私は娘たちに教えた。
魔法だけではなく、生きていく術も。
「うへっ、肉ってこんな感じなの?」
「慣れるしかないよムジカ」
「ロゴス、それはそうだけどさあ……」
「うむ、結局は我々はどこかで命を奪わねばならん種族だ。だから感謝していただくのだぞ」
「はーい、まあもう昨日も肉食べたからね。今更だね」
「次は料理に移ろうか、お母さん」
鳥や獣を狩る技を。食べられる野草の見分け方を。
「ねー、ママこれ暗記しなきゃだめ?」
「形を覚えて実物を取ってくるのが早いのだがな……ちょうどいい、気晴らしに外で見てくるといい」
「はーい。あ、遠くには行かないから心配いらないよー」
「ああ、信じている」
「ママの期待が重い!」
そしてその野草の育て方も。鉢植えを焼く陶芸のやり方も。
「お母さん、この野芋はそろそろ株分けかな?」
「あら~!豊作じゃない!」
「ふふふ、鉢植えから焼いたからね」
「半分は今夜のスープにするわね」
「もう食べていい物なのかい?お母さん」
「たぶんね」
それだけでなく文字や詩歌も。
「だいぶ……ロゴスのノートが増えて来たわね……」
「自分で野草図鑑や錬金術の実験結果を本にしているからな」
「ねえ、姉さま」
「ああ、そろそろ考えるべきだな……」
「ムジカもまた新しい楽器を作り始めたしねえ」
娘たちは大きくなった。そしてこのままでは血が濃くなる一方だろう。
そろそろ色気づいてくるだろうし……
私たちを気に入る物好きを探さねば。しかし事が事だけに慎重に行きたい……
「なんとか外の血を入れねばならん……とはいえ、私たちが出て行ったところで相手にされるかどうか」
「そこよね~」
そんな答えがないままに日々が続き、そしてある日その男をムジカが連れて来た。
「やあ、君たち新種なんだって?で、君が最初の一人?」
「お前は人間……なのか?」
海賊服に三角帽。青白い肌に目元の隈。美形だが陰がある。
特徴の塊なのに、目を離せば怪しかったとしか思い出せない茫洋とした印象の男だった。
「ランドルフ・ラック。ヘンドリック・デッケン。フォルケンバーグ・ノルド……全部僕の名前。全部偽名だけど。で、君の名前は?」
「む……グレイス・インガイエル・ラウレミルだ。意外か?この名を名乗るのが。……やはり知っているな。我が家がどうなったか。私が何者か」
怪しい男はくすっと笑った。得体のしれない笑みだった。
「君、面白いね。まあ合格点かな?ああ、どうせエリシア・セラフィナ・ラウレミルがゴブリンに産ませられた子だろ?君のお母さん思ったよりやるね。で、いつ死んだ?」
「その前に、お互いの目的を言わないか?」
「共犯者になりに来た……って言ったらどうする?」
それがこの森の中で海賊のような恰好をした妖しい美男子『顔のありすぎる男』との邂逅だった。
私はこの後ながいこと……本当に長い事、この男と出会うべきだったのかと悩むことになる。
■
「どういうことだ……?だが、そうだな。私の目的は……外の血を入れる事だ。要するに娘たちの婿探しだな。それも不本意な物であってはいけない。私はゴブリンにはなりたくない」
「だろうね。だから僕たちは取引できる」
この怪しい男……仮にランドルフ・ラックとするが、こいつはなかなかの美男子だった。
目にクマのある暗い魅力の男だ。今も三角帽の下でうねった黒髪を弄っている。
そしてそれがサマになる海賊服の男。
静かに笑みを浮かべ、おかしそうに語る。
「なるほど?つまりお前は娘たちを受け入れるような相手を紹介できると」
「そうなるね。対価はまだいいっていうか、君たちを世界に広める事自体が僕の対価だ」
「……だから共犯者、か」
たしかにそれは良くも悪くも世界を動かすことになるだろう。
それこそがこいつの目的か?いわゆる愉快犯なのかもしれない。
「そこまでわかってるなら今の一連のやり取りいる?要するに信用できるかってことでしょ」
「要る。たとえ本当に信用できる相手だとしても、それは確認を怠っていいことにはならん。私には知る義務がある」
「家長として?それとも種の代表として?」
ランドルフは探るような目つきで笑っていた。
「両方だ。今はな」
「じゃあぶっちゃけちゃうと、次の機会ってあると思う?話を聞いてくれる人間の出現だよ。あったとして何年待つんだい?だから君には実質選択肢はない。ま、それでも確認する意味はあるだろうけど」
「……だろうな。だから書類を作る。魔法による強制のある契約だ。かまわんな」
「もちろん。好きに決めればいい。でもその前にムジカちゃんたちに確認とらなくていいの?」:
「……そうだな」
私は真剣に私を見る二人の娘たちと、おろおろしているアリアを見た。
「……そういうわけで、お前たちさえ乗り気ならば外の世界で婿なり嫁なりを探していい。行きたいところに行くのもいいだろう。だが、それがうまく行くかどうかはわからん。お前たちのしたいようにすればいい」
しばしの沈黙ののちに娘たちが口を開いた。
「前提として私は外の世界も見たいし、外で旦那なり嫁なり欲しいよ。でもママはなんかこうなってほしいとかあるわけ?」
「……ない。お前たちがやりたいようにできることが親の幸せだ。とはいえ、それがうまく行ってほしいと思うからこの男が信用できるかを考えている」
「……そっか。ママ、私は……いっぱい冒険して世界中に私の音楽を届けて。それから……海棲亜人を捕まえるつもりだよ。私は……私たちという種を海に広げたい。だって陸に広がっても人間や魔王軍にいいようにされるだけだろ。だから私は私の子に海という自由で大きな世界に行ってほしい。……ダメかな?」
ムジカなりに思ったより現状を考えていたのだな……いや成長が早過ぎないか?
まだ三歳にもなってないのに……子供の成長は早いとかそんな問題じゃない。
だが思ったよりちゃんとした考えだ……海洋進出、か。いいじゃないか。
「許す。お前が始めて私が許した事だ。親として責任を共に担ごう」
「ママのせいにしたいわけじゃない。でも、ありがとう。私は行くよ」
「……そうか。ロゴスは?」
「私は……魔法学園に行くよ。いかなる種族でも学ぶ意思と人類側への忠誠さえ誓うなら受け入れるらしいんだ」
「……わかった。それでも大変な道になるだろう。二人とも、うまくいかなかったならいつでも戻ってこい。お前たちが生きていることが最優先だ。わかったな?」
「ああ、約束するよママ」
「うん、約束だねグレイスお母さん」
「アリア。頼む」
「ええ、『約束』よ。きっと生きて戻りなさいね」
アリアが二人の頭をなでると、わずかに魔力光が漏れた。
ランドルフが少し目を開けて笑う。
「へえ、それが君の切り札か」
「そうだ。生半可なことで破れると思うなよ。この後お前にもやってもらうのだからな」
この怪しい男はやはり余裕に満ちた笑いをしていた。
「わかってるさ。要するに僕は君たちを悪いようにはしない。騙しもなしだ。ちゃんとまともなところに送り届けるよ……約束する。ほら、これでいいだろ?結びなよ『契約』を」
「言ったわね!はい、『約束』よ。もうあなたはさっき言ったことを破れないわ」
「くくく……ずいぶんな言われ様だね。まあ怪しい格好した危険人物なのは事実だから仕方ないけど」
「危険人物なのは否定しないのね……」
「まあ僕の普段の仕事は人も魔族も関係なく商人として紛れ込んで情報や物資を売りつけて戦争を管理する感じだからね。カタギじゃないし、見たとおりなのはそのとおりなんだよね」
「お姉ちゃん!こいつやっぱヤバいやつじゃない!?」
それはその通りだ。見た目通りの怪人物だと申告するのは驚いた。
だが、それすら本当かわからない。
「ていうかさ、仮に僕が君たちの想像するような三下の悪人だったとしてもさ。ただ奴隷として売りさばくだけとかもったいなさすぎない?世界でも稀有な『ふたなりゴブリンエルフ』だよ?新種だよ?金にするよりも増やして勢力図を変えるほうが絶対に面白いし、儲かる。そこは侮って欲しくないかな」
「……お前も言った通りだ。もう信じるとか信じないの問題ではない。機会の問題だ。とはいえ書面でキッチリ詰めさせてもらうがな」
「ははっ、怖いね。まあそこはお手並み拝見かな」
この後めちゃくちゃ契約した。書類作成とはこうも面倒な物か。