レイトク殿下がぱんぱんと軽く手を叩く。
すると引き戸を開いて女官たちが黒塗りの台に料理が置かれたものを私たちの前に置く。
なにこの小さなテーブル?二本の棒?いちおうスプーンのようなものもあるが。
おお、でも料理はうまそうだ。ちまっとしかないが。
「先付と椀物でございます」
「前菜とスープというわけね?」
「はい、まずは軽いもので口を潤していただきたく」
なにこのちまっとした酒の肴みたいなやつ、と思ったらそういうことか。
前菜なんだなこれ。
しかし……何かすごいな。こっちの何かの卵?はぱっと見は真珠みたいだし、こっちのゼリー?にかかっているソースは青白く光っている。この謎のコリコリしてそうなパスタと謎の粒みたいなのも光ってるし。
「ほう、美しい料理ですね。もういただいても?」
「ええ、どうぞお召し上がりください」
なんか……レイトク殿下は手を合わせてから食ってる。
私も真似しておこう。よくわからんが作法なんだろう。
ふむ……全体的に塩辛いがうまい!謎のコクがある!
「これは美味しいわね。この卵は真珠状の粘液がかかってるし、このゼリーには蛍光物質を出すプランクトンが含まれているわ」
「この麵のような植物はおそらく海葡萄の一種でしょうか。非常に珍しい種類ですし、和えられている貝柱はこれはホタテですね。高級食材ですよ」
解説助かるよ。
なんか……すごい高いやつじゃないかこれ。
まあ王族が王族をもてなす料理だからそれはそう。
というかその二本の棒ってそう使うの!?どうやって食べ物つかんでるんだそれ。
「ええ、手前味噌ではありますが深き海の方は時折そうした珍味を売りに来られます」
なんか全部光ってるものな、この前菜……
おっ、この丸いお椀固いぞ!開かん!
「これは開けていいものですか?」
「申し訳ありません、たまにそのように開きにくくなるのです。よろしければ……」
「いえ、ならばなんとかなります。『魔力の義肢』」
えいこの!手に薄く魔力の義肢を纏って無理矢理開けた。
パコって音するんだなこれ。うむ、温かいスープだ。
透明でまるで海を飲んでいるようだが、確かに味がある。
優しい味だな……
「それがらうれみるの妖術にございますか」
「へえ、そっちでは妖術と発音するのね。ええ、よければ火の国の魔法についても聞きたいわ」
「私も身近なまじない以外は詳しくありませんが……そうですね……」
レイトク殿下から魔術談義を聞きながらどんどん料理や酒が運ばれてくる。
しかしまあ、独自の魔術体系だな……
使い魔や神の力を借りたり、魔力を気という概念で説明したりだ。
というか……どちらかといえばアリアの契約魔術に近い概念的な魔術体系で……
なんか、しっとりしている!七代先まで祟る呪いって何!?
「なるほど、そちらの魔法は肉体的な技術というより契約の履行に近いのね」
「なんというか……日常のまじないとは別に死をもって相手を呪うようなものもあるのだな……」
「言われてみれば、そのようなものかもしれません。日々のこまやかな術と相手を呪うという事には大きな隔たりがございます。私どもは呪うという時は相応の覚悟がありますので」
コッワ~……これはあれだ。
普段静かな人を怒らせたときは本当にヤバいとかそういうやつだ。
「へえ、面白いわね……あら、この黒いソースもかなり面白いわ。微生物の発酵を使った……これは豆ね。豆を微生物で分解してるのね。制御された腐敗……かなり高度なことをやっているわ」
生で魚の切り身が出てくるんだよ。なんなら頭ごとゴロンと。
もう死んだ魚と目が合った時はどういう料理だよと思ったが……
この黒いソースをつけるとまあうまいんだ。
「さすがのご慧眼ですね、ねぶら殿。いかにもこれは豆を醸して作っているそうです。なんというか……米を蒸して酒を作るようにです。程よく暖かい所に煮た豆を、こう……様々に細工してつくるのですよ」
「面白いわね。いくらか研究用に買わせていただいてもいいかしら?」
「ただの醤油ですが、売れるのですか?いくらかはお土産に入れさせてもらいますが」
「売れるでしょうね。だってあなたたち、ほとんどの料理にこれを使っているでしょう?」
まあこのソースつけるだけで生魚ぜんぶ美味くなるものな。
奇跡のソースだよこれは。たぶんゼグラス侯ならはっきりしたことがわかるんだろうなあ。
「ふむ……ネブラ伯、すまないが少しゼグラス侯にも分けてやってくれまいか。あの方ならばこれのちゃんとした価値がわかるだろう」
「ええ良いわね。専門家の意見も聞きたいわ」
ここでレイトク殿は少しうつむいて考えていた。
「さようなのですか、売れる物なのですね……」
「レイトク殿下、いかがしましたか?」
「あ、いえ。貿易となればこちらから何を差し出したものか迷っておりましたので。醤油が売れるとは意外でした」
「そういうものなのですか?良い特産品に思えますが」
ここでネブラ伯は笑った。
「おそらくこの醤油というソースはここでは極めて一般的なのよ。言ったでしょ?ほとんどすべての料理に使われているって。人はそれだけ身近なものはあって当たり前なのが普通よ。外国にはないなんて思いもよらないの」
「なるほど……そうだな、ここでこちらの需要を言っておくのも外交か」
「ええ、何かお求めのものがございましたら、ぜひ」
うーん、そうだなあ……色々物珍しいものがあったが、言うのはタダか。
タダかもしれん。そうだったらいいな。タダほど怖い物はないんだが。
「そうですね……我がラウレミルも水中の街を作ることに前向きです。ですのでいただいた水の中でも書ける紙と墨、それからこの布はぜひとも買わせていただきたい」
この今着てる服の布は水はけがマジでヤバい。もう完全に乾いてるんだ。
そして書状に使われてた水中でも破れないし書ける紙は絶対いる。
「なるほど……それは助かります。ぜひとも用意させてください。こちらからはそうですね……陸の獣肉に金属、陶器、そしてやはり香辛料は助かります。どれも水の中では手に入りませんから」
「良いですね。その方向で貿易を進めて行きましょう」
「かたじけのうございます。帰りがけにはぜひ沖の市にお立ち寄りください。ただ、深き海の民には、大きな音や光は少々つろう感じるそうです。くれぐれも静かに接してくださいますよう、お願いいたします」
ふう……わりと和やかに宴が終わりつつあるな……
わけのわからない料理だったけどまあうまかったよ!
酒もすごく清らかな感じだったしな。
「ええ、もちろんです。我々も不要な諍いはしたくありませんから。しかしこの酒はとてもおいしいですね」
「ええ、九頭竜泉と申しまして祝い事の時に使われるまこと尊い酒なのですよ」
「これは貴重なものを……」
おっ、今度はスープか。真っ赤というかカレー色というか。
これもうまい!温かく塩辛く、癒される……
「あら、これもさっきの醤油と同じ豆を使っているわね。興味深いわ……!」
「……お土産に味噌もおつけいたしましょう」
「お気遣いいただき、すみません……!」
私とレイトク殿下は顔を見合わせて苦笑してしまうよ。
このあとデザートのフルーツが出てきてこれがもう中身真っ赤なのにバカ美味いんだ。
ネブラ伯はこそっと種を懐に入れるんじゃない!バレてるし苦笑されているぞ!
■
沖の市は主に獣人と魚人から色々と買った。
このひょうたんって木から生える実なの!?とか獣肉や陶器と引き換えにそんなヤバそうな深海の珍味売っちゃっていいの!?とまあ色々驚きはあったが……
『……』
まあ一番の驚きはこのヒトデ人だよ。
あんま……喋らない。
そのうえなんか体から出す光で何かの身振りをしているらしいんだがまるでわからん。
店?もヒトデ人を中心に同心円状に規則正しく品物が並んでいるし……
『あの……これは買っていいのか?そもそもいくらであり、これは何なんだ?』
『おっと、女王陛下。棘皮の深き民の店はまず外側のものから買わなきゃなりません。店主に近い中心の物は常連様用でさあ』
買い物の案内はこのキノシタなるラッコ系獣人がついてきてくれた。
『う、うむ……すまないキノシタ殿。ところでそれは本当に何なんだ?』
『さあ……あっしにもよくわかりませんや』
本当になんなんだよこの生物は!と思っていたら何らかの魔法ですいっとよくわからない貝殻に何か細工したような品をヒトデ人が渡してきた。
『……これ、やる。割符……着飾る、それにもいい。異国の中心たる者よ。永き眠りのあらんことを』
『あ、どうも……キノシタ殿、これはもらっていいものか?』
『へえ、たぶん。陛下の高貴さに対するご挨拶のようなもんでしょう。たぶん』
たぶんって!怖いなオイ!
ネブラ伯とカシアンも後ろから『面白いわね~』という後方観察者面でうなずいてるんじゃない!
『な、なにか対価は……』
『否。貢物』
『は、はあ……』
レイトク殿下の言葉の意味がわかってきた……!
これはじっくりつきあっていかないとわかんないやつらだ!
なんなら長く付き合ってもわからんかもしれん!
タコ人?こんなだよ。
『おお!女王?面白い気!何の用でここに来たの?それにしても……暇だなあ』
『お、おう』
ノリが……この気分の移り変わりが激しい所がネブラ伯のダゴン人とそっくりだよ!
なんか数人で踊りみたいなのを踊ってるんだ。変なリズムで。
しかもすごくそれぞれが勝手に動いたり、逆にじっとなんか立体パズルみたいなのを解いてたりだ。
あまりに自由過ぎる……!
『面白いわね。やはり根幹の分散思考は同じ……でも興味の方向が研究的ではなく文化的……わずかな差異が最終的な出力を大きく変える……やはり次はダゴン人を連れてくるべきね』
『あの踊りは似たようなものを以前見たことがあります。文化的継承がちゃんとある……?新しい発見ですね』
なんか……この深き海の民、ダゴン人と違って見た目がわりと人に近くて、でもずっとチビで妙に丸っこくてかわいい見た目なんだよな。
妙に明るくて、まるで童話で聞いた妖精的だ。
『遠くから来たの?とっても遠くから?ついていっていい?』
『いや、それは……』
『じゃあ逆に踊っていく?』
こんな感じなんだよ……!
『あ、じゃあ私が婆ちゃんの代わりに踊るっすよ。ちょっとは知ってますから』
『わーい!』
なんか……腕の表現が多彩!
リズムがあまりにもコロコロ変わってファンキーすぎる……
まあそんなわけでどっと疲れたがなんとか船に戻ったんだよ。
お土産の箱一杯抱えてな!
なお後日、醤油や味噌、耐水紙の目利きと流通をゼグラスに頼んだら狂喜乱舞してた。
これは世界を取れる調味料やで!だそうだ。
また忙しくなるなあ。うちの国どんどん拡大を続けてないか?
まあそういう国なんだが最初から。