ドラン領へは行き方が特殊だ。
まず用意されためちゃくちゃデカい風呂敷みたいな袋にカバンや荷物を全部入れる。
そのうえで王城の屋上などの広い場所にそれを置いておくと……
「あ、どうもおおきに。ドラン航空ですわ」
「うむ、よろしく頼む」
「ドラゴンの出迎えとは豪勢だねえ」
荷物をドラゴンがつかんでひとっ飛びだ。
その後にもう一頭ドラゴンが来てこいつは馬車の代わりに駕籠を足にぶら下げている。
普通に一家が入れるサイズのやつをな。
「どうもよろしゅうに!」
「大きいな……ドラゴンなのに戦士ではなく運び屋というのが面白い」
「その通りだ。だから戦ってもおもしろくなかろう。わかるな」
「首都ってそんな感じなんでっか?」
「すまんな、さあ皆乗るぞ」
フィンブルに釘を刺しておく。
腕やアバラが全損してたのにしれっともう治っているからな……
まあロゴスに治療魔法を教えたのも、ギルドの治療施設を許可したのも私なんだが。
「ああそうだったな、わかっている」
「本当に頼むぞ!?今手を出したらお前が10割悪いからな?」
「そこまで暇じゃないさ」
そういいながらフィンブルはロゴスとの間に生まれた孫をなでる。
「ん、パパは私にかまうべき」
「クロノは父に似たねえ。おとなしいのは私譲りかな?」
ロゴスも親バカになっているよ……ロゴスのそこは私譲りなんだよな。
始まる前から騒がしい旅行になりそうだ。
■
そうして荷物はドラン領の迎賓館に預けて我々は少しばかり観光してから宿に行くとする。
宴まで多少の時間があるからな。
「山岳地帯とはこういう感じなんだね。本で見るのとはまた違うね」
「それが現地に行くということだ。にぎやかだろう?」
遠景を見れば岩だらけの険しい山岳が信じられない大きさで迫る。
「ん、山は大きい」
「よく見ておくのだぞ、ロゴスもクロノもな」
街に目を落とせば石畳が豊富に使われた清潔な道路。
そこに朱色の灯篭が立ち並び、無数の屋台と店がひしめいている。
料理屋、菓子屋、土産物屋、玩具屋。だが中心にあるのは、やはり食だ。
「なんというか……町中がお祭りみたいだね。いつもこうなのかい?」
「以前来た時もこうだった。ゼグラス侯の話ではこれが日常だそうだ」
道行く人もほとんどが獣人かドワーフでたまにトカゲ顔のリザードマンが混じる。
着ているものもモコモコしつつ色鮮やかなんだよ。
山の中なのに華やかな街だ。
四季のいつ来てもモミジだのサクラ?だの華やかな植物だらけだしな。
「ん、ヤシの実割りやってる」
「うむ、そうだな。欲しいか?」
「ん、パパやって!」
「いいだろう」
屋台でリザードマンが素手でヤシの実を割ってるんだよ。
どうもそういうゲームらしい。
景品がなんらかのぬいぐるみなんだがこれが出来がいい。
そのうえでヤシの実ジュースも売ってるからな。商売上手だよ。
「これは……うちの海領でとれたものをここまで輸入しているのかい?」
「おっ!こりゃラウレミルの王族の皆様ですやん!へい、おかげ様で良い物を商わさせていただいとります!どうぞ試してってください!」
「うむ、いくらになる?」
私が財布を出そうとするとまあ見事な仕草で止められるんだ。
あまりにも愛嬌があって責めるに責められん。
商売がうまいな~!むしろそれが怖いんだが。
「いやいや!王族の皆さんからはお代は取れませんや!その代わり色紙にサインを下されば……へい、こういう感じで王室御用達、と……おおきにどうも!」
流れるように私のサインが飾られてるよ。本当に商売がうまい!
物腰は丁寧なんだが、だから油断できん街だ。
なお、フィンブルはあっさりと魔力強化でヤシの実を割っていた。
「ん、おいしい」
「母様、これはクロノが夜食べられなくなるよ」
「う、うむすまない……まあどのみち宴には連れて行ってやれんからな」
ちょっと歩くとおもちゃみたいな屋台菓子を山ほど買ってしまっているんだよ。
クロノがもりもりおやつを食べている。まあ育ち盛りだからな。
どの道社交界デビューには早いしちょうどよかった。
だが、結果オーライというわけにはいかんなこれは……
「誘惑が多すぎる街だね。商売がうまくて街が楽しい。ここまでくればもはや毒だよ」
「そうだな。ここにいると贅沢が当たり前になってしまう。気をつけろよ、ドラン商人は手ごわいぞ」
「今それを実感したよ。今回はその知恵を借りに行くんだからいいのかもしれないけど」
「それでも油断はできん。それはそれとして足元をすくってくるのが商人というものだ」
あいつらそれはそれとして、別の商売を乗っけてくるからな。
リン、大丈夫かこれ?お前が来た方が良かったんじゃないか?
■
議場を兼ねた宴の席はまあ豪華でな……
氷桜なる魔法生物が薄い氷の花びらを舞わせ、会場のいたるところに香りのいい温泉が竹とかいう植物で暖気を巡らせている。
これだけ派手なのに、一つも下品ではなく気品をもって纏まっている……
ゼグラス侯の富と美学を見せつけられるんだ。
歴史のある家とはこういうものなんだ。
「これは歴史を見せつけられるね。悔しいけど仕方ないね」
「うむ、見習っていかねばならん」
先付けで出される梅酒とやらがまあ美味いこと美味いこと。
「やー、お待たせやね。楽しんどる?」
ゼグラス侯がまた一段と質素なのにものすごく高そうな着物を着て入ってくるんだよ。
私含めて幹部勢は今回のホストに杯を掲げざるをえないんだ。
「相変わらずゼグラスの街は楽しいねえ!今日のもてなしもセンスがいいし!言うことなしだよ!私はね」
ヴィクトル公が君は聞くことあるだろ?という目で見てくる~!
それはそうだが!
「ははは、おおきに。ただ僕はセンスがええんやないです、気風がええんですわ」
「確かにね!」
相変わらず上手いこと言うのがうまいなこの二人は!
「ククク……私が未来を見せるならば、あなたは古典の正解を持ってくる。面白いわよね。その気風の粋……楽しませてもらっているわ」
「こわいわあ、また追いつかれるやん?ほんでもこの氷桜はよかったわ。ええ買い物させてもろたで」
「気に入ってもらえたならよかったわ」
あの氷桜ってヴェスパシア製なの!?相変わらずだなあ……
これで竹は普通にドランの天然植物だから世の中は狂ってるよ。
あっ、私の存在自体が大概おかしかったな。
「どう?楽しんどる?オズワルドはん」
「は、ええまあ。ドラン製品の丁寧さには学ぶところばかりですね」
「いやあ、クロムガルドの実直さには負けるわあ」
まったく負けてると思ってない目で言うんだからそういうやつなんだよ。
そして大トリとして私に最後に近づき、丁寧で優雅な一礼をする。
「……どうも、女王陛下。お世話んなっとりますわ。今回の『趣向』どないでした?」
この嫌味で舐め腐っているくせにものすごく丁寧な敬語~!
マナーはいいんだよ。でも本音をあえて見せてるんだよこいつ。
この面倒くさいドラン商人が……!
趣向はどうだったというのは、たぶん浮島の募集がうまくいってないこと、私がその解決法を聞きに来たこと、ゼグラスがそれを全部予想して解決法までこれからプレゼンする気であること全部ひっくるめて『趣向』と言ってるんだよ!
あまりにも貴族仕草なんだ。歴史の差を認めるべきだな。
「……ああ、貴公の『趣向』の精緻さに感服している。その『秘密』が知りたいものだ。『趣向』はこれだけではないのだろう?」
要するに『お前は浮島の誘致問題の解決法を知ってるんだろ?その秘密をこれから聞かせてくれるんだよな?』ということだ。
私だって半分はエルフなんだよ!宮廷仕草くらい母上から習っているわ!
「へえ、気づいてくれはったならよかったわ。ほんなら楽しんでいっておくれやす」
「うむ、貴公の発想に期待している」
そういって乾杯だよ!面倒くさいんだ宮廷仕草って!
しかもゼグラス侯はこういう嫌味仕草を心から楽しんでるからな!
■
「ほな始めよか。ほんでもう女王様も気づいとるやろうけど、人工島移民計画ぜんぜん募集来ないやん?どないしよか」
どないしよか、じゃないんだよ。からかってるだろお前。
「ゼグラス侯はその答えを知っているのだろう?私にはせいぜい税制優遇や制度優遇、あとは女王たる私自らが離宮という形で率先していくべきだと思うのだが」
なんか……80点って感じの空気だな。
悪くはないんだろうが、たぶん違うなこれは。
おっ、この梅時雨というやつはうまいな。
「制度は必要ですね。ですがおそらく侯爵がおっしゃいたいのは後者、アピールの問題でしょう」
「なるほど、ではそちらを先に話を進めてくれ」
おお、オズワルド卿の助け舟!
この方は唯一貴族仕草をしないから安心できるんだよ!
そのぶん現場目線で容赦ない答えが返ってくるんだがな。
「せやね、要するに空気、世論や!海に住んでるやつはうらやましい、海に住むのが流行の最先端!そういう空気を売るんよ」
簡単に言ってくれるなあ~!それができてたらここまで苦労してないんだよ!
「だが私には浮島を安全な場所であると行動することはできるが、そのように欲望を掻き立てる作法がわからん。それはゼグラス侯やヴィクトル公のほうが得手ではないか?故に頼む、知恵を貸してくれ」
私の頭だったら何度でも下げる!金はこの金持ちどもには意味がない。
立法や采配でも彼ら抜きには立ち行かん。
なら私が差し出せるのは権威と武力しかないだろうが。
「ん~、ほんなら貸すだけやで?後で何で支払うかは考えとってな」
「ああ、そのくらいならば私の頭も追いつくだろう」
逆嫌味返しだよ。傷ついた風の態度で譲歩を引き出す。
卑屈な宮廷仕草であんまりやりたくはないがな。
「冗談ですやん?まあええけど。ほんならあえて抽選で浮島の家プレゼントいうのはどない?あとは見学ツアーのチケットくじとかやね」
「やはり普通に見せるだけ、与えるだけではいかんか」
「あかんあかん。選ばれた奴だけが見られる、いう形にした方が、人は勝手に気になるんよ。ツアーなら帰ってきたやつが噂広げてくれるやん?」
ここで隣にいたロゴスがつぶやいた。
「なるほど、射幸心と人は与えられたものに価値を感じない感覚か」
ゼグラスがニイッと蛇のように笑う。
「おお、王女はんもええこと言うね。せやねん、与えられたらそれは押し付けや。ほんでも運よく景品でもらったんならそれは価値になるんよ」
「なら、学校で見学旅行というのはどうだろう?まずは見て楽しんで身近に感じてもらった方がいい。それに親は家から離れられないが、子供は独立して引っ越せる。その時少しでも覚えがあるほうが候補に挙がる……どうかな?」
おお、さすが我が王室の知恵袋だな!
お前に本を読ませて本当に良かった。
しかしそうか……ただ与えては押し付けか。それは子育てでもそうだな。
うーん、ここでその課題が再びでてくるとは人生わからんな。
「ええやん!学校の見学旅行。これはデカいシノギになるわ。ほんなら対価はこれでええよ。うちの運送会社にしばらく任せてくれへん?」
「……わかった。ぜひ頼む」
ここでヴィクトル公がいくつかの酒瓶を見せた。
「それだけじゃないよね?これ、ドラン領で買ったお土産なんだけどよくできているよねえ」
そういって順番に酒瓶が回ってくる。
む、これはうちのヤシ酒だな。そのうえでこのラベル……
南国の楽園が色鮮やかに描かれている。
ふと『こんな場所に行きたい』と思いたくなるくらいの名画なんだよ。
実物知ってる私でもな。
なになに、作者名は……私でも知ってる超巨匠じゃないか!
こんな巨匠に酒のラベルの依頼を!?一体いくらしたんですか!?
「美しい絵だな。今すぐ南国に行きたくなる……なるほどこれが答えか」
ゼグラス侯はいたずらがバレた子供のように愉快そうに笑った。
「あちゃ、バレてもうたか。まあせやねん。これが答えなんよ。百聞は一見に如かずやね。口でごちゃごちゃ言うてもわからんねん。それより最高に美しい絵が一枚あれば憧れが生まれるんよ」
「こんな絵の一枚で人は海に行ってしまうのか!?」
「逆にほかに何なら行ってくれるんよ。きっかけゆうのはそういうもんやで」
は~、そんなものなのか。しかしこれは誇大広告なのでは?
いやまあ、だいたいこんな感じではあるんだが。
「なら僕もパトロンをしている作家や画家に南国を舞台にした海洋ロマンを書いてもらおうかな。普段支援しているんだから、こういう時に役立ってもらわないとね?」
コッワ~。ほとんど実物見てない奴らで勝手にイメージが作られているよ。
「しかしそれは……誇大広告では?」
「あくまで酒瓶のラベル、ただの演劇。要するに勝手なイメージなのは最初から明示しとるやん?あこがれるのはそいつの勝手やで」
「それはそうだが……雇用と税制と安全基準とかの実利も必要だろう」
「それも同時進行やね。ほんでもそれは来てもええ理由なんよ。僕が掻き立てたいんは来る理由、つまり欲望や」
なんだか国民の外堀を埋めて操っているようで嫌なんだが。
嫌だが、しかし私の計画したこととはそういうことだ。
というかすでにこいつに販売権をもう売り渡していたよ!
「……わかった、広告方法は卿らに任せる。もとより販売権はもうすでに渡したのだからな。むしろこちらから礼をせねばならん」
「僕はええよ。さっきの学生旅行の独占権で十分や」
あれっ、思ったより巨大利権の話かこれ?
「ならばせめてヴィクトル公の作家への依頼料くらいは」
「いいよ、その代わりどんなものができても止めないでほしいかな」
「……わかった、それを咎める権利は私にはないだろう」
心配だよ~!どんな広告になるのか~!!
とはいえ、いっぱい来てほしいからなあ。
やるしかない、やるしかないんだ!