そうして、また数年がたった。
ああ、ノルドの使者も来たよ。こいつも濃かった。
『HAHAHAHA!こいつは驚いた!たった10年くらいで海に港ができてるんだからね!』
こんな感じなんだよ……
こいつはノルド式の船の設計図と引き換えに大量のスパイスを買っていったよ。
そう、我が国はもうスパイスの大量生産を可能にしている。
ネブラ伯ががんばって栽培法を確かめてくれたからな。
あとはクロムガルドの生産力とゼグラス侯の流通能力でバカみたいに儲かった。
なんなら直接売るのは我が港だしな。経済がものすごい勢いで回っている!
「浮島もずいぶんにぎやかになったわねえ」
「たかが数年で変わりすぎだろう」
「それが生きてるってことでしょ」
私はアリアと離宮に来ていた。
ここも変わった。有り余る富を我々は生活魔法具に注いだからな。
刻印魔術による冷蔵庫だの空調機だのが入り込んで夏でも涼しいし冬は暖かい。
もう陸に帰るのやめようかな~!だがリンが王城でがんばってくれているしな~!
まあ、あいつも冬はコタツなるドラン製の刻印魔道具から出てこないんだが。
「キッチンからしていつのまにか別物だぞ」
「安全で良いじゃない。火力はないけど」
アリアが今パスタを煮ているのは魔術刻印式コンロ。
水を出してるのは刻印魔道具式蛇口だ。
蛇口はこれ魔道具だから水道管いらないんだよ!
どっちかと言えばウォーターサーバーに近い。
コンロは金属の鍋を置くと勝手に温かくなるんだよ。
まあ……海の上で火事を出すわけにはいかない。
だから薪からコンロに変えるように立法したのは私だが……!
あまりにも便利過ぎていかんともしがたい違和感がな……!
「あら、マリナが来るみたいよ」
「そうか……私は後で良い。マリナに飯を出してやれ」
アリアが腰に下げたシャトレーンで短文通信を受け取る。
そう、これも今や日常に流通した!してしまった……!
家にはちょっと大型だが通信機とつながった記憶の石板でいつでも魔法が買える。
この通信で本だってやり取りできる!私にはもうついていけないよ……
「冷凍庫に作り置きがあるから大丈夫よ」
「便利になったなあ~!」
「みんなのおかげよね」
そういってアリアは愛おしそうにムジカの出版した蓄音板を撫でると再生機にそれをセットする。
うーむ豊かな音色。いつでもあいつの声が聴けるのはいいけどなあ……
私はテラスの寝椅子に座ってマリナの到着を待ちながら外を見る。
「港もずいぶん変わった」
階下の街を眺めれば……
鼠人にコボルト、蛙人に魚人の血が混じった我が子孫たち。
オークの船員、ドワーフの工夫。いろんな種族が行き交っている。
「あら、素敵じゃない。いろんな種族の中に私たちの血が溶けていく。これが私たちのお母さまの理想でしょう?」
「……かもしれんな。確かに、確かに母様はこれを望んでいたのかもしれん」
その上、混血した我が子孫たちはなんか……
『魔力の義肢』で獣耳やサメやシャチの尻尾を生やしていた。
水中呼吸の魔術刻印も合わせればもう完全水棲種族だよ!
今では海上都市の根っこの方で完全水中都市が作れないか実験しているらしい。
「しかし水中にまで広がるとはな」
「溺れるよりマシでしょ。それに水中呼吸もヒレも慣れたら楽しいわよ。お姉さまもそうでしょ?」
まあヒレとか尻尾とか生やして泳ぐのは楽しかったけどさあ!
こう、種族としてのなんというか、なあ?母様がこの魔法を作った想いとかさあ!
……だが、この魔法が今の子孫に愛されているならばきっとそれでいいのだろう。
受け継がれるとはきっとこのようなことかもしれない。
そんなことを考えていたらマリナが来た。
「あー、婆ちゃん久々っすね。いや~ヤバいことになりました」
「今度はなんだ?海の中に都でもあったか?」
「おっ、さすがお婆様っすね!カンがいいすね!」
あるのかよ!水の中に都!
まあ私たちも造ろうとしてたんだけどさあ!
「それでまあ、とりまお土産でスパイスジャーキー渡しときましたけどよかったっすか?」
ん~!勝手に外交が始まっている!だが、初見の人に食べ物で贈り物をするのは礼儀!
「うむ……それが無難だろう。よくやった」
なでてやろうなでてやろう。
大人しくなでられてくれるのはこの子くらいだからな~!
可愛がってしまうよ。
「えへへ……えと、まあそれでっすね。相手も王族の人が出てきて、婆ちゃんにぜひ会いたいってお手紙っす」
しっとりした笹の葉みたいな紙によくわからないインクで達筆なエンダール語が書かれている。
紙からは、わずかに潮でも苔でもない、深い水の匂いがした。
は~!また王族か!勘弁してくれよ!
あっ、だが王族の対応をするのは女王である私の役目だったな!そうだったよ!くそっ。
「ふむ、なるほど……わかった。早めに行こう」
「あざす!」
なんかすごい丁寧な口調で『ぜひ一度お会いしたい』みたいな感じなんだよ。
なんだろうな、すごく静かだが一語一語に重みというか何かしっとりしたものを感じる。
礼儀正しさがそのままこちらも背筋が伸びるような妙な重さになるというか……
また面倒なことになりそうだなあ。は~!
「マリナ、ご飯食べていくかしら?」
「婆ちゃんちのご飯好きっす!ゴチになります!」
アリアがあつあつの芋粉パスタをテーブルに乗せていく。
おかずも海鮮サラダにチキンミートボールとたっぷりだ。
この海上都市も豊かになったものだなあ……
■
そういうわけで現地の近くまでクロムガルドの船を出して近づくわけだが……
しれっとネブラ伯とカシアンが乗ってるんだよ!呼んでないよ!
「お二人ともどこでこの話をお聞きに?」
「そもそも誰が通信網を作ったのかしらね?」
「人の出入りがあればギルドの耳は届きます。そして、このような調査はもともと我々が要求していたことです」
「んんんん!」
畜生お前ら通信機を盗聴していたな?
通信網を管理しているのはネブラ伯だからそれはそう!
だがカシアンお前はなんなんだ。怖すぎるよギルドの情報網。
「ところで……その、ネブラ伯はアラクネでしたよね?」
「そうよ?何か問題かしら」
ネブラ伯はネブラ伯でいつのまにか下半身が蜘蛛から海蛇に変わっている!
これじゃアラクネじゃなくラミアだよ!
「お身体が変わっているように見えますが」
「逆にあなたは私が身体の一つも変えられないと思っていたの?」
「んんんん!」
それはそうだが!とうとう行くところまで行ってしまいましたね?という感はある!
「聞けば五龍諸島系とはいえ未知の種族に会いに行くんでしょう?肉体を改造るくらい安い物よ」
「私は刻印魔術のみで済んで行幸でした。ラウレミルの技術発展には興味が尽きませんね」
「あら、肉体の変化は視点の変化よ。他者理解という点では優れているわ」
このイカレ学者共が!ネブラ伯とカシアンがいい空気を吸っている~!
くそっ、気楽なものだな。
私は新しい王族との外交で頭がいっぱいだよ。
「どうだマリナ、この服装で失礼はないか?」
「いい感じじゃないすかね!」
向こうからお返しに貰った水はけがいい生地でドレスを仕立て直しだよ。
泳ぎやすいデザインにもしなきゃだしな。
なおカシアンとネブラ伯もうすでに自力で水中用の礼服を仕立ててきてるんだ。
呼んでもいないのにな、くそっ。
「じゃあそろそろいくっすよー!」
「お、おう」
やれやれ、行くか。
こんなにガラスみたいに明るく透明な海なのに気が重いよ。
「ククク楽しみね」
「ええまったくです。海という未知……実に心が躍ります」
気楽でいいなあ!お前らは他人事で!