そして、それから何年かがまた過ぎた。
ランドルフは『娘からの仕送り』とか『僕の投資』とうそぶいて魔導書をいくつかよこした。
確かにそれらはためになった。私たちの戦闘力も上がった。
また、この期間の間に私たちは何人か子供を産み、残る者もいれば帰ってくる者もいた。
「この森を根拠地としてどんどんラウレミル領を増やしていきましょう。幸いここはどこの国も手を出していない深い森です。あと20年も占拠すればなし崩しで独立領として法的に保護されますから」
「うむ……それは良いのだがな」
「孫がいっぱいで楽しいわね~」
こいつはリン。
ややお調子者だが苦労人で常識人の私の娘だ。
だが、この娘は基本的に狡いというか打算的な所がある。
孫を大量に連れて帰れたのは都市で鼠人の旦那を連れてきたからだ。
「お義母さん、ここは良い所ですね。街よりずっといい。これで僕も田舎のねずみってわけですよ」
「気に入っているならばよかったが……いいのか?一家丸ごとこんな僻地につれてきて」
「いやあ、街での暮らしはあまりいいもんじゃないです。好きなだけ開拓していい手つかずの土地……夢みたいですね」
こいつはリンの夫のケイ。我々と同じくらいの背丈で、頭に灰色のネズミの耳がついている。
そしてネズミのような出っ歯だ。尻には長い尻尾。
それが鼠人であり、彼らは基本的に30年も生きない短命種。
だが、リンの産んだ子は明らかに長命種だ。
その上なんなら私たちゴブリンエルフよりさらに成長が早いし多産だ。
母様……あなたの遺伝子は最強です……
「うむ……しかしだな、ここで生まれるお前たちの子は皆ゴブリンエルフラットマンになるわけだが、それは良いのか?いずれほとんどゴブリンエルフの血になると思うが」
「お義母さん、純血主義はクソです。子供がどっちの血が濃いとか俺は気にしませんよ」
「お、おう」
時々、鼠人はこうした都会の闇をのぞかせる。
よほどつらい目にあってきたのだろう。都会は恐ろしい所だ。
私はますます森を出る気が無くなったよ。
「さあ、どんどん畑を作ってどんどん増えて、独立領を手に入れましょう母様!ラウレミル王国爆誕ですよ!」
「リン……お前の野心は母として良い所だと思うが、足元を疎かにせんようにな」
リンはおそらく本気だ。
何しろ現在の時点でリンの産んだ孫が8人いる。産みすぎだろう……
それでもなんとか子育てできたのは、成長の速さと一家丸ごと越してきてるからだ。
「え~?私はリンのそういう所好きよ?楽しくて良いじゃない!」
「アリア……まあ、好きにしろと言ったのは私だ。それは曲げんが……」
「大丈夫ですって!私はおかあさんと母様の娘ですから!それに私の役人スキルを舐めないでください」
リンは都会に出た時、冒険者ギルドの受付をやりながら図書館で徹底的に官吏のやり方と領地経営について学んだそうだ。
しかし、参考書を読んで覚えただけで領地経営をしていいのだろうか?
だがまあ……いずれ必要になる事だし、自分たちでやるつもりだったが……
私は心配だよ……
■
そうこうしているうちに、なし崩し的に本当にラウレミル領は拡大していった。
何ならロゴスやムジカ経由でどんどん立場の弱い亜人が流入している。
孫はもはや五十人くらいだ。数年でだぞ!?顔を覚えきれん……
領民は二百人を超えて、もう完全に把握しきれない。
「ううむ……一応読んだが、本当にうまくいくのだな?リン」
「大丈夫ですって!もう戸籍制度や計画的な開拓が動き出しています。私に任せてください!」
「とはいえ、私も領地の情況を理解せねばならん。またロゴスに本を買ってきてもらわねばな……」
「帝王学ですか?私も聞きかじってるから大丈夫ですよ!」
聞きかじりの帝王学でいいのか!?
私はロゴスに手紙を書いて本を買ってきてもらう事を強く決意した。
そのロゴスだが、ランドルフの持ってくる手紙では冒険者パーティーの魔法使いとしてとても活躍しているそうだ。
安心したよ……仕送りで現金まで送ってこれるほどうまく行っているのだな。
「あとは軍事力も欲しいですね。ランドルフおじさんにねだるのでは駄目です。ロゴス姉さま経由でなんとかしたいですね……」
「待て。私がすでに孫たちにも魔法を教えているではないか。やはりこのレベルでは通用せんのか?」
「いえ、普通に母様の魔法は騎士団でも上級レベルだと思ますよ。しかし職業軍人も衛兵も専門職として錬成しなければなりません」
「さらに武装する必要があるのか……いつかは、戦もせねばならんのか?」
「まあ、きっといつかは。ですが軍事力とはもっているだけで選択肢が増えるんですよ」
なんだかきな臭い方向に向かっていないか我が王国は。
そしてその王国の女王は自動的に私になるんだが。
しかし戦か……我が子が、我が子孫が血を流す……?だめだ、想像したくない。
だが、いつかは覚悟せねばならんのだろうな……
「ま、まあいいじゃない?村も普通にちゃんと畑や牧場が回っているわ。今度一緒に見に行きましょうよ」
「アリア……そうだな。孫たちが飢えていないのは事実だ。たまには気晴らしに見て回るか」
「それがいいわね!」
「えっ、見て回るんですか?……まあ、見られて困るものもないですけど」
「……気を使わせてすまんな。だが、私には見る義務がある」
「うーむ……ええ!いいですよ!一緒に行きましょう」
「うむ」
なんだその間は。なぜ言いよどむんだ。
しかし私は見に行かねばならん。この身が生み出したものが何をもたらしたのか知る義務がある。
■
見回りは最初は我が家から始まった。
うむ、見渡す限りの家々と豊かな畑だな……
森はほとんど切り拓かれているが、一部は公園として残してある。
穏やかな村だ。私の住処であり、故郷であり、誇りだ。
ここまではただの散歩だった。
「なあ、ところで領内を見回るのにどれくらいかかるんだ?」
「そうですねえ……端っこまで行くとなると直線で三日くらいでしょうかね。今回はぐるっと回るので2週間くらいですかね」
「そんなに広くなっているのか!?」
「ま、まあいいじゃない。たまには羽を伸ばすつもりで行きましょうよお姉さま!」
「それもそうだな……」
「だから見て回るって言った時困ったんですよ!案内するには広すぎるんです」
そういうわけか……だがそれでも私は見て回らねばならん。
女王が自らの治める地を知らぬと言う訳はいかんからな。
「ここは製鉄所です!土から砂鉄を濾して集めて溶かしてインゴッドを作っているんですよ」
「ふむ、なかなか規模が大きいな。誇らしいぞ。ところで、あの犬耳の生えた我が子孫は何があったのだ?」
「ああ、それはもちろんコボルトと交配したんですよ。コボルトはああ見えて鉱山が住処ですからね」
緑肌のチビで犬耳が生えている我が子孫らしき娘たちが製鉄所で働いている……
しかもここは洞窟を利用した地下施設だ。
かなり暑いが、尻尾と手足に毛皮が生えたあの娘たちは暑くないのだろうか?
リンもハンカチで汗を拭いているが。
「あの娘たちは暑くないのか?」
「そこはもう魔法で氷や塩を大量に作っていますからね。あとは慣れだそうですよ」
「水分補給ジュースがおいしいわ~」
果汁と塩、氷で作ったという労働者用水分補給ドリンクは私としてもなかなかの味だった。
「で、川の下流がここですね。土の解けた豊かな土壌を使ってトードマンが魚の養殖を。加工された鉄を使って妖精種たちが鍛冶屋をしてるところもありますよ!」
道理で子孫たちの肌が妙に緑が強くつやつやしていると思った。
なんならのっぺりした禿面のトードマンの男たちも歩いている。
黒い目があまりにもつぶらで何もそこから読み取れない……
だがまあ、娘たちとは仲が良さそうなので良しとしよう。
「ほう、良い包丁も置いてあるものだ。これも我が領で?」
「もちろんですよ?昨日見たインゴッドがこれになるんです」
「鍋も便利そうだわ。買っていきましょうよ姉様!」
鍛冶屋にも寄ってみたが、普通に包丁にナイフから剣まで何でもそろっていた。
ノコギリが置いてあるのは頼もしいな。ノコギリと釘があれば家が建てられる。
実際このへんの建築は丸太小屋が多い。
「おいなんだあの要塞……というか城は。というかもう都会になっているんじゃないかこれは?」
「ええ、ここは開拓の最前線でいずれラウレミル王国の首都になる場所の予定なんですよ」
「なぜ私の銅像がある?」
「それはもちろん、ここまでくると母様の顔を直接知らない領民も増えてくるでしょうからね」
「私の像もあるじゃない!?ものすごく写実的ね……もうちょっと美形に盛ってもいいのよ?」
「いいえ、領民誰もがお母さんたちを知っている必要がありますから。今も版画で似顔絵を配っているのですよ?」
「お前マジか」
そこには石造りの城があった。マジで城だ。
3階建てくらいで…しかも土を盛って作った小山の上にある。
あれよあれよと案内されると、リンたち数名の我が娘たちが恭しく王冠を二つ持ってきた。
「どうぞ、母様、お母さん。本当は完成するまで黙っていたかったんですけど、ここが王城でこれが王冠です」
「マジかお前……」
「あら、おしゃれじゃない!よくできてるわね!えらいわ!」
「えへへ」
何か……すでに大勢集まってきている。
鼠人に兎人、蛙人たちの娘や孫たちの「旦那」と大勢の子孫たちが私を見ている。
この王冠を被るという事は、もう本当に女王として君臨するという事だ。
……その責務を考えるととても軽々しくかぶれない。
だが、これは私が始めたことだ。いつかこうなると覚悟してやったことだ。
「……わかった。受け取ろう。私はここにラウレミル王国の樹立とその女王としての就任を宣言する!!」
恐ろしいほどの歓声が娘と義息たちから上がり、万歳の手が上がった。
「万歳!万歳!ラウレミル王国万歳!」
「女王様万歳!国母様万歳!」
木製の玉座まで用意されている!二人分!
宝石まであしらってあって威厳たっぷりのやつだ。
王冠を被り、並んだ玉座にアリアと腰掛ける。
「ええ……?何かえらいことになっちゃったじゃない……?」
「いつかはこうなっていたさ。アリア、腹をくくれ」
「まあ、姉さま一人には背負わせないわよ」
「……すまんな」
まあもうやってしまったことは仕方ない。
だが、いつまでも気楽ではいられんなとは覚悟した。