そうして、ゆっくりと私は公務から退いていった。
まあ、法の見直しや緊急停止なんてそうそうないからな。
外交も少しづつ外交官を作って引き継いでいった。
そうして公務から解放された私が何をやっているかといえば……
「平和ねえ」
「平和だなあ」
離宮で海を眺めながら暮らしていた。
もういいだろ。のんびりさせてくれ……!
「ママー!」
「おおステラ。気をつけて遊ぶんだぞ」
「うん!」
のんびりした結果、さらに子供が三人くらいできたんだけどな。
ちょこまか走り回ったり、それぞれに遊んだりしている。
うーむ平和だ。
「ねえママ、これもリネットおばちゃんが作ったの?」
ステラ、新しくできた子の一人が学習漫画を私に見せてくる。
表紙には『宇宙』とある。
あいつ学習漫画も雑誌も作っちゃったからな。
なんならグラフィカも今や大漫画家だ。うちの子は天才じゃなかろうか。
「そうだぞ。大市場楼も駄菓子屋も遊技場も……最近は第四世代型浮島もな」
第四世代型はすごいぞ。
ヤシの実型の球体で、海上からけっこうな水深まで巨大な実の一個で完結している。
こう……ヤシの実の中をくりぬいてその中に家があるイメージだ。
実の上の方にはちょっとした芽が、下部に根が生えている。
これで姿勢制御と船体維持の栄養を取るらしい。
「今度第五世代ができるって」
「早い物だなあ……今度はなにをするんだろうなあいつは」
「宇宙いけるって書いてある」
ウッソだろお前……
「……お姉さまそういえばリネットちゃんから新しい港の開港式をやるって招待状あったけど、これ宇宙に行くやつじゃないかしら。だって陸に作ってるもの」
「……たまには行ってみるか。ステラ、一緒に行くか?」
「うん、たのしみ」
ステラはぎゅっと学習漫画『宇宙』を抱きしめて笑った。
その瞳はもう宇宙を夢見ていた。
そうか~!お前はそういう方向性か~!
■
調べてみれば第五世代の浮島の名前は『クレイドル』。
ゆりかご、か……
球体の家三軒分くらいある宇宙船のようだな。
それがいくつも連結して宇宙に街を作るとか。
「とうとう来るところまで来てしまいましたね」
「あら、当然の帰結じゃない?陸が狭いから海に出る。海に限りがあるなら宇宙へ出る。必然でしょ?」
今日は宇宙港の開港式だ。
ネブラ伯はもちろん、オズワルド卿やヴィクトル公、ゼグラス侯も勢ぞろいだ。
まるで同窓会とやらのようだな。
「まあまだ支出の方が多いわ。せやけどじきに太陽光だけで自活するらしいから最終的には黒字やろうね」
「刻印魔術で船外活動もできるから物理的に新たな進化よね」
「いやあ、演出がはかどるよ。新しいフロンティア……いいじゃないか」
そうなんだよ。ラウレミルの魔術は妖術や錬金術を取り入れて飛躍的に発展した。
主にロゴスが既存の術と組み合わせて新しい魔法を作りまくったんだよ。
その結果が宇宙に放り出されても平気で泳いで帰ってこれる魔法『適応』だ。
なお、私もできる。
できるんだよ……生身で宇宙遊泳!
ロゴスから理論を聞いてこれとこれを組み合わせたら確かにできるな、とわかってしまった。
わかってしまった以上、受け入れるしかあるまい。
そして、リネットはそれを刻印魔術で誰でもできるようにした。
「ええ、遺伝ではなく魔法と技術によって自ら進化する……面白いテーマだわ」
「正直、私にはついていけませんがね。船と海で精一杯です」
オズワルド卿も柔らかい表情をするようになったなあ。
今は領主を辞めて造船会社をやっているらしい。
きっと彼にとっても領主は軽くない責務だったのだろうな。
「あっ、始まるみたいよ」
アリアの指さす先では黒い球体のような宇宙船がふわりふわりと空に浮かんでいく。
それが音もなく空へ空へと遠くなっていく。
ものすごい数だ。百や二百ではあるまい。
それはまるでゴブリンエルフという種が綿帽子のように広がっていくかのようだ。
「すごい」
横でそれを眺めていたステラが思わずつぶやいた。
そうかお前も気づいてしまったんだな、安らぎよりもすばらしい物に。
「……リネット」
行くのか、お前は……
いや、そうだ。それでいい。どこまでも広がっていけ。
私たちは栄えるのだ……
私たちは飛んでいく宇宙船団をいつまでも、いつまでも見送っていた。
■
そうやって月日は過ぎていく。
驚くほど早く、あっという間に。
百年を超えても私たちの身体に老いの兆候はない。
ネブラ伯やゼグラス侯も相変わらずだ。
ヴィクトル公やオズワルド卿を見送った時は感じ入るものがあったがな。
『おばーちゃん、聞こえる?』
「ああ、よく映っているぞ。今日はどうした」
『その……すごく言いにくいんだけど……』
「今度はなんだ」
あれから相変わらずゆるい王室外交くらいしかやっていないから応答にも余裕がでてしまうな。
街も国も変わっていった。
ビルがにょきにょき生えたり、三大大陸では大戦があったり。
まあ……それでも我が国は巻き込まれずにお構いなしに発展していったんだがな。
『なんか……相手の宇宙人の人が種の代表と会いたいって言ってて、そこからどーしても交渉が進まないんだよ!』
「……そうか」
『ごめんおばーちゃん、私が言うのも何だけど王室外交が必要になった時だから……また、来てくれるかな?おばーちゃんにまた女王をやってもらうのは……どうなのかなって思うけど』
珍しくリネットが気弱な声を出す。
お前らしくもない。心配するな、私がついている。
なにせ私はゴブリンエルフの始祖で女王なのだから。
「許す。なぜなら私はおまえのおばあちゃんであり、ラウレミルの母だからだ」
『……ありがとう、ごめんね?』
「いいんだ」
幻術通信を切って振り向くとアリアが耐宇宙用ドレスを用意して笑っていた。
「行きましょう、お姉さま」
「……ああ、行こう!」
私たちは御座宇宙戦艦『スピリット・オブ・マザー』に向けて歩き出す。
「ラウレミル宇宙艦隊、発進!」
さあ、行こう!今度は星の海へ!
私たちを根絶させるものはもうない。
きっともう大丈夫だ。私も、皆も、娘たちも。
「あら、今度は星系外?本当に忙しい子たちねえ」
「……またですかネブラ伯」
私は思わず額を押さえた。
そうだ、新しい種族との邂逅にこの人がいないわけがないんだよ!
「逆に聞くけどこの場面で来ない私だと思う?」
いつもの調子だった。
海へ出た時も、国を作った時も、戦争になった時も。
この魔女はいつだって、私たちの少し先で当然のように笑っている。
「……相変わらずだな、あなたは」
「ククク、褒め言葉として受け取っておくわ」
ネブラ伯は宇宙船の窓の向こうを見る。そこには無数の星があった。
宇宙とは美しいな……この世界は、うつくしい。
それでいいのだ多分。
「陸から海へ、海から宇宙へ。あなた達も忙しいわね」
そしてネブラ伯は少しだけ目を細める。
それはいつもの魔女めいたものより、ほんの少しだけ優しい笑顔だった。
「……でも、ちゃんと『祝福』になれてるじゃない」
私はしばらく何も言えなかった。
窓の向こうで、ラウレミルの船団が星の海へ広がっていく。
綿帽子のように。種のように。いつかどこかで、また新しい森になるために。
そうだ。私たちは、もう大丈夫だ。
「ああ、行こう!この『祝福』を全宇宙に届けに!」
「ゴブリンエルフ始祖女王」 完
あとがき
すいません、最後の方は駆け足になってしまいましたが、一応最終話となります。
感想、評価、ここすきをいただきました皆さんに深くお礼を申し上げます。
特にいつも感想をいただいております方々には感謝してもしきれません。
ここまで走り抜けられたのはあなた方あってこそです。
ありがとうございます。
今回はおかげさまで学びが多い作品でした。
どうも私の場合はバトルより内政と発展の方にニーズがあるのかな?
など得意というか強みがわかってきたのかもしれません。
こういうのは何が楽しいポイントなのか作者からは案外わからないものですから。
深くお礼申し上げます。
またいつか、新しい作品でお会いしましょう。