒花は焼け跡に芽吹く』
これはかなり魔法の成立条件が特殊で、『落葉の刃』で含ませた遅効毒を焼け跡に咲くタイプの毒花の毒で一気に活性化させる魔法だ。
ネブラ伯もよくこんな陰湿な毒を思いつくな。
だが、毒はゴブリンにはお手の物なんだよ。
「ぐおっ!」
「お覚悟を!」
体中の傷から出血毒で血を吹き出すアルドリック王。
その隙に私は今度こそ魔力で作った偃月刀を一振りした。
そう、父を殺したあの夜のようにだ。
「くく……子を守る母熊ほど狂暴な獣はない……母には勝てん、か……」
右手も切り落としてやった。ものすごく堅かったが。
王子はあきらめたように笑い、地に堕ちていった。
「……やれ、ラウレミル。貴様の大器、食いきれなかったとはな……」
「……おさらばです」
そして私は今度こそアルドリックの心臓に刃を突き立てた。
出血毒もあって、それはすさまじい血しぶきが私にかかる。
今の私はまさに鬼神のような姿だろう。
だが、勝ち鬨は必要だ。この偉大なる英雄の死なのだから。
「見よ!これがエンダールの偉大なる覇王の最後である!王を称えよ!我が勝利をさらに称えよ!」
私は血塗られた偃月刀を掲げた。夕暮れの陽光に覇王の血が輝いていた。
あまりにも長い沈黙の後、信じられないほどの歓声が地を震わした。
この瞬間、私は神話であった。
■
アルドリックの父は後の『ヴァルデマール上皇回顧録』でこの戦はこのように記述している。
『この戦はあくまで俺の独断!弟よ、セドリックよ。貴様は俺の死をもってこの戦を手打ちとしてエンダールの大樹を守り抜け。この戦によりエンダールは国の内に劇薬を抱え込まずに済む。貴様なら後を任せられる。この国を頼む』
王城にてアルドリックの遺書を読み、セドリックはため息をついて静かに命じた。
「兄は王として死にました。後継は私にと。……その役目を私はしかと承った。即位式を急ぎなさい」
我が息子、セドリックは後の氷の理知と言われる片鱗をこのとき初めて見せたのだ。
息子は即位式の後、静かに私と酒を酌み交わした。
言葉はなかった。故に私が口を開いた。
「アルドリックは見事であった。自慢の息子で……だからこそ、出来れば生きて帰って欲しかったがな。しかしそれを許さぬ道を歩ませた私には言う資格はなかろう」
「……惜しい方でした」
我々はバルコニーから王都の夜景を眺めていた。
セドリックはただ星を見上げ、私はグラスの酒を弄んでいた。
「ですが、兄は望みのままに生き、死にました。それ以上を望むのは兄の生き方への侮辱となるでしょう」
セドリックの声色には確かに王器があった。そうか、成ったのか。息子よ。
「その通りだな……さて、王として悲しんででばかりもおれん」
私はその時もう父ではなく、老王に戻っていた。
「セドリックよ、ラウレミルに百年後、確実に勝つためには何を勝利とする?」
セドリックもまた、淡々としていた。
だがこの淡白さこそ息子の譲れぬ決意であったように思う。
「……人が、人らしく暮らせる国を。ラウレミルと同じ土俵で戦ってはいけません」
その答えを聞いた時、私はようやく安堵した。
アルドリックは王として見事に散った。
だがセドリックもまた、王であった。
「正解だセドリック」
かくして我が国は、常識と人間らしさを国是として歩む道を選んだ。
その答えが最善であったかはわからぬ。だが事実として今でも我が国はある。
それをもって息子たちは十分な責務をはたしたと私は認める。
■
この回顧録を読んだ時、私の口に出た言葉は穏やかだった。
「……敵わんな」
私は本を閉じた。
国父と国母、か……まったく、違うものだな。